ルーク・ボイト
ルイス・リンウッド・ボイト3世(Louis Linwood Voit III, 1991年2月13日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイス郡ワイルドウッド出身のプロ野球選手(一塁手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。愛称はミート[1]、ルイ・ヴィー[2]。 経歴プロ入り前2009年のMLBドラフト32巡目(全体962位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名されたが契約せず、ミズーリ州立大学に進学した。 プロ入りとカージナルス時代2013年のMLBドラフト22巡目(全体665位)でセントルイス・カージナルスから指名され、プロ入り[3]。契約後、傘下のA-級ステート・カレッジ・スパイクスで捕手としてプロデビューした。 一塁手に転向した2014年と2015年はA+級パームビーチ・カージナルスに所属した[4]。 2016年はAA級スプリングフィールド・カージナルスでプレーし、134試合に出場して打率.297、19本塁打、74打点を記録した[5]。 2017年はAAA級メンフィス・レッドバーズで開幕を迎えた[6][7][8]。6月25日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りすると[9]、同日のピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャーデビュー。7回裏に代打で登場し、ヤン・マリーネスから死球を受けた[10]。この年メジャーでは62試合に出場して打率.246、4本塁打、18打点を記録した[5]。 ヤンキース時代2018年7月27日にチェイスン・シュリーブ、ジオバニー・ガジェゴスとのトレードで、インターナショナル・ボーナス・プール(海外選手契約金枠)と共にニューヨーク・ヤンキースへ移籍した[11]。AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースに割り当てられ、8月2日にメジャーに昇格したが、8月13日に再び降格した[12][13]。8月21日にディディ・グレゴリウスが故障者リストに入ったため、メジャーに昇格した[14]。グレッグ・バードから正一塁手を引き継ぎ、9月20日にはヤンキースで打った本塁打が10本を超えた。これは2018年のヤンキースの選手の中で12人目であり、チーム記録を更新した[15][16]。10月1日には、1週間で打率.458、3本塁打、8打点を残し、アメリカンリーグのプレイヤー・オブ・ザ・ウィークに選ばれた[17]。ヤンキースへ移籍後は39試合に出場して打率.333、14本塁打、33打点、OPS1.095を記録した[18]。14本塁打という記録は期間を限って測ると、15本塁打を打ったクリスチャン・イエリッチに次ぐ記録である[19]。 ポストシーズンでは、2018年のアメリカンリーグワイルドカードゲームに一塁手として先発出場し、6回にブレイク・トレイネンから2点適時打となる自身初の三塁打を打ち、チームも5-0で勝利した[20]。 2019年3月28日の開幕戦では第1打席に本塁打を放ち、このシーズンにおけるチーム1号本塁打を記録した[21]。7月31日にスポーツヘルニアで故障者リスト入りした[22]が、手術は回避し[23]、8月30日のオークランド・アスレチックス戦で復帰した[24]。シーズン通算では118試合出場で打率.263、21本塁打、62打点を記録した[5]。 2020年は新型コロナウイルスの影響で60試合の短縮シーズンとなったが、前年の半分以下の56試合の出場で前年を上回る22本塁打を記録し、自身初のタイトルとなるアメリカンリーグの本塁打王を受賞した。 2021年は開幕を故障者リストで迎えた。5月11日のレイズ戦でシーズン初出場した[25]。 パドレス時代2022年3月18日にジャスティン・ラングとのトレードで、サンディエゴ・パドレスへ移籍した[26]。 ナショナルズ時代2022年8月2日にフアン・ソト、ジョシュ・ベルとのトレードで、CJ・エイブラムス、マッケンジー・ゴア、ロバート・ハッセル3世、ジェームズ・ウッド、ハーリン・スサナと共にワシントン・ナショナルズへ移籍した[27]。オフの11月18日にノンテンダーFAとなった[28]。 ブルワーズ時代2023年2月21日にミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[29]。3月27日にメジャー契約を結んだ[30]。しかし、22試合の出場で打率.221、4打点に終わり、6月2日に自由契約となった。 メッツ傘下時代2023年6月11日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだが、8月3日に自由契約となった。 2024年2月20日に再びメッツとマイナー契約を結んだ[31]。 楽天時代2025年は当初、メキシカンリーグのキンタナロー・タイガースでプレーしていたが[32]、6月10日に東北楽天ゴールデンイーグルスが獲得を発表した[33]。 人物同じ高校に通っていたヴィクトリア・リグマンと2017年10月に婚約し、2018年12月に結婚した[34]。2021年に娘が、2023年に息子が誕生した[35]。 弟のジョンは、アーミー・ブラックナイツのフットボールチームでディフェンシブ・タックルとしてプレーしていた[36]。 詳細情報年度別打撃成績
年度別守備成績
タイトル
表彰
背番号
脚注
関連項目外部リンク
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