アニュラス 上で定義されたラプラス方程式 のある解。楕円型作用素の最も有名な例は、ラプラス作用素 である。
数学 の偏微分方程式 の理論において、楕円型作用素 (だえんがたさようそ、英 : elliptic operator )とは、ラプラス作用素 を一般化した微分作用素 のことを言う。最高次の微分の係数が正であるという条件によって定義され、このことは主表象 が可逆であるか、または同値であるが、実の特性方向 が存在しないという重要な性質を意味する。
楕円型作用素は、ポテンシャル論 において典型的に現れるものであり、静電気学 や連続体力学 において頻繁に用いられる。楕円型正則性 は、解が(作用素の係数が滑らかであれば)滑らかな函数 になる傾向にあることを意味する。双曲型偏微分方程式 や放物型偏微分方程式 の定常解は一般に楕円型方程式によって解かれる。
定義
R d 内のある領域
Ω
{\displaystyle \Omega }
上の次数 m の線型微分作用素 L で、次で与えられるもの
L
u
=
∑
|
α
|
≤
m
a
α
(
x
)
∂
α
u
{\displaystyle Lu=\sum _{|\alpha |\leq m}a_{\alpha }(x)\partial ^{\alpha }u\,}
(ここに
α
{\displaystyle \alpha }
は多重指数 )が楕円型 (elliptic)であるとは、
Ω
{\displaystyle \Omega }
内のすべての x と、R d 内のゼロでないすべての
ξ
{\displaystyle \xi }
に対して
∑
|
α
|
=
m
a
α
(
x
)
ξ
α
≠
0
{\displaystyle \sum _{|\alpha |=m}a_{\alpha }(x)\xi ^{\alpha }\neq 0\,}
が成り立つことを言う。多くの応用において、この条件は十分に強いものではなく、したがって代わりに次数 m = 2k の作用素に対しては次の一様楕円性条件 (uniform ellipticity condition)が課されることもある:
(
−
1
)
k
∑
|
α
|
=
2
k
a
α
(
x
)
ξ
α
>
C
|
ξ
|
2
k
.
{\displaystyle (-1)^{k}\sum _{|\alpha |=2k}a_{\alpha }(x)\xi ^{\alpha }>C|\xi |^{2k}.\,}
ここに C はある正定数である。楕円性は最高次の項にのみ依存することに注意されたい[ 注釈 1] 。
非線形作用素
L
(
u
)
=
F
(
x
,
u
,
(
∂
α
u
)
|
α
|
≤
2
k
)
{\displaystyle L(u)=F(x,u,(\partial ^{\alpha }u)_{|\alpha |\leq 2k})\,}
が楕円型であるとは、その u に関する一次テイラー展開と、任意の点についての導函数がいずれも線型楕円型作用素であることを言う。
例1
R d におけるラプラシアン の -1 倍
−
Δ
u
=
−
∑
i
=
1
d
∂
i
2
u
{\displaystyle -\Delta u=-\sum _{i=1}^{d}\partial _{i}^{2}u\,}
は、一様楕円型作用素である。このラプラス作用素は静電気学において頻繁に現れる。ρ がある領域 Ω の内部の電荷密度であるとき、ポテンシャル Φ は次の方程式を満たす。
−
Δ
Φ
=
4
π
ρ
.
{\displaystyle -\Delta \Phi =4\pi \rho .\,}
例2
すべての x に対して対称かつ正定値な行列値函数 A(x) で、成分が a ij であるようなものが与えられたとき、次の作用素
L
u
=
−
∂
i
(
a
i
j
(
x
)
∂
j
u
)
+
b
j
(
x
)
∂
j
u
+
c
u
{\displaystyle Lu=-\partial _{i}(a^{ij}(x)\partial _{j}u)+b^{j}(x)\partial _{j}u+cu\,}
は楕円型である。これは、二階発散形式の線型楕円型微分作用素の内で最も一般的な形状のものである。ラプラス作用素は A = I とすることで得られる。これらの作用素は、分極媒質に対する静電気学においても現れる。
例3
非負の数 p に対し、p-ラプラシアンとは次で定義される非線形楕円型作用素のことを言う。
L
(
u
)
=
−
∑
i
=
1
d
∂
i
(
|
∇
u
|
p
−
2
∂
i
u
)
.
{\displaystyle L(u)=-\sum _{i=1}^{d}\partial _{i}(|\nabla u|^{p-2}\partial _{i}u).\,}
同様の非線形作用素は氷床力学 (英語版 ) に現れる。グレンの流動則に従って、氷のコーシー応力テンソル (英語版 ) は次で与えられる。
τ
i
j
=
B
(
∑
k
,
l
=
1
3
(
∂
l
u
k
)
2
)
−
1
3
⋅
1
2
(
∂
j
u
i
+
∂
i
u
j
)
{\displaystyle \tau _{ij}=B\left(\sum _{k,l=1}^{3}(\partial _{l}u_{k})^{2}\right)^{-{\frac {1}{3}}}\cdot {\frac {1}{2}}(\partial _{j}u_{i}+\partial _{i}u_{j})\,}
ここに B はある定数である。すると、定常状態における氷床の速度は、次の非線形楕円型システムの解で与えられる。
∑
j
=
1
3
∂
j
τ
i
j
+
ρ
g
i
−
∂
i
p
=
Q
{\displaystyle \sum _{j=1}^{3}\partial _{j}\tau _{ij}+\rho g_{i}-\partial _{i}p=Q\,}
ここに ρ は氷の密度、g は重力加速ベクトル、p は圧力、Q はある外力項である。
楕円型正則性定理
L を次数 2k の楕円型作用素で、係数が 2k 階連続的微分可能であるようなものとする。ある関数 f と適当な境界値が与えられたとき、L に対するディリクレ問題を解くことは、Lu = f を満たし適切な境界値と法線微分を持つ函数 u を見つけることである。楕円型作用素に対するその存在理論は、ガーディングの不等式 とラックス=ミルグラムの補題 を用いることで考えられるが、そこではソボレフ空間 H k 内のある弱解 u の存在のみが保証される。
弱解 u は、表現 Lu が意味をなさないほど十分な微分を持たないこともあり得るので、この状況は全く不十分である。
楕円型正則性定理 (elliptic regularity theorem)では、f が二乗可積分であるならば、u は実際に 2k 個の二乗可積分な弱微分を持つことが示されている。特に、f が無限階微分可能であるならば、u もそのようになる。
この性質を示す任意の微分作用素は準楕円型作用素 と呼ばれる。したがって、すべての楕円型作用素は準楕円型である。この性質はまた、ある楕円型作用素のすべての基本解 は、0 を含まない任意の近傍において無限階微分可能であることも意味する。
応用として、コーシー・リーマンの方程式 を満たすある函数
f
{\displaystyle f}
を考える。コーシー・リーマンの方程式は楕円型作用素を形成するため、
f
{\displaystyle f}
は滑らかとなる。
一般の定義
D
{\displaystyle D}
を、任意の階数のベクトル束の間の(非線型であることもある)微分作用素とする。一次形式
ξ
{\displaystyle \xi }
に関するその主表彰
σ
ξ
(
D
)
{\displaystyle \sigma _{\xi }(D)}
を取る(基本的に、今行っていることは最高次の共変微分
∇
{\displaystyle \nabla }
をベクトル場
ξ
{\displaystyle \xi }
で置き換える作業である)。
D
{\displaystyle D}
が弱楕円型 (weakly elliptic)であるとは、すべてのゼロでない
ξ
{\displaystyle \xi }
に対して
σ
ξ
(
D
)
{\displaystyle \sigma _{\xi }(D)}
が線型の同型写像 であることを言う。
D
{\displaystyle D}
が(一様)強楕円型 (strongly elliptic)であるとは、ある定数
c
>
0
{\displaystyle c>0}
が存在して
(
[
σ
ξ
(
D
)
]
(
v
)
,
v
)
≥
c
‖
v
‖
2
{\displaystyle ([\sigma _{\xi }(D)](v),v)\geq c\|v\|^{2}}
がすべての
‖
ξ
‖
=
1
{\displaystyle \|\xi \|=1}
と
v
{\displaystyle v}
に対して成り立つことを言う。本記事の前部での楕円性の定義は「強楕円性」であることに注意するのは重要である。ここに
(
⋅
,
⋅
)
{\displaystyle (\cdot ,\cdot )}
は内積である。
ξ
{\displaystyle \xi }
はコベクトル場あるいは一次形式であるが、
v
{\displaystyle v}
は
D
{\displaystyle D}
が作用するベクトル束の成分であることに注意されたい。
強楕円型作用素の典型的な例は、ラプラシアン (あるいはその -1 倍。これは慣習によって異なる)である。
D
{\displaystyle D}
は強楕円性のためには偶数次である必要があり、オプションですらある必要があることは容易に分かる。そうでない場合は、
ξ
{\displaystyle \xi }
とその -1 倍を同時に考慮すればよい。一方、ディラック作用素 (英語版 ) のような一階の弱楕円型作用素が、ラプラシアンのような強楕円型作用素となるためには、自乗をすればよい。弱楕円型作用素の合成は、弱楕円型である。
弱楕円性はフレドホルムの交代定理 やシャウダー評価 (英語版 ) 、アティヤ=シンガーの指数定理 に対しては十分強いものである。一方、最大値原理 に対しては強楕円性が必要となり、その固有値が離散的であるためには、極限点が ∞ のみである必要がある。
関連項目
脚注
注釈
^ これはしばしば「狭義楕円性 」(strict ellipticity)とも呼ばれ、「一様楕円性」は作用素の表象に対して上界が存在することを意味するように用いられることもある。慣習によって異なるので、著者が用いている定義を確かめることは重要である。例えば、第一の定義に対しては Evans, Chapter 6 を、第二の定義に対しては Gilbarg and Trudinger, Chapter 6 を参照されたい。
参考文献
Evans, L. C. (2010) [1998], Partial differential equations , Graduate Studies in Mathematics, 19 (2nd ed.), Providence, RI: American Mathematical Society , ISBN 978-0-8218-4974-3 , MR 2597943 Review: Rauch, J. (2000). “Partial differential equations, by L. C. Evans” (pdf). Journal of the American Mathematical Society 37 (3): 363–367. doi :10.1090/s0273-0979-00-00868-5 . http://www.ams.org/journals/bull/2000-37-03/S0273-0979-00-00868-5/S0273-0979-00-00868-5.pdf .
Gilbarg, D.; Trudinger, N. S. (1983) [1977], Elliptic partial differential equations of second order , Grundlehren der Mathematischen Wissenschaften, 224 (2nd ed.), Berlin, New York: Springer-Verlag , ISBN 978-3-540-13025-3 , MR 737190 , http://www.springer.com/mathematics/dyn.+systems/book/978-3-540-41160-4
Shubin, M. A. (2001), “Elliptic operator” , in Hazewinkel, Michiel, Encyclopedia of Mathematics , Springer, ISBN 978-1-55608-010-4 , https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Elliptic_operator
外部リンク