ワレリー・ワシリエヴィチ・ゲラシモフ (ロシア語 : Вале́рий Васи́льевич Гера́симов ; IPA: [vɐˈlʲerʲɪj vɐˈsʲilʲɪvʲɪtɕ gʲɪˈrasʲɪməf] 、1955年 9月8日 - )は、ロシア の軍人 。ロシア連邦軍参謀総長 兼第一国防次官、2022年ロシアのウクライナ侵攻 の総司令官に任命されたことが発表された[ 2] が、同年7月には解任されたとも報じられている。戦略家であり、「ゲラシモフ・ドクトリン 」の提唱者とされている。2024年6月25日より、ウクライナの電力インフラを攻撃した戦争犯罪の容疑により、国際刑事裁判所 (ICC)から逮捕状が出ている[ 3] 。
出生・学歴
ソビエト連邦 タタール自治ソビエト社会主義共和国 のカザン に生まれる。カザン・スヴォーロフ 軍事学校(1971-1973年)、カザン高等戦車指揮学校(1973-1977年)、マリノフスキー 機甲部隊軍事アカデミー(1984-1987年)、ロシア連邦軍参謀本部軍事アカデミー (1995-1997年)を卒業した[ 4] 。
軍歴
1977年から、当時はソ連の衛星国 だったポーランド 駐留の北方軍集団第90親衛戦車師団第80戦車連隊で小隊・中隊長、大隊の首席参謀、1982年から1984年まで極東軍管区 第29自動車化狙撃師団の大隊首席参謀と大隊長を務めた。
1987年にマリノフスキー機甲部隊軍事アカデミーを卒業後、沿バルト軍管区 ・北西軍集団第144親衛自動車化狙撃師団 の副戦車連隊長、同連隊長、副師団長を歴任し、ソビエト連邦の崩壊 後の1993年には師団長に就任した[ 5] 。
1997年に参謀本部軍事アカデミーを卒業後、モスクワ軍管区 の第1副司令官(1997-1998年)を務め、1998年2月からは北カフカーズ軍管区 第58諸兵科連合軍 参謀長、副指揮官を歴任、2001年2月には指揮官に就任した。第二次チェチェン紛争 では大規模な戦闘行動に従事した[ 6] 。
2003年3月から極東軍管区 参謀長、2005年4月から軍隊の戦闘訓練・サービス主管部部長を歴任。2006年12月、北カフカーズ軍管区 参謀長に就任。
2007年12月11日から2009年2月5日までレニングラード軍管区 の司令官、2009年2月5日から2010年12月23日までモスクワ軍管区 の司令官を務めた[ 7] 。
2010年12月23日、大統領令により、ロシア連邦軍参謀本部 副長官に任命された[ 8] 。
2009年から2012年にかけて、独ソ戦 の戦勝記念日 パレードの指揮を執った[ 6] 。
2012年4月26日、中央軍管区 の司令官に任命された[ 9] 。
ロシア連邦軍参謀総長として
2012年11月9日、ロシア国防省 の汚職 疑惑のあおりを受け、国防相のアナトーリー・セルジュコフ およびロシア連邦軍参謀総長のニコライ・マカロフ が解任された[ 10] [ 11] 。セルゲイ・ショイグ 新国防相は、ロシア大統領 ウラジーミル・プーチン に対し、参謀総長および国防省第一副大臣の地位にゲラシモフを指名し[ 11] 、同日プーチン大統領により任命された[ 12] [ 13] 。
2014年、ドンバス戦争 のイロヴァイスクの戦い は、ロシア軍と親ロシア反乱軍の決定的勝利となり、ミンスク合意 のきっかけの一つとなったが、ロシア側の総指揮官はゲラシモフであったとウクライナ保安庁 は主張している[ 14] 。この戦いでは1000人以上のウクライナ兵が犠牲となった。
2016年5月、ロシア大統領により、最高の国家賞であるロシア連邦英雄 の称号を授与された[ 15] 。
ロシア・ウクライナ危機 (2021年-2022年) 下の2021年12月9日、ゲラシモフはウクライナ政府に対し、ドンバス戦争を武力で解決しようとしないよう警告を発した[ 16] 。ゲラシモフは「ロシアのウクライナ侵攻が迫っているという情報は嘘だ」と述べた[ 17] が、2022年のロシアのウクライナ侵攻 の計画に関与していたとみられている[ 18] [ 19] 。
2022年のロシアのウクライナ侵攻において、ゲラシモフがロシア軍を自ら指揮するため、前線であるハルキウ州 イジューム に到着したと報道された[ 20] [ 21] 。ゲラシモフは、2022年5月1日にイジューム付近でウクライナ軍の砲撃により脚を負傷したと報道された[ 22] [ 23] 。アメリカ合衆国 は諜報活動などでウクライナを支援しており、2人のアメリカ当局者がゲラシモフのこの地域への滞在を確認したが、あるウクライナ当局者はウクライナは特にゲラシモフを狙っていなかったとし、指揮所が襲われたときゲラシモフは既にロシアへ戻るために出発していたと述べている[ 24] 。
5月2日時点において、アメリカ当局もゲラシモフの負傷の事実を確認できておらず[ 25] 、ロシア当局からも発表はなされていない。
同年12月18日、ウクライナ大統領府 顧問のオレクシイ・アレストビッチ がインターネット・メディアによるインタビューで、「4月後半から5月」、ゲラシモフがいた司令部を攻撃したが直前に立ち去っていたと明らかにした[ 26] 。米国の『ニューヨーク・タイムズ 』は、アメリカは、戦争の激化を懸念してゲラシモフ殺害計画の中止をウクライナに求めたものの間に合わなかったと報じている[ 26] 。
2023年1月11日、ウクライナ侵攻総司令官の座をセルゲイ・スロヴィキン から引き継ぎ、スロヴィキンは副司令官となることが国防省より発表された[ 2] 。しかし、その手腕はセルゲイ・ショイグ 国防相とともに民間軍事会社ワグネル の創始者エフゲニー・プリゴジン より批判の的となってきた。6月にプリゴジンが軍上層部に反旗を翻し引き起こした反乱 は事実上失敗に終わったが、その後は公の場に姿を見せることがなくなり[ 27] 、7月8日にはウクライナ侵攻の総司令官を解任され、現在はミハイル・テプリンスキー 大将が実際の指揮を取っていると報じられている[ 28] 。
2017年3月6日、シリア北部での活動 についての会議にて。右がゲラシモフ。アメリカ統合参謀本部議長 ジョセフ・ダンフォード (左)とトルコ軍参謀総長 フュシ・アカール (中央)と共に撮影。
制裁
2014年4月に、ゲラシモフは「ウクライナの領土の完全性、主権および独立を損なうまたは脅迫する行動に関して」というEU の制裁対象リストに追加された。2014年5月、カナダ 、リヒテンシュタイン 、スイス は、ウクライナに介入したこと、ロシア軍をウクライナ国境付近に展開したことへの責任、またそれらの行為によるウクライナとの緊張の高まりを緩和しなかったことを理由として、ゲラシモフを制裁リストに追加したという[ 29] 。2014年9月にオーストラリア は、ゲラシモフをウクライナに関連する制裁措置のリストに加えた[ 29] 。
2022年3月1日、日本国政府 は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻 に伴い、ゲラシモフの資産を凍結した[ 30] 。
家族
既婚者であり、息子が1人いる。2022年ロシアのウクライナ侵攻 で戦死したロシア陸軍少将ヴィタリー・ゲラシモフ は彼の甥とみられている[ 31] 。
ゲラシモフ・ドクトリン
2013年2月、ゲラシモフは軍事科学アカデミーでハイブリッド戦争 に関する発表を行い、その主要テーマが、新聞『軍産クーリエ』において論文「科学の価値は先見性にある(ロシア語 :Ценность науки в предвидении)」として掲載された[ 32] 。これは、現代の国家 間紛争 の概念を再定義し、軍事行動を政治 、経済 、情報 、人道 などの非軍事活動と同等に位置づけるものである[ 33] 。このドクトリンでは、軍事行動と非軍事行動の比率を1:4と定めている。この論文が出版されて以降のロシアのウクライナに対する行動が、このドクトリンに完全に沿ったものであるとみなされ、この語は広く知られるようになった[ 34] 。
脚注
^ “Presidential Decree of 20 February 2013 No. 151 "On conferring military rank of senior officers of the armed forces ” (Russian). Kremlin.ru (21 February 2013). 30 June 2015時点のオリジナル よりアーカイブ。24 February 2013 閲覧。
^ a b “ロシア、ウクライナ侵攻の総司令官を再交代” . AFPBB News . フランス通信社 . (2023年1月12日). https://www.afpbb.com/articles/-/3446669 2023年1月12日 閲覧。
^ “ロシアの前国防相と参謀総長にICCが逮捕状、ウクライナで戦争犯罪 ”. Bloomberg.com (2024年6月25日). 2024年6月26日 閲覧。
^ “Горячие будни генерала Герасимова ” (ロシア語). old.redstar.ru . 2022年5月14日 閲覧。
^ “Командир смоленской дивизии возглавил генштаб армии России ” (ロシア語). Информагентство "О чем говорит Смоленск" (2012年11月9日). 2022年5月14日 閲覧。
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^ “Из суворовцев – в стратеги — "Красная звезда" ” (ロシア語). 2022年5月14日 閲覧。
^ “Об освобождении от должности, назначении на должность и увольнении с военной службы военнослужащих Вооруженных Сил Российской Федерации ”. pravo.gov.ru . 2022年5月14日 閲覧。
^ “О назначении на должность и освобождении от должности военнослужащих Вооруженных Сил Российской Федерации ”. pravo.gov.ru . 2022年5月14日 閲覧。
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^ “Valery Gerasimov and Dmitry Bulgakov became Heroes of Russia ”. 2022年5月14日 閲覧。
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