マルコガタノゲンゴロウ(Cybister lewisianus Sharp, 1873[9])は、コウチュウ目ゲンゴロウ科ゲンゴロウ亜科ゲンゴロウ属の水生昆虫。
絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)に基づき「国内希少野生動植物種」として指定され、捕獲・採取・譲渡(販売など)が原則として禁止されている[13]。
特徴
同属のコガタノゲンゴロウに酷似しているが、本種は腹面が黄褐色でより強い光沢がある点から区別できる。体長21 - 26ミリメートルで、体形は卵型・コガタノゲンゴロウに似るが比較的厚みがある。大きさはコガタノゲンゴロウよりわずかに小粒かつクロゲンゴロウよりわずかに大粒であることが多い。
背面は緑色か黒褐色で強い光沢がある。頭楯・前頭両側・上唇・前胸背・上翅側縁部は黄色で、上翅の黄色帯は側縁から側片に達し、翅端に向けて徐々に細くなる。頭部は細かくまばらに点刻され、前頭両側と複眼内縁部に浅いくぼみがある。前胸背はオスメスともに前縁部・側縁部などに点刻があるが、それ以外は滑沢で、上翅には3条の点刻列があり、オスメスとも滑沢で翅端部には不明瞭な雲状紋があり、上翅の長さは前胸の長さの4.5倍以下である。触角は黄褐色、口枝も黄褐色で、口枝末節は暗色となる。足は黄褐色で、中跗節・後脛節・後跗節は暗褐色である。腹面はコガタノゲンゴロウと異なり全体に黄色から赤身のある黄褐色で光沢が強く、後胸前側板・後基節外方・各腹節側方は黒い。オス交尾器中央片の先端は背面から見て2段構えになる。
森(2014)では「丸みが強く小粒で美しい種類」、中島・林ら(2020)では「背面の緑色が鮮やかで大変美しい種」とそれぞれ解説されている。
分布・生息
日本(本州・九州)・中国(中華人民共和国)・インドシナ半島に分布する種である。水質が良好な環境を好み、浮葉植物・抽水植物[注 3]が豊富な止水域に生息する。
本種は特に「棚田部があってから深くなるような沼」[注 4]を好む種で[18]、都築・谷脇・猪田(2003)によれば「かなり大きな池沼の浅瀬部分、特に岸寄りの浅い水域」に生息している。生息地ではゲンゴロウとともに採集されることが多いが、本種の方がはるかに個体数が少ない[18]。またクロゲンゴロウと混棲していることも多いが、泳ぎはクロゲンゴロウに比べて遅い。
生態
成虫は5月ごろに活動を開始して水草の茎に産卵し、幼虫は7月 - 8月ごろに出現する[16]。新成虫は9月に現れ10月より水中にて成虫で越冬し、寿命は2 - 3年であるが[16]冬季はほとんど採取できない。蛹室の直径は約25ミリメートル・幼虫上陸 - 蛹化までの前蛹期は7日 - 10日程度、蛹化 - 羽化までの蛹期は7日 - 12日程度である。
ゲンゴロウ・クロゲンゴロウの幼虫は水中で排泄するが、本種の幼虫は尾部を水面上に出して排泄する。
保全状況
かねてから極めて稀な種類で採集記録・現存標本数ともに非常に少なかったが[23]、さらに生息状況が著しく悪化しており、2018年現在は絶滅危惧IA類 (CR)(環境省レッドリスト)に指定されている[16]。国内では以下の各県から生息確認・採集記録があるが、太平洋側では絶滅しており(括弧内は当該都道府県のレッドデータブックにおけるランク)[16]、2011年時点では東北・北陸・九州各地方の一部地域でしか残存が確認されていない(推定個体数:数千個体)。残る生息地は各県で数か所以下にまで減少し[注 5][16]、2017年11月時点で国内に現存する生息地は15か所のみで絶滅の危機が強く迫っている。
- 2010年代に確実な記録がある県
- その他レッドデータブック記載などがある都府県
2011年(平成23年)4月1日付でフチトリゲンゴロウ・シャープゲンゴロウモドキ・ヨナグニマルバネクワガタ・ヒョウモンモドキとともに「国内希少野生動植物種」(種の保存法)として指定され、捕獲・採取・譲渡(販売など)が原則として禁止されている[13]。また、石川県では「種の保存法」指定に先立ち2006年(平成18年)5月1日付で「石川県指定希少野生動植物種」に指定され、生きている個体の捕獲・採取・殺傷・損傷が原則として禁止されている[59]。
人間との関係
同属のゲンゴロウとほぼ同一方法で飼育できるが、前述のように現在は捕獲・譲渡などが原則として禁止されている[13]。森(2014)では「飼育下では成虫の寿命は2年 - 4年程度で、他の大型ゲンゴロウ類とは異なり冬季はほとんど餌に反応せずじっとしていることが多い。希少さと裏腹にゲンゴロウ類の中では丈夫かつ繁殖も容易で、水生昆虫の入門種として勧められる種類だったが入手不可能になってしまった」と解説されている。
脚注
注釈
- ^ 森・北山(2002)は「ゲンゴロウ類 Dytiscoidea は鞘翅目・食肉亜目(オサムシ亜目)水生食肉亜目に属する」と述べている。
- ^ ゲンゴロウ属 Cybister および同属を含むゲンゴロウ族 Cybistrini は森・北山(2002)ではゲンゴロウ亜科 Dytiscinae に分類されているが、Anders N. Nilsson の論文(2015)では Dytiscinae 亜科から Cybistrinae 亜科を分離し、ゲンゴロウ族 Cybistrini を Cybistrinae 亜科に分類する学説が提唱されている。中島・林ら(2020)はゲンゴロウ類の分類表(307頁)にてゲンゴロウ属・ゲンゴロウモドキ属を「ゲンゴロウ科 ゲンゴロウ亜科・ゲンゴロウモドキ亜科」として紹介している。
- ^ ヒルムシロ・カンガレイ・ジュンサイ・ヒシなど[16]。かつて生息が確認されていた三重県のレッドデータブックでは「ヒルムシロ類を重要な産卵植物として利用している」と解説されている[17]。
- ^ 「岸辺が緩やかで遠浅の比較的大きな池沼・ため池」とする文献もある[16]。
- ^ 国内希少野生動植物種指定時点で残存していた個体群のうち、指定後5年間で7割近くが絶滅した。
- ^ 2002年版レッドデータブックでは「稀に見る多産県で他県から採集者が訪れるほどだが、生息調査後に隣接して住宅団地が造成されブラックバスも放流された元産地ではそれ以降確認できなくなった。生息水域が人里にほど近い場所にあることから将来的には水域環境の保護も含めた広範な保護が必要になる可能性が大きい」と記載されている[27]。
- ^ 県内各地の湖沼に生息していたが、池沼のコンクリート化・侵略的外来種侵入・観賞用目的の採取などにより激減し続けているため、『レッドデータブックやまがた 動物編』(2003年3月)では絶滅危惧IB類(EN)だった本種は2016年のレッドリスト改訂で絶滅危惧IA類(CR)となった[29]。
- ^ 福島県内では種の保存法指定前年の2010年6月に会津地方で初確認され、県内3ヶ所(福島大学[32]・アクアマリンふくしま[33]・アクアマリンいなわしろカワセミ水族館[34][35])で環境省からの許可を受けた上で系統保存のための飼育が行われている[32]。
- ^ 天草下島[37]の1地区でのみ生息が確認されているが、かつては6,7か所あった生息地が1,2か所に減少している[38]。
- ^ 青森県RDB(2010)の「Cランク」は環境省RDBの「準絶滅危惧」に相当[39]。
- ^ 岩手県RDBの「Aランク」(絶滅の危機に瀕している種)は環境省RDBの「絶滅危惧I類」に相当[41]。
- ^ 県下では2002年に北上市のため池にて生息が初めて確認されており、他に一関市で生息が確認されたが、後者ではウシガエルの生息地侵入により絶滅したとみられる[42]。
- ^ 過去に石巻市牧山(1962年8月24日)・名取市名取ニュータウン(1973年6月14日)で採集された個体の標本記録が存在している[23]。
- ^ 第二次世界大戦前の文献では「茨城県(霞ヶ浦)で記録された例がある」と記載されているが、標本は保管先の東京農業大学が東京大空襲により焼失したためか現存せず、戦後は関東地方からはまったく記録されていない[23]。なお2011年8月4日には東京都多摩地域で多摩川と接続し国立市・府中市・調布市を流れる府中用水において東京都産業労働局が実施した「田んぼの生きもの調査」で本種が採集された(同用水におけるゲンゴロウ科昆虫の確認は初)[43]。
- ^ 1992年に志摩郡磯部町(現:志摩市)内にあった「水面の大半をヒルムシロ類が覆いつくした池」で春・秋の2回確認されたが、翌1993年以降はヒルムシロ類が消え本種も確認できなくなったことから絶滅したとみられている[17]。
- ^ 県内では友ヶ島(和歌山市加太)・有田郡湯浅町で採集記録があり、後者では1950年代時点では多産していた。標本も現存しているが1950年代 - 1960年代から50年以上発見例がないため絶滅したと考えられる。
- ^ 過去に神戸市徳井(現:神戸市灘区徳井)・神戸市多井畑(現:神戸市須磨区多井畑)・伊丹市昆陽池・淡路島の洲本市先山で記録されているほか、それらとは別に大阪市立自然史博物館の所蔵標本記録に「西宮市甲東園で記録された2個体が所蔵されていた」という報告があった[47]。市川憲平が1988年に発表した『兵庫陸生生物』第30巻(第5巻8号)「播州の池から虫が消えていく!」(1988年)でも「播磨地方のため池にて生息を確認した」と記載されているが[48]、近年は県下でまったく記録されておらず絶滅が危惧される[47]。また神戸市が発行した『神戸の希少な野生動植物 神戸版レッドデータブック2015』では「今見られない(絶滅種)」となっている[49]。
- ^ 環境省RDB「絶滅危惧I類」に相当。
- ^ 倉敷市内で古い記録があったほか、比較的最近では美作市内で複数の生息池があったが、同地から突然消失して以降は生息が確認されていない[51]。
- ^ 広島県が2012年9月に刊行した『レッドデータブックひろしま2011』においては「絶滅種」として記載されるとともに「広島県内では主に沿岸平野部のハス田に生息していたが1950年代に著しく個体数が減少し、1949年の記録を最後に確認されていない」と解説されている[52]。一方で『広島市江波町産昆虫目録』(藤村敏彦・1957年)においては「広島市江波町(現:広島市中区江波)においてマルコガタノゲンゴロウはコガタノゲンゴロウ(少ないながら生息確認)と比較すると多くの個体が観察できる」と記録されているほか、当時の同地においてはゲンゴロウ・タガメが「普通種」と記録されているが、その後は市内の環境が激変し絶滅している[53]。
- ^ 松江市で1955年に記録されたほか、2003年秋に県東部(石見地方)で採集された1頭のみが近年の確実な記録である[54]。その後県中部でも記録があるが確実なものではなく、絶滅が危惧される[54]。
- ^ 阿部光典は「四国でも記録があるが自分はその記録は知らない」と述べているほか[23]、森正人・北山昭の『図説 日本のゲンゴロウ』では「四国への生息」は言及されていない。
- ^ 1930年に「Fukuoka(Chikuzen)」で採集例が記録されて以来80年以上記録がなく、隣接県(山口・佐賀・熊本・大分)でも熊本県を除いて確実な生息確認がされていないため、絶滅したと考えられている[56]。
- ^ 過去に佐賀郡大和町(現:佐賀市)で記録されているが「情報不足」となっており、確実な生息確認はなされていない。
出典
参考文献
環境省などの発表
書籍ほか