ユルビー・アリカルト
経歴幼少時はマラカイ近郊の町で男子に交じってタイツやボール紙で作ったボールで遊びながら、ベネズエラ代表になる夢を追いかけていた[1]。その後、12歳で代表メンバーの一員となっている[2]。 2005年秋から2007年春までアメリカのフロリダ州立大学(フロリダステート・セミノールズ)でプレー[2]。2008年にはベネズエラ代表として北京オリンピック出場(7位)を果たした。自国開催となった2010年の世界選手権では同国史上最高となる5位に導くなど、その後もベネズエラ代表の中心選手として活躍した。2018年の世界選手権を最後に代表を引退したが、母国を2023/24年のワールドカップ[注 1]に導くため、リーダー不在を危惧していた連盟の要請に応える形で2022年11月のパンアメリカン選手権に37歳で代表復帰[3]。同大会5位となりワールドカップ出場権を獲得した[4]。ワールドカップ本戦では注目選手の1人としてWBSCに紹介された[5]。 2017年からイタリア・セリエA1のレアヴェンドルス・カロンノでプレー。初年度から打率4割前後の成績を継続し、6シーズン目の2023年[注 2]にはリーグ通算200安打を達成した[1][6]。 2023年の欧州カップウィナーズカップではレアヴェンドルス・カロンノの3番サードとしてフル出場し、チームの準優勝に貢献した[7]。この時のチームメイト[注 3]には、元日本代表の江口未来子、SGホールディングスギャラクシースターズを退団したばかりのグレタ・チェッケッティ、キューバ代表のジリアン・トルネスなどがいた[8][9]。 2024年、新しく創設されたリーガ・メヒカーナ・デ・ソフトボル(LMS)のチャロス・デ・ハリスコに入団。キャプテンを務める[10]。 選手としての特徴内野手(主に二塁手)。マリア・ソト、デニーセ・フエンマジョール、マリアンジー・ボガードらと共にベネズエラ代表の黄金時代を支えた[3]。プレイヤーとしての実力に加え、人格・実績・リーダーシップを兼ね備えた選手として評価されている[1]。 人物・エピソード好きなソフトボール選手は元アメリカ代表のジェシカ・メンドーサ[11]。 脚注注釈
出典
外部リンク
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