棚倉町(たなぐらまち)は、福島県中通り南部に位置し、東白川郡に属する町。江戸時代には棚倉藩の城下町があった。
地理
県境でもある八溝山を町の西南の端とし、久慈川の上流部とその支流が流れ、町の北部では、阿武隈川系の社川が流れる。古くは棚倉藩の城下町で、町の中心部は棚倉城跡を中心に役所や駅があり、やや北側の山中に赤舘城跡がある。西側に国道118号棚倉バイパスが町を迂回する。国道289号で白河市やいわき市に、国道118号で須賀川市、郡山市、茨城県常陸大宮市方面へ繋がる。
隣接する自治体
統計データ
現在の町勢
- 総人口 - 15,795人(2005年(平成17年))
- 世帯数 - 4,817世帯(2005年)
- 年少(15歳未満)人口率 - 16.1%(2005年)
- 高齢(65歳以上)人口率 - 23.4%(2005年)
- 昼間人口 - 17,473人(2000年(平成12年))
- 労働力人口 - 8,724人(2000年)
- 第1次産業就業者数 - 801人(2000年)
- 第2次産業就業者数 - 3,948人(2000年)
- 第3次産業就業者数 - 3,708人(2000年)
- 農業産出額 - 2,160百万円(2004年(平成16年))
- 製造品出荷額等 - 104,309百万円(2004年)
- 商業年間商品販売額 - 22,704百万円(2003年(平成15年))
- 出典
- 総務省統計局『統計で見る市区町村のすがた2007』(2007年(平成19年))
人口
棚倉町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年)
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16,621人
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1975年(昭和50年)
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16,059人
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1980年(昭和55年)
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16,105人
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1985年(昭和60年)
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16,510人
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1990年(平成2年)
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16,606人
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1995年(平成7年)
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16,547人
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2000年(平成12年)
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16,376人
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2005年(平成17年)
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15,795人
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2010年(平成22年)
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15,062人
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2015年(平成27年)
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14,295人
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2020年(令和2年)
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13,343人
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総務省統計局 国勢調査より
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歴史
年表
行政区域変遷
棚倉町町域の変遷(年表)
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年
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月日
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現棚倉町町域に関連する行政区域変遷
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1889年(明治22年)
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4月1日
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町村制施行により、以下の町村が発足。[3][4]
- 棚倉町 ← 棚倉町単独で町制施行
- 近津村 ← 寺山村・八槻村・流村・下山本村・中山本村・北山本村・上手沢村・下手沢村・塚原村・関口村
- 社川村 ← 上台村・板橋村・玉野村・一色村・福井村・堤村・逆川村・天王内村・金沢内村・
小菅生村・檜木村・花園村・仁公儀村
- 高野村 ← 瀬ケ野村・小爪村・祝部内村・富岡村・山際村・福岡村・強梨村・大梅村・漆草村・戸中村
- 山岡村 ← 山田村・岡田村
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1892年(明治25年)
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7月21日
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近津村の一部(関口)が棚倉町に編入。
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1910年(明治43年)
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社川村の一部(仁公儀、花園、檜木)は棚倉町に編入。
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1955年(昭和30年)
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1月1日
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棚倉町・近津村・社川村・高野村・山岡村が合併し棚倉町が発足。
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1966年(昭和41年)
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棚倉町の一部(金沢内、天王内の各一部)は表郷村に編入。
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1970年(昭和45年)
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- 棚倉町の一部(堤、金沢内の各一部)は表郷村に編入。
- 表郷村の一部(下羽原の一部)は棚倉町に編入
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棚倉町町域の変遷表(※細かい境界の変遷は省略)
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1868年 以前
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明治元年 - 明治22年
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明治22年 4月1日
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明治22年 - 昭和19年
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昭和20年 - 昭和64年
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平成元年 - 現在
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現在
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伊野上村
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明治18年 棚倉町
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棚倉町
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棚倉町
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昭和30年1月1日 棚倉町
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棚倉町
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棚倉町
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伊野下村
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檜木村
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近津村の一部
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明治25年7月21日 棚倉町に編入
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檜木村
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高野村の一部
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明治43年 棚倉町に編入
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花園村
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仁公儀村
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寺山村
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近津村
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近津村
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八槻村
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流村
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下山本村
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中山本村
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北山本村
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上手沢村
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下手沢村
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塚原村
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山田村
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山岡村
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山岡村
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岡田村
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瀬ケ野村
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高野村
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高野村
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小爪村
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祝部内村
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富岡村
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山際村
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福岡村
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強梨村
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大梅村
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漆草村
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戸中村
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上台村
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社川村 の一部
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社川村の一部
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板橋村
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玉野村
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一色村
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福井村
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堤村
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逆川村
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天王内村
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表郷村
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小菅生村
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行政
教育
高校
中学校
小学校
- 棚倉町立棚倉小学校
- 棚倉町立社川小学校
- 棚倉町立高野小学校
- 棚倉町立近津小学校
姉妹都市・提携都市
- 日本国内
- 1866年、棚倉藩主松平康英が川越に転封された縁による[5]。
- 日本国外
- 棚倉町がリゾートスポーツ施設「ルネサンス棚倉」を建設するのに際し、同じ北緯37度に所在すること、スポーツと青年鍛錬のイメージを持つことからスパルティ側に提携を提案[5][6][7]。
- 1987年、JETプログラムによりレイクマコーリー市出身の国際交流員を招致したことを縁として、公立学校間の姉妹校提携など交流が深まったことから[5][6][8]。2002年、提携内容を姉妹都市に変更[5][8]。
文化財
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
交通
空港
鉄道
棚倉町と白河市との間の交通は、戦前に廃止された白棚線にかわるJRバス関東のバス路線による。
町名は「たなぐら」であるが、駅名の「磐城棚倉」の読みは『いわき「たなくら」』である。
路線バス
道路
経済
産業
郵便
- 棚倉郵便局
- 社川郵便局
- 近津郵便局
- 東白川高野簡易郵便局
金融
メディア
町内に本社を置く新聞社(ローカル紙)が2つ存在している。
出身有名人
棚倉町を舞台とした作品
脚注
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
棚倉町に関連するカテゴリがあります。
外部リンク