毛利眞人
毛利 眞人(もうり まさと、1972年4月12日 - )は、日本の音楽ライター、音楽史家、音楽蒐集家である[1][2][3][4]。 専門は日本洋楽史およびレコード史研究[1][2]。貴志康一、二村定一の再評価を進めたことで知られる[2]。 人物・来歴1972年(昭和47年)4月12日、岐阜県郡上郡八幡町(現在の同県郡上市八幡町)に生まれる[1][2]。 高等学校在学中の1980年代末、地元紙にコラムを寄稿する活動を開始する[1](2004年まで寄稿)。この時代にはすでに名古屋の大須観音での骨董市に出没し、のちに復刻盤を手がけることになる青木晴子『ねえ興奮しちゃいやよ』のSPレコードはこの時期にすでに入手したという[5]。その後、大阪芸術大学に進学するも2年次に中途退学し、中古レコード店に勤務する[1]。20歳前後の時期にはすでに貴志康一をテーマに据えており、1992年(平成4年)2月7日付の岐阜新聞に掲載された「竹取物語」は、その初期の考察である[6]。 満27歳を迎える1999年(平成11年)に発表された第6回「21世紀国際ノンフィクション大賞」(現在の小学館ノンフィクション大賞)に応募、『永遠の青年音楽家 貴志康一』が最終候補に残る。同作はのちに2006年(平成18年)12月、国書刊行会から上梓され、毛利の最初の単著となる[2][3]。その間、2002年(平成14年)9月から『大阪人』で「貴志康一」全5回連載、2004年(平成16年)8月には『大阪の歴史』に「伝記 大阪の生んだ音楽家 貴志康一」を掲載[2][3]、2003年(平成15年)3月4日、二村定一と貴志康一とレコードのサイト「毛利アーカイブス」を開設、これが現在に至る毛利の公式ウェブサイトとなる[7]。同年は「エノケン生誕100年」に当たり、東京都江戸東京博物館で開かれた特集展示『エノケンとレビューの時代』の関連事業『エノケン映画の上映とトーク・セッション』において、同年11月2日に保利透とともにトーク・セッションに出演した[8]。2001年(平成13年)から2011年(平成23年)まで、NHK大阪放送局製作のラジオ番組『関西発ラジオ深夜便』に「なつかしのSPレコード盤コーナー」を持ち、自らの蒐集したSPレコードから名曲をチョイス、解説・放送したほか[1][2]、2006年にはMBSラジオのラジオ番組『ラジオの達人』で「毛利眞人のSP盤アワー」のコーナーを持つなど、関西の放送界での活動展開を行った[2]。2007年(平成19年)5月7日には、関西大学で『SPレコードで聴く"クラシック入門"』が開かれ、毛利は講師として出演、レコードコンサートを行った[9]。2008年(平成20年)9月9日 - 同年10月19日に大阪市立美術館で行われた佐伯祐三の特別展『没後80年記念 佐伯祐三展 パリで夭逝した天才画家の道』でのイヴェント『コンサート 佐伯祐三とその時代の音楽』として、会期中の同年9月15日には『蓄音機ライブ&トーク』として毛利が出演した[10]。 2010年(平成22年)、保利透が私設サークルとして設立した「ぐらもくらぶ」に、瀬川昌久、岡田則夫、佐藤利明、小針侑起とともにサポートメンバーとして参加した[11]。同年11月26日には単著『ニッポン・スウィングタイム』、2012年(平成24年)1月27日には単著『沙漠に日が落ちて 二村定一伝』をそれぞれ講談社から上梓する[2][3]。2011年11月23日にビクターエンタテインメント(現在のJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)が発売した藤山一郎のコンピレーション・アルバム『ジャズを歌う』を第1作として「ニッポンモダンタイムスシリーズ」を開始、テイチクエンタテインメントではディック・ミネ『Empire of Jazz』(同年11月23日発売)ほか、キングレコードでは松島詩子『La Tanguista』(同年12月21日発売)ほか、日本コロムビアでは二村定一・天野喜久代ほか『SWING TIME 1928-1941』(2012年1月18日発売)ほか、ユニバーサルミュージックでは藤山一郎ほか『スウィング・パラダイス』(2014年1月22日発売)といった、各社レーベルを超えて、選曲、解説等を行なった[12][13]。同年2月20日に放送された浜美枝のラジオ番組『浜美枝のいつかあなたと』(文化放送)にゲスト出演した[14]。 「ぐらもくらぶ」はやがて保利の自主レーベルへと活動を進め、2012年3月11日に発売した二村定一のコンピレーション・アルバム『二村定一 街のSOS!』を発売し、レーベルとして本格起動した[12][13]。毛利は同アルバムに監修・ライナーとして参加、以降、一部を除くほとんどのアルバムに監修・解説として参加する[3][13]。2013年(平成25年)には大阪芸術大学博物館に半年間招かれ、同博物館に所有されるSPレコードのデータベース化、調査を行った[15]。 2014年(平成26年)1月13日の午前2時25分ころ、大阪市中央区千日前の千日前通で軽自動車にひき逃げに遭い、骨盤骨折等の重傷を負った[4]。以降、リハビリを経て回復、同年5月6日には、東京都江戸東京博物館で、ぐらもくらぶが同年4月27日にアルバム『大東京ジャズ』、同『六区風景 想ひ出の浅草』を発売したことを記念して、『蓄音機で聴く戦前日本のジャズ世界』『浅草六区と浅草オペラ・戦前の大衆芸能』『若きジャズマンらによる戦前モダンミュージック座談会』の三本立イヴェント『大東京モダンミュージックの世界』を同レーベル主催で行い、大谷能生、保利透、岡田則夫、小針侑起、片岡一郎らとともに出演した[16][17]。 2016年2月5日にはNHK総合の番組『ファミリーヒストリー』(22:00 - 23:15)の『森山良子〜日系2世の父 2つの祖国のはざまで〜』に出演。2016年(平成28年)7月まで大阪市淀川区在住していたが、現在は東京都に在住[2][4]。 2019年(令和元年)10月、ドイツ・ボン大学の片岡一郎コレクション・プロジェクトへ招聘研究員として招かれ、ワークショップ(10月18日,19日)と講演(同22日)を行なった。 ビブリオグラフィ国立国会図書館蔵書等にみる論考・単著・共著等の一覧である[2][3]。 新聞雑誌等掲載論考
著書単著
監修
共著
ディスコグラフィ解説・選曲を行ったおもなCDリリースの一覧である。
脚注
参考文献
関連項目外部リンク
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