東部ポー・カレン語 (とうぶポーカレンご)は、ポー・カレン人 (/phlòʊɴ/ )の言語 であり、ミャンマー ・カレン州 とタニンダーリ地方域 周辺で話される。
同じくポー・カレン人によって話される西部ポー・カレン語 (英語版 ) (エーヤワーディー・デルタ (英語版 ) 周辺)、北部ポー・カレン語 (英語版 ) 、トークリバン・ポー・カレン語 (Htoklibang Pwo Karen) 等とは相互理解可能性 が乏しい。
他のカレン諸語 と同様、声調 言語であり、SVO型 を基本語順とする。
本項では、特に断りのない限り、カレン州の州都・パアン で話される変種 について記述する。
分布
ミャンマー 国内において、東部ポー・カレン語は、カレン州 のパアン 、フラインボエー (英語版 ) 、コーカレイ (英語版 ) 、モン州 のモーラミャイン 、タニンダーリ地方域 のダウェー 等の都市を含む地域で話される。東部ポー・カレン語文法の体系的な記述に取り組んでいる加藤昌彦 は、タイ 側で話されるポー・カレン語[ 7] も「ビルマ側の東部方言と同じ方言群に属すると思われる」としている。ただし、タイ側のポー・カレン語の中には、同じくタイ側で話される変種 とは相互意思疎通 が困難な変種 も存在するという。
音韻
音素目録
加藤昌彦 は26の子音 、11の母音 、4つの声調 を東部ポー・カレン語の音素 として認めている。
子音目録
母音音素
声調素
高平調 má [ma55]
中平調 mā [ma̤33 ~ 334]
低平調 mà [ma11]
下降調 mâ [ma51]
中平調は息もれ声 を伴うことがある。
このほか、/ləcɛ̀/「少し」の/lə/、/jə-lɪ̀/「私は行った (私-行く)」の/jə/のような、声調を持たない音節も存在する。こうした「軽声音節」は、母音が必ず/ə/となるほか、発話末には現れないといった特徴を持つ。
音節構造
音節初頭子音をC1、介子音 をC2、母音をV、声調をTとすると、東部ポー・カレン語の音節 構造は以下のように表せる。
C1 (C2) V1 (V2) (ɴ) / (T)
全ての音節は少なくとも一つ以上の子音と、一つ以上の母音からなる。丸括弧で囲まれた要素は、随意的な要素であり、全ての音節に備わっているわけではない。
子音連結
C1の位置に現れるのは、ɴ 以外の全ての子音である。C2の位置には、w 、l 、r 、j の4つが現れる。C1とC2の可能な組み合わせは以下の通りである。
pw-
θw-
tw-
cw-
kw-
ʔw-
tʰw-
cʰw-
kʰw-
bw-
dw-
xw-
hw-
mw-
nw-
ɲw-
jw-
lw-
pl-
kl-
pʰl-
kʰl-
bl-
xw-
ml-
pr-
kr-
pj-
pʰj-
bj-
mj-
lj-
韻母
東部ポー・カレン語の音節のうち、V1 (V2) (ɴ) の部分を韻母 と呼ぶ。韻母には以下の21種がある。
i, ɨ, ɯ, ɩ, ʊ, e, ə, o, ɛ, a, ɔ
ai aʊ
ɩɴ, əɴ, aɴ, oɴ
eiɴ, əɯɴ, oʊɴ, aiɴ
表記
仏教徒 のポー・カレン人は、モン文字 から派生した仏教ポー・カレン文字 を用いて自らの言語を表記する。ポー・カレン人の中では少数派であるキリスト教徒 は、キリスト教ポー・カレン文字 を用いる。
その他、カレン人 による新宗教・レーケー教 の信徒は、レーケー文字という独自の文字を使用している。民主カレン仏教徒軍 の指導者であったウ・トゥザナ が「発見」したと自称するミャインジーグー文字 は、スゴー・カレン語 (英語版 ) に加えて、東部ポー・カレン語の表記にも用いられている。
形態論
品詞
東部ポー・カレン語には、品詞 として名詞 ・動詞 ・副詞 ・助詞 ・感嘆詞 の5つが認められる。動詞と形容詞 は文法上区別することができない。
語形成
東部ポー・カレン語において、語 の多くは単一の音節のみで構成されている。接辞化 や重複 、複合 といった形態論的プロセス を通して、複数音節から成る語を派生 することも可能である。
派生接辞の例
chə- : 動詞から名詞を派生する。
khléiɴ「冷たい」> chəkhléiɴ「冷たさ」
ʔɛ́「愛する」> chəʔɛ́「愛」
mà「する」> chəmà「仕事」
文と語順
チベット・ビルマ語派 には主語-目的語-動詞 (SOV) を基本語順 とする言語が多い一方、東部ポー・カレン語を含むカレン諸語の基本語順はSVO型 である。副詞 は動詞 (目的語 を持つ文の場合は目的語) の後に置かれる。
否定文
主節 における否定 標識は、文末助詞 ʔéである。
ʔəwê
khlàiɴ
chəkhlàiɴ
xɛ̀xɛ̀
ʔé
3sg (強勢形)
話す
言葉
ゆっくり
(neg )
「彼はゆっくり喋らない。」
疑問文
諾否疑問文 では文末助詞ʁâ、疑問詞疑問文では文末助詞lɛ̂が用いられる。
nə
mə
thàiɴ
ʁâ
2sg
irr
帰る
que
「君は帰るのか?」
ʔəjò
(mwɛ̄)
chənɔ́
lɛ̂
これ
である
何
que
「これは何か?」
名詞句
東部ポー・カレン語における名詞 は、(1) 単独で文 を形成できる、(2) 動詞助詞を付けられない、(3) 動詞 の項 となれる語である。同様の特徴を備えた文中の要素を「名詞句」と定義すると、その構造は以下のように図式化できる。
(関係節)-名詞-(関係節)-(側置助詞句)-(助数名詞句)-(名詞修飾助詞)
一連の要素を全て含む名詞句としては、例えば次のようなものがある。
ʔəwê xwè
já
phàdʊ́
lə́ cəpwɛ̄ ʔəphâɴkhʊ́
lə-béiɴ
nɔ́
関係節
名詞
関係節
側置助詞句
助数名詞句
名詞修飾助詞
「机の上の、彼が買ったその一匹の大きな魚」
この名詞句はそれ自体で動詞ʔɯ́pàʊ「腐る」の項となれる。
ʔəwê
xwè
já
phàdʊ́
lə́
cəpwɛ̄
ʔəphâɴkhʊ́
lə-béiɴ
nɔ́
ʔɯ́pàʊ
jàʊ
3sg (強勢形)
買う
魚
大きな
(loc )
机
上
一-枚
その
腐る
(perf )
「机の上の、彼が買ったその一匹の大きな魚は腐っている。」
関係節
東部ポー・カレン語において、関係節 の最も典型的な作り方は、動詞句 を名詞の前や後にそのまま置く方法である。主要部 の名詞が関係節の主語 となる場合、関係節は名詞の後に、それ以外の場合は名詞の前に置くのが原則である。所有者 を表す名詞も、所有物を表す名詞の前に置かれる。
側置助詞句
東部ポー・カレン語における助詞 は、単独で発話することができず、常に他の語と共に現れる。名詞句を文の主語や目的語として用いる際は、必ずしも助詞を付ける必要はない。一方、文の補語 となる名詞句には、必ず側置助詞 と呼ばれる助詞を付さなければならない。代表的な側置助詞には、動作の行われる空間 (場所・起点・着点) や時間を表すlə́や、道具・手段・随伴者などを表すdèがある。
助数名詞句
「一」を表す形態素l ə-に後続できる形式を、助数名詞 と呼ぶ。代表的な助数名詞として、人間を数えるのに用いるɣà「〜人」、人間以外の哺乳類 等に用いられるdɯ̀などがある。東部ポー・カレン語において助数名詞は必ず数詞 と共に用いられる。
thwí
jɛ̄
dɯ̀
jò
犬
五
clf
これ
「これら5匹の犬」
名詞修飾助詞
名詞句の末尾に現れる指示詞 として、jò「この」, nɔ́「その、あの」, ʔò「(極めて遠くにある)その、あの」がある。指示詞は話題 の標識として用いることができる。
ʔə-ɣéiɴ
nɔ́
jə-lɪ̀
ʔé
3sg -家
TOP
1sg -行く
neg
「彼の家は、私は行かなかった。」
代名詞
東部ポー・カレン語の代名詞 は、第一形 、第二形 、強勢形 という3つの形を持つ。第一形は主語ないし所有者の位置に現れ、第二形はそれ以外の位置に現れる。強勢形は全ての環境で出現可能である。
代名詞は単数・複数 という数 の区別と、一人称 ・二人称 ・三人称 という人称 の区別がある。その他、不特定の対象を指す代名詞としてchə̀がある。
chə
khlàiɴ
phlòʊɴ
lə́
thəʔàɴ
inp
話す
カレン
で
パアン
「パアンではカレン語が話される。」
Kato (2019: 144)
東部ポー・カレン語の代名詞
第一形
第二形
強勢形
一人称単数
jə-
jə̀
jəwê, jəwêdá
一人称複数
hə-
hə̀
həwê, həwêdá
pə-
pə̀
pəwê, pəwêdá
二人称単数
nə-
nə̀
nəwê, nəwêdá
二人称複数
nəθí
nə̀θí
nəθíwê, nəθíwêdá
三人称単数
ʔə-
ʔə̀
ʔəwê, ʔəwêdá
三人称複数
ʔəθí, ʔəθíʔə-
ʔə̀θí
ʔəθíwê, ʔəθíwêdá
chə̀
chə-
chə̀
-
一人称複数代名詞においては、語頭のhがpと交替 可能である。格式張った場面では、pから始まる語形が用いられやすい。
三人称複数のʔəθíʔə-は名詞の前でのみ用いられる。
動詞句
東部ポー・カレン語の動詞には、人称 や時制 といった文法範疇 が標示されない。しかし、相 や法 を表す様々な動詞助詞が存在する。代表的な動詞女子としては、動詞の前に付いて非現実相 (英語版 ) を表すməや、動詞句 の後について完結相 を示すjàʊがある。
他の大陸部東南アジアの言語 と同様、東部ポー・カレン語では動詞連続構文 が頻繁に用いられる。
モン語からの借用語
カレン諸語 はオーストロアジア語族 のモン語 から強い影響を受けている。とりわけ、東部ポー・カレン語とモン語の接触 は近代以降も続き、他のカレン諸語と比べても多くの語彙をモン語から借用 している。
以下に示す、僧侶 に対する特殊な敬語 語彙も、モン語からの借用語 である。
僧侶が主語となる場合に用いられる動詞 (尊敬語)
kəɲà「いらっしゃる」(「lɪ̀ 行く」「ɣɛ̂ 来る」の尊敬語)
pɔ̄「お亡くなりになる」(「θɪ̂ 死ぬ」の尊敬語)
僧侶が目的語となる場合に用いられる動詞 (謙譲語)
pətêiɴ「申し上げる」(「言う lɔ̀」の謙譲語)
僧侶が「言う」の主語となる場合は、普通形のlɔ̀が用いられる。
θàɴkhâ
lɔ̀
ʔə
təkà
僧侶
言う
彼の
弟子
「僧侶が弟子に言った。」
(Kato 2019:167)
ʔəwê
pətêiɴ
tháɴ
θàɴkhâ
彼
申し上げる
上に
僧侶
「彼は僧侶に申し上げた。」
(Kato 2019:167)
関連項目
脚注
参考文献
加藤昌彦『ポー・カレン語文法 』東京大学〈博士(文学) 乙第16289号〉、2005年。doi :10.15083/00002508 。 NAID 500000360679 。https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2514 。2024年8月23日 閲覧 。
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