数学 の分野における微分作用素の表象 (びぶんさようそのひょうしょう、英 : symbol of a differential operator )とは、大雑把に言うと、各偏微分 を新たな変数に置き換えることによって、微分作用素 を多項式 へと関連付けるものである。フーリエ解析 の分野において幅広く用いられている。特に、擬微分作用素 の概念は、この表象の関連付けにより導かれるものである。表象の内、最高次のものは主表象 (principal symbol) と呼ばれ、偏微分方程式 の解の定性的な挙動をほぼ完全に決定付けるものである。線型の楕円型偏微分方程式 は、主表象が至る所零とならないようなものとして特徴付けられる。双曲型偏微分方程式 と放物型偏微分方程式 の研究においては、主表象の零点は偏微分方程式の特性超曲面 と対応する。したがって、表象はそれらの方程式の解に関する重要な概念であり、それらの解の特異性を調べる上で用いられる主要な道具の内の一つである。
定義
ユークリッド空間上の作用素
P をユークリッド空間 R d 上の次数 k の線型微分作用素とすると、P は微分作用素 D を変数とする多項式であり、多重指数 の記法を用いれば
P
=
p
(
x
,
D
)
=
∑
|
α
|
≤
k
a
α
(
x
)
D
α
{\displaystyle P=p(x,D)=\sum _{|\alpha |\leq k}a_{\alpha }(x)D^{\alpha }}
と書くことができる。P の全表象 (total symbol)とは、不定元 ξ に関する多項式
p
(
x
,
ξ
)
=
∑
|
α
|
≤
k
a
α
(
x
)
ξ
α
{\displaystyle p(x,\xi )=\sum _{|\alpha |\leq k}a_{\alpha }(x)\xi ^{\alpha }}
を言う。また最高次表象 (leading symbol) あるいは主表象 (principal symbol ) は、全表象 p (x , ξ) の最高次成分
σ
P
(
ξ
)
=
∑
|
α
|
=
k
a
α
ξ
α
{\displaystyle \sigma _{P}(\xi )=\sum _{|\alpha |=k}a_{\alpha }\xi ^{\alpha }}
を言う。主表象は、ちょうど座標変換に対してテンソル として振る舞う部分にあたることから、後述の議論において重要な役割を担うものである。
P の表象は、フーリエ変換 との関連においても、以下のように自然に現れるものである。ƒ をシュワルツ関数 とする。このとき、その逆フーリエ変換は
P
f
(
x
)
=
∫
R
d
e
i
x
⋅
ξ
p
(
x
,
i
ξ
)
f
^
(
ξ
)
d
ξ
{\displaystyle Pf(x)=\int _{\mathbf {R} ^{d}}e^{ix\cdot \xi }p(x,i\xi ){\hat {f}}(\xi )\,d\xi }
と表される。これは、P がフーリエ乗算作用素 (英語版 ) であることを示している。ξ に関して高々多項式的増大度であるという条件を満足する、より一般の函数 p (x ,ξ) のクラスのもとで、この積分はよく振る舞い、擬微分作用素 を包括する。
ベクトル束
E と F を閉多様体 X 上のベクトル束 とし、
P
:
C
∞
(
E
)
→
C
∞
(
F
)
{\displaystyle P\colon C^{\infty }(E)\to C^{\infty }(F)}
を k -階の微分作用素とすると、X の局所座標 (英語版 ) において、
P
u
(
x
)
=
∑
|
α
|
=
k
P
α
(
x
)
∂
α
u
∂
x
α
+
(lower order terms)
{\displaystyle Pu(x)=\sum _{|\alpha |=k}P^{\alpha }(x){\frac {\partial ^{\alpha }u}{\partial x^{\alpha }}}+{\text{(lower order terms)}}}
と書くことができる。ここで、各多重指数 α に対し P α (x ): E → F は束準同型 (英語版 ) で、指数 α たちに関して対称である。
P の k 次の係数(最高次係数)は、X の余接束 の k -次対称冪 と E とのテンソル積 から F への対称テンソル
σ
P
:
S
k
(
T
∗
X
)
⊗
E
→
F
{\displaystyle \sigma _{P}\colon S^{k}(T^{*}X)\otimes E\to F}
として作用する。この対称テンソルは、P の主表象 (あるいは単に表象 )と呼ばれる。
座標系 x i は、座標微分 dx i によって余接束の局所自明化を行うことができて、ファイバー座標 ξi が決まる。E および F の標構基底をそれぞれ e μ および f ν として、微分作用素 P を成分に分解すれば、E の各切断 u 上で
(
P
u
)
ν
=
∑
μ
P
ν
μ
u
μ
{\displaystyle (Pu)_{\nu }=\sum _{\mu }P_{\nu \mu }u_{\mu }}
と書くことができる。ここで P νμ は
P
ν
μ
=
∑
α
P
ν
μ
α
∂
∂
x
α
{\displaystyle P_{\nu \mu }=\sum _{\alpha }P_{\nu \mu }^{\alpha }{\frac {\partial }{\partial x^{\alpha }}}}
で定義されるスカラー微分作用素である。この自明化に伴い、主表象は
(
σ
P
(
ξ
)
u
)
ν
=
∑
|
α
|
=
k
∑
μ
P
ν
μ
α
(
x
)
ξ
α
u
μ
.
{\displaystyle (\sigma _{P}(\xi )u)_{\nu }=\sum _{|\alpha |=k}\sum _{\mu }P_{\nu \mu }^{\alpha }(x)\xi _{\alpha }u^{\mu }.}
と書き表わせる。X のある不動点 x に関する余接空間において、表象
σ
P
{\displaystyle \sigma _{P}}
は、
Hom
(
E
x
,
F
x
)
{\displaystyle \operatorname {Hom} (E_{x},F_{x})}
に値を取る
T
x
∗
X
{\displaystyle T_{x}^{*}X}
内の次数 k の同次多項式 を定義する。
微分作用素
P
{\displaystyle P}
は、もしその表象が可逆であるなら、楕円型作用素 である。ここで、表象が可逆であるとは、ゼロでない各
θ
∈
T
∗
X
{\displaystyle \theta \in T^{*}X}
に対して束写像
σ
P
(
θ
,
…
,
θ
)
{\displaystyle \sigma _{P}(\theta ,\dots ,\theta )}
が可逆であることを意味する。コンパクト多様体 上では、楕円理論より、P はフレドホルム作用素 となる。すなわち、P の核 と余核は、有限次元である。
関連項目
参考文献
Freed, Daniel S., Geometry of Dirac operators
Hörmander, L. (1983), The analysis of linear partial differential operators I , Grundl. Math. Wissenschaft., 256 , Springer, ISBN 3-540-12104-8 , MR 0717035 .
Wells, R.O. (1973), Differential analysis on complex manifolds , Springer-Verlag, ISBN 0-387-90419-0 .