五大連池市

中華人民共和国 黒竜江省 五大連池市
五大連池
五大連池
五大連池
旧称:徳都
黒河市中の五大連池市の位置
黒河市中の五大連池市の位置
黒河市中の五大連池市の位置
簡体字 五大连池
繁体字 五大連池
拼音 Wŭdàliánchí
カタカナ転写 ウーダーィェンチー
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
黒竜江
地級市 黒河市
行政級別 県級市
建置 1929年
改制 1983年
面積
総面積 9,800 km²
人口
総人口(2004) 36 万人
経済
電話番号 0456
郵便番号 164100
行政区画代碼 231182

五大連池市(ごだいれんち-し)は中華人民共和国黒竜江省に位置する県級市。市人民政府の所在地は青山鎮。

中国地名の変遷
建置 1929年
使用状況 五大連池市
中華民国徳都設治局
徳都県(1933年)
満洲国徳都県
国共内戦期間徳都県
現代徳都県
徳都県・五大連池市(1983年)
五大連池市(1996年)

地理

五大連池市は黒竜省北西部、松嫩平原の北端に位置する。

市内には中国を代表する火山風景区である五大連池風景区中国語版(1982年に中華人民共和国国家級風景名勝区に認定[1])が所在し、風景区内には14の火山が位置している。これらは古いものは90万年前、新しいものは1719年康熙58年)に噴火している。『黒竜江外記』によれば「墨爾根(メルゲン)の東南、一日地中忽(ゆるが)せに出火、石塊は飛騰、声は四野に震う、数日を越え火熄(や)む、其の地遂に池沼と成る。此れ康熙五十八年の事。」とあり、1721年にかけての火山活動の結果、流出した溶岩が当時の河道を塞ぎ五つの相通じた溶岩堰塞湖(五大連池湖中国語版)を形成した。域内の生物相は豊富で、希少種としてマンシュウグルミ英語版オニグルミ)、マンシュウトネリコ英語版ヤチダモ)、ゲンカイイワレンゲアオノイワレンゲ)、キハダツルマメなどの植物とノガンアカハジロタンチョウなどの動物が見られる[2]2004年、五大連池は国際連合教育科学文化機関により第1次世界ジオパーク[3]、同年9月5日には生物圏保護区に指定された[2]。また、東南部に山口湖ダム中国語版があり北安市の北部と接している。

歴史

古代

五大連池の市域は、漢代烏桓三国時代には北夫余唐代黒水靺鞨の居住地であった。遼代には東京道室韋王府の管轄とされ烏延突厥が居地、金代上京路に属し、蒲與路の管轄とされ女真完顔部の居住地であった。元初には遼陽行省開元路、中期以降は水達達路蒲與路万戸府が設置され、オッチギン(斡赤斤)の分封地とされた。

明朝はヌルガン(奴児干)都司訥謨爾河衛、清朝ブトハ総管衛門の管轄としブトハ八旗 - 正白旗部落居地とした。清末の1909年宣統2年)、訥河を直隷属地と改編され、中華民国が成立すると1915年には克山県第三区、1929年には徳都設治局が設立された。

徳都県

1933年、徳都設治局は徳都県へ昇格、新中国成立後は1958年9月に北安県に編入、嫩江専員公署の下に青山公社が設立された。1963年6月29日、北安市から分離され、1979年には五大連池管理処が設置、翌年管理局に改称された。1983年10月8日の行政改編で五大連池鎮と双泉公社の竜泉、良種場を行政区域とする五大連池市が成立、当時の人口は5千人前後で、中国最小の都市だった。1996年1月31日(民政部民行批[1996]19号)徳都県の全域が五大連池市に編入され現在に至る。五大連池市の市域は徳都県の成立時の管轄区域から変化していない。

行政区画

1街道、7鎮、4郷を管轄:

  • 街道弁事処:青山街道
  • :竜鎮、和平鎮、五大連池鎮、双泉鎮、新発鎮、団結鎮、興隆鎮
  • :建設郷、太平郷、興安郷、朝陽郷

経済

鉱産資源にミネラルウォーター玄武岩ミネラル泥蛍石火山礫があり、薬草には平貝母五味子沙参穿山龍仏手柑蒲公英赤芍黄檗黄耆根、車前子野百合狼毒大戟紅花野薄荷等がある。

交通

鉄道

道路

健康・医療・衛生

  • 五大連池市第一人民医院、五大連池市中医医院

名所・旧跡・観光スポット

主なものに五大連池国家風景名勝区中国語版五大連池火山群中国語版、五大連池湖を含む)、益身園、長寿園、極楽亭、鐘霊寺遺跡がある。

脚注

  1. ^ 中華人民共和国国務院 (1982年11月8日). “国务院批转城乡建设环境保护部等部门关于审定第一批国家重点风景名胜区的请示的通知” (中国語). 北京法院法規検索. 2023年2月4日閲覧。
  2. ^ a b Wudalianchi Biosphere Reserve, China” (英語). UNESCO (2019年7月12日). 2023年2月2日閲覧。
  3. ^ WUDALIANCHI UNESCO GLOBAL GEOPARK (China)” (英語). UNESCO (2021年7月27日). 2023年2月2日閲覧。

関連項目

外部リンク