地域振興券地域振興券(ちいきしんこうけん)とは、1999年4月1日から9月30日まで日本国内で流通した商品券の一種である。小渕内閣(当時)が連立を組む公明党の要求に配慮した緊急経済対策として、全国の市町村が事業主体とし、15歳以下の子ども・満65歳以上かつ老齢福祉年金受給者ごとに1人2万円分ずつ、市町村から配布された。財源の約7700億円は国が全額負担し、総務省によると全国で約3107万人が受け取り、99.6%が換金された[1][2]。 概要財源を日本国政府が全額補助することで、日本全国の市区町村が発行し、一定の条件を満たした国民に額面1000円の地域振興券を1人20枚ずつの1人2万円分、総額6194億円を贈与という形で交付した。交付開始日から6ヶ月間有効で原則として、発行元の市区町村内のみで使用でき、釣り銭を出すことが禁止され、額面以上の買い物をすることを推奨した。 当初公明党が要求した案は、全国民と永住外国人に1人3万円分の総額予算約4兆円の商品券を交付するという案だった。自民党との協議後、最終的に15歳以下の子供と、老齢福祉年金の受給者ら計3509万人を対象に1人当たり一律2万円の総額予算約7000億円の振興券を支給することになった[3]。 1999年(平成11年)1月29日の島根県浜田市での交付を皮切りに、2月1日に北海道新冠郡新冠町、福島県耶麻郡北塩原村、千葉県野田市、和歌山県有田郡清水町、愛媛県八幡浜市の5市町村で交付され、その後、全市区町村で交付された。 配布対象1999年1月1日現在を基準日として、以下の条件に該当する者に1人に2万円分ずつ配布された[1]。
目的と効果・使用率子育てを支援し、老齢福祉年金等の受給者や所得の低い高齢者の経済的負担を軽減することにより、個人消費の喚起と地域経済の活性化、地域の振興を図ることを目的に発行された。バブル崩壊後、景気浮揚を目的として数回の減税は行われていたものの、負担軽減分は貯蓄に回ってしまい、減税本来の目的である消費の拡大という目的を果たせなかった。そのため、直接には貯蓄に回せない形で消費を刺激しようとしたものである。交付対象者を若い親の層や所得の低い高齢者層などに限定した理由として、これらの層は比較的可処分所得が低いことから、地域振興券を交付することによる消費喚起の効果が大きいと考えられたことが挙げられている[4]。 1999年、経済企画庁は振興券を受け取った約3107万人[5]の中の9000世帯に対してアンケート調査を行い、振興券によって増えた消費は振興券使用額の32%だったとしている。つまり、残りの68%が貯蓄に回されたり、振興券がなくても行われた消費に使われたということである。経企庁の調査ではこの結果をベースに単純計算し、振興券は名目GDPを約2000億円押し上げたと結論付けている[6]。この額は、GDP全体の0.04%程度、内訳である個人消費の0.07%程度である。このアンケート調査では半耐久財の将来需要の先喰い部分も含まれてしまうなど、振興券の消費喚起の効果を過大評価している可能性が高い。実際、その後に行われた、内閣府経済社会総合研究所による個票データを用いたより精緻な分析によると、限界消費性向は0.1程度まで低下することとなり、消費喚起効果は非常に限定的だった[7]。 地域振興券発行後、この年の下半期に景気は回復に転じ、前年度のマイナス成長からこの年はプラス成長となった。ただしこの時に伸びたのは政府支出であり、家計支出は目立った変化をしていないことから、地域振興券発行が景気回復に結びついたわけではない[8]。 最終的な使用率は全国平均で99.6%であり、6189億6100万円が換金された[1]。 問題点
批評
日本以外の例2007年からの世界金融危機で、世界的に不況となったことを受け、2009年1月に中華民国(台湾)では、所得制限なく、国民と長期居留許可を有する住民に、1人につき一律3600ニュー台湾ドル(当時の為替レートで約1万円)の消費券(商品券に相当)を配布する政策を実施した。この政策は貧困救済政策ではなく、完全に個人消費の喚起を狙い、景気振興の効果をもたらすことを期待するので、資産や所得を問わずに全国民を配布対象とする。旧正月を迎え物入りとなる時期を狙ったこともあり、国民からは好評を得ている一方で、消費券を使い切った後も消費が持続するかなど、巨額な財政負担に見合う効果への疑問の声もあった。 脚注
関連項目外部リンク
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