ロドニー・ブルックス
ロドニー・アレン・ブルックス(Rodney Allen Brooks, 1954年12月30日[1] - )は、オーストラリア出身のロボット研究者[8]。人工知能界で物議を醸したサブサンプション・アーキテクチャの提案者[5][2]。MITコンピュータ科学・人工知能研究所で教授・所長を歴任し、iRobotやリシンク・ロボティクスの創業でも知られる。ルンバやパックボットにはサブサンプション・アーキテクチャが実装された。スタンフォード大学Ph.D、マサチューセッツ工科大学名誉教授[8]。2014年エンゲルバーガー賞(リーダーシップ部門)受賞者[6]。 来歴・人物コンピュータビジョン1954年、オーストラリアのアデレードに生まれる[9]。南オーストラリアのフリンダース大学で数学を学ぶ。博士課程はスタンフォード大学で、トーマス・ビンフォード[9]のもとでコンピュータビジョンの研究に従事。1981年に『Symbolic Reasoning among 3-D Models and 2-D Images』のテーマで計算機科学のPh.Dを取得[9]。この間、モデルに基づく画像認識のアプローチで、「ACRONYM」というシステムを開発する[4]。 学位取得後、ブルックスはカーネギーメロン大学やマサチューセッツ工科大学で研究員を務め、スタンフォード大学を経て1984年にマサチューセッツ工科大学に着任[1][8]。1984年にはコンピュータビジョンの、1985年にはLISPに関する本を出版する(#著書の節も参照)。 表象なき知能1986年にブルックスは「サブサンプション・アーキテクチャ(SA)」に関する論文を発表し、「表象なき知能」を提唱した。これはロボティクスや人工知能の分野に大きな影響を与えた[5][2][10]。当初は人工知能の主流派からは無視され[5]、マービン・ミンスキーは「ミミズに対してなら90%正しいが、人間に対して話は別である」と批判した[10]。しかし1991年に国際人工知能会議(IJCAI)でIJCAI Computers and Thought Awardを受賞し[5][11]、以後批判は弱まったという[5]。SAは簡単なシステムでロボットを構築できるため、宇宙ロボットでの応用が検討された[5]。 その後、ブルックスは学生とPollyなど自律移動ロボットを開発するとともに[12]、上半身型のヒューマノイドロボットを開発して知能を研究する「Cogプロジェクト」を実施した[13]。また、1991年に設立したiRobot社では「Genghis」(ジンギス)という6足歩行ロボットが開発され、SAが搭載された[14]。 1997年、ブルックス自身の論文の題名をタイトルにした映画 "Fast, Cheap and Out of Control" にも出演した[8][15]。なお、この頃の指導学生に、ジョナサン・ハドソン・コネルやMaja Matarić、Carlo Maley、ヨーキー・マツオカ、コミュニケーションロボット「JIBO」を開発したシンシア・ブリジール[16]らがいる[17][9]。 ロボットベンチャー1990年に設立されていたiRobot社では、ブルックスは最高技術責任者・取締役を歴任。2000年に発売されたルンバ (掃除機)にはサブサンプション・アーキテクチャが搭載された[18]。同アルゴリズムはパックボットにも搭載され、パックボットはアメリカ同時多発テロやイラク戦争、アフガン戦争にも投入された[1]。 この頃の指導学生にヒューマノイドロボット「Dobo」を開発していたAaron Edsingerがおり、EdsingerはMeka Roboticsを創業した[19][20][17][9]。 2008年8月23日にはカナダで「Rodney's Robot Revolution」と題したドキュメンタリーが映画が公開された[21]。同年、ブルックスはアイロボット社を退社し、リシンク・ロボティクス社を設立。会長やCTO(最高技術責任者)を務め、同社は双腕ロボット「バクスターや協働ロボット「ソイヤー」を販売していた[22][23][24]。また、ブルックスはAIを研究するトヨタ自動車の子会社にも関与した[25]。 2018年にはリシンク・ロボティクス社を廃業[23][24]。しかし2019年にはヘンリック・クリステンセンと「ロバストAI」を設立している[26]。 主な受賞歴(受賞)
(名誉博士)[8] 社会的活動(学術団体)[8]
(学術雑誌の編集委員)[8]
主な著作著書(単著)
(日本語への翻訳本)
論文・解説
インタビュー
脚注注釈出典
外部リンク
(所属機関のサイト)
(ロドニー・ブルックス - TEDカンファレンス )
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