津山小3女児殺害事件
津山小3女児殺害事件(つやま しょうさんじょじさつがいじけん)は、2004年(平成16年)9月3日に日本の岡山県津山市総社で発生した殺人事件[1]。 事件発生から長期にわたり未解決となっていたが[3]、発生から約14年後の2018年(平成30年)5月、別の殺人未遂事件で服役していた男X(本名のイニシャルはK・K)が被疑者として逮捕され、2023年(令和5年)9月に無期懲役の有罪判決が確定した[4]。Xは刑事裁判で無罪を主張していたが、無期懲役確定後の2024年(令和6年)にはフリーライターの高橋ユキ宛に書いた手記で、公判中の供述から一転して自身が真犯人であることを認める旨を綴っており[5]、また加古川小2女児殺害事件など2006年(平成18年)から2007年(平成19年)にかけて兵庫県で発生した2件の連続女児殺傷事件への関与を自供、それらの事件における殺人および同未遂容疑で逮捕されている[6]。 事件概要2004年(平成16年)9月3日、下校してきた被害者の姉が、小学3年生だった妹の遺体を発見[7]。岡山県警察の捜査により、犯行時間は帰宅直後の15時15分から約20分と見られている[7]。しかし、第一目撃者の証言などから、犯行時間については不明な点がある(#事件当日の経過参照)。なお、自宅の鍵や窓は壊されていなかった。 遺体の傷は、すべて正面からの刺し傷で、抵抗の跡はなかった。手や腕、背後に傷はなかった。刺し傷は深いもので数センチあり、内臓に達しているものもあった。2004年9月4日の司法解剖で死因が「窒息・失血」の疑いであると判明[8]。告別式は同月7日に営まれた[8]。 捜査状況2005年(平成17年)9月までの時点で、岡山県警察は約1万3500人の捜査員を投入している。 2008年(平成20年)3月19日、津山市立北小学校で卒業式が挙行され、被害者本人にも卒業証書が授与された[8]。 岡山県警と津山警察署はフリーダイヤルを設置し、電話での情報提供を呼びかけている。また、配布されたポスター・チラシは県内はじめ、多くの駅やショッピングセンターなどに貼られている。2007年4月より導入された公的懸賞金(最高1000万円[9])の対象とはなっていない(ただし岡山県公式サイトの「マルチメディア目安箱」に早期指定を求める投稿が2008年2月分と2010年2月分に掲載されている)。 事件は長らく未解決となっていたが事件から約13年半後の2018年(平成30年)5月30日、津山警察署は別の殺人未遂事件で服役していたXを殺人などの罪で通常逮捕した。Xは、「刃物で刺したというところ以外は、僕がやったことに間違いありません」と容疑を一部否認。女児とは面識はなく「偶然見かけて、かわいいと思った」と供述。Xは「女の子の痛がる顔を見ると、性的に興奮する」という嗜好の持ち主であった[10]。しかし、同年8月6日に岡山簡易裁判所(小林正明裁判官)で開かれたXの勾留理由開示の法廷では、「(殺害行為は)ありません」と容疑を否認した。なぜ、警察の取り調べ段階で認めたのかの理由を問われると、「弁護士に死刑になる可能性を知らされて怖くなり、認めれば(情状酌量で)死刑にならないと考え、うその供述をした」と述べた[11]。その後、岡山地方検察庁は、Xの刑事責任能力を慎重に捜査し同年11月に岡山地方裁判所に起訴した[12]。 刑事裁判第一審事件番号は、「平成30年(わ)第528号」。岡山地方裁判所第1刑事部が担当することになり、裁判員裁判が行われた。 初公判2021年10月6日、岡山地方裁判所(倉成章裁判長)でXの初公判が開かれた。Xは、罪状認否で「私は絶対にやっていません。現場にも津山市にも行っていない」と述べ、起訴内容を否認した。本事件は、Xの自白の信ぴょう性が争点で直接的な証拠は一切ない。弁護側は、冒頭陳述で「自白」には、犯人しか知り得ない「秘密の暴露」はなく、供述を裏付ける客観的な証拠もないと説明。Xが現場にいたことを直接示す物証や凶器とされる刃物も見つかっていないとし、「Xは犯人ではない」と訴えた[13]。 第2回以降公判同年10月7日(第2回)に開かれた公判では、女児の姉が証人として出廷した。証人尋問では、妹(本件被害者の女児)を見つけた状況などを質問された。当時高校1年生だった姉は、自宅の居間に入ると、テーブルとサイドボードの間に、うつぶせになった妹を発見。発見時は「寝てるとしか思わなかった」。暑くて窓を開けた後、振り返って妹に声をかけた。しかし、反応がなく、不審に思い妹に近づいた時、白い制服の上着の背中部分が血で赤くなっていた妹を目にしたと証言した。裁判官らからは、居間の臭いや明るさも質問されたが、いずれも「記憶にない」と答えた[14]。 無期懲役求刑2021年11月24日に論告求刑公判が開かれ、検察官は被告人Xに無期懲役を求刑した[15]。 判決・無期懲役2022年1月6日に岡山地方裁判所(倉成章裁判長)で判決公判が開かれ、同地裁はXに無期懲役(求刑:同)の判決を言い渡した[16]。倉成裁判長は、Xが取り調べの際に「女の子を左手で1回、右手で3回刺した」と供述し、実際の傷の状況と整合していたことを挙げ、争点になっていた自白の信用性を認めた。その上で「見知らぬ男に刺された女の子の恐怖や遺族の悲しみは計り知れない」とXを非難した[16]。 弁護側は、判決を不服として広島高等裁判所岡山支部に即日控訴した[17]。 上訴審控訴審初公判は2022年(令和4年)7月11日に広島高裁岡山支部(片山隆夫裁判長)で開かれ、弁護側が改めて被告人Xの自白を否定する旨の弁論を行い、即日結審した[18]。 判決公判は同年9月28日に開かれ、同高裁支部は被告人Xの控訴を棄却する判決を言い渡した[19]。同高裁支部は殺害態様に関するXの自白内容と客観的事実がよく符合しているとして、犯人でなければ供述することが困難である内容であると判断した[20]。弁護側は同日中に最高裁へ上告したが[19]、2023年(令和5年)9月7日付で最高裁第一小法廷(深山卓也裁判長)が上告棄却の決定を出した[21]。Xは同決定を不服として異議申し立てを行ったが[22]、それも同月20日付の決定で棄却されたため、無期懲役が確定した[4]。 Xは無期懲役確定後の2024年11月、2007年の加古川小2女児殺害事件と2006年のたつの市小4女児刺傷事件への関与を認めた[23][24]。 事件当日の経過※いずれも2004年9月3日の出来事
鍵、室内と被害者の様子
凶器女児宅の刃物が使用されていないため、犯人が鋭利な小型の刃物を持ちこんで使用したと見られている。容疑者の供述により兵庫県播磨町の海中を岡山県警が3日間にわたり30人体制で幅約100 m、沖合い約15 mまで捜索したが凶器の発見には至らず、捜査を打ち切った[26]。 被疑者の逮捕と前科2018年5月29日、別の事件で服役している39歳の受刑者の男Xが殺害を認めたため、警察は30日に男を殺人の疑いで逮捕した[27]。Xは、1998年前後から複数の少女らに対して暴行や傷害事件を起こしていた。 2000年には女児6人の腹部殴打、下腹部を触るなどの暴行や強制わいせつの罪で執行猶予付きの有罪判決を受けており、2009年には兵庫県姫路市・三木市、太子町で小学1年から高校3年(全て当時)の少女5人の腹部をすれ違いざまに殴ったり、ドライバーで突いたりした罪で神戸地方裁判所姫路支部によって懲役4年の判決を受けていた。出所後の2015年5月に、姫路市の路上でナイフで面識のない帰宅途中の中学3年の女子の胸や腹を刺した殺人未遂容疑で兵庫県警察に逮捕された。2016年5月に神戸地裁姫路支部は懲役12年(求刑15年)の判決を下したが、大阪高裁で懲役10年の短縮した判決を受けて服役していた。Xは未成年の女児の腹部からの出血に異常な執着を持っていたことが判明している[28][29][30]。Xはこの女児の首を絞めつけ、刃物で胸を複数回突き刺して殺害したことについて「偶然見かけて、かわいいと思った」と供述した。 さらに読売新聞は「これまでにトータル100回以上繰り返した」とのXの供述と女児殺傷事件が岡山県から兵庫県に渡っていることから犯人の犯行の可能性を指摘した[31][32]。 その他この事件が発生する前後の2004年8月から9月にかけては、加古川7人殺害事件(8月2日発生)、豊明母子4人殺害事件(9月9日)、栃木兄弟誘拐殺人事件(9月12日)、金沢市夫婦強盗殺人事件(9月13日)、長野・愛知4連続強盗殺人事件(9月17日に犯人逮捕)、大牟田4人殺害事件(9月21日発覚)と、日本各地で被害者が大量に上ったり、幼い子供が犠牲になったりする凶悪な殺人事件が短期間に相次いで発生していた[33]。 Aの遺族はXの無期懲役が確定したことを受け、代理人弁護士を通じて発表したコメント(地元紙『津山朝日新聞』に掲載)で、事件後に報道陣に自宅を取り囲まれて隠れるような生活をせざるを得なくなったこと、また近隣住民やAの友人といった関係者も事件後に取材を受けて迷惑を被ったことを訴えた上で、同種事件の再発防止のためにも事件の風化は望まないと前置きした上で「人に迷惑がかかるような取材や報道は絶対に止めていただきたい」「取材で被害者や遺族が苦しめられることがなくなってほしい」と訴えている[34][35]。
脚注
関連項目
外部リンク
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