ジャヤー・バッチャン (Jaya Bachchan 、ヒンディー語 :जया बच्चन、旧姓:バドゥリ Bhaduri、1948年 4月9日 - )は、インド の映画 女優、政治家 である。夫は俳優のアミターブ・バッチャン 。政治家としてはサマジワディ党 に属し、特に2004年から4期にわたってラージヤ・サバー (連邦議会 の上院)の議員を務めている。女優としては特に、主流の映画と「中庸」の映画の両方で、自然なスタイルの演技に力を入れてきたことで知られている[ 2] [ 3] 。キャリアの間に、3度の主演女優賞と3度の助演女優賞を含む9度のフィルムフェア賞 を受賞し、2007年にはフィルムフェア賞 生涯功労賞 (英語版 ) を受賞した。1992年、インド政府 からパドマ・シュリー勲章 を授与された[ 4] 。
キャリア
ジャヤーと夫のアミターブ・バッチャン 、息子のアビシェーク・バッチャン 、義理の娘のアイシュワリヤー・ラーイ・バッチャン
15歳のとき、サタジット・レイ 監督のベンガル語映画『Mahanagar』(1963年)で映画に初出演した。この作品でアニル・チャテルジー (英語版 ) 、マドビー・ムカルジー (英語版 ) と共演している。その後、13分の短編映画 『Suman』[ 5] とコメディ映画 『Dhanyee Meye』(1971年)という2本のベンガル語映画に出演した。後者ではウッタム・クマール (英語版 ) の義理の姉役を演じた。
レイとの仕事で得た経験に触発され、ジャヤーはプネー にあるインド映画テレビ研究所 (FTII)に入学し、ゴールドメダルを獲得して卒業した[ 7] 。リシケーシュ・ムカルジー は『Guddi』(1971年)で、映画スターのダルメンドラ に熱を上げる小柄なスクールガール、映画と同じ名前を持つ「Guddi」役としてジャヤーを抜擢した[ 8] 。この作品は成功を収め、ジャヤーに「隣の女の子(ガール・ネクスト・ドア)」としてのイメージを定着させた。その後もジャヤーはしばしばこのイメージと関連付けて語られる。『Jawani Diwani』(1972年)のような華やかな役や、『Anamika』(1973年)のような記憶喪失のヒロインという割合ネガティブな役を演じることもあったが、グルザール やバース・チャテルジー (英語版 ) 、リシケーシュ・ムカルジーといった「ミドルシネマ」の監督たちの作品において、中流階級 の感性を象徴するような役を好んで演じたことで最も知られている[ 9] 。例としては、『Uphaar』(1971年)、『Piya Ka Ghar』(1972年)、『Parichay』 (1972年)、『Koshish』(1972年)、『Bawarchi』(1972年)などである[ 10] 。これらの映画を通じて、ジャヤーはスターの座に上り詰めていく。
グルザールの『Koshish』(1972年)で、ジャヤーはサンジーヴ・クマール とともに障害者としての困難を乗り越える聴覚障害者 のカップルを演じた。彼女はこの映画が、後にソーシャルワーク に携わるきっかけとなる「学習体験」になったと述べている[ 11] 。
後に夫となるアミターブ・バッチャン とはじめて共演したのは『Bansi Birju』(1972年)である。続いて同年の『Ek Nazar』(B・R・イーシャラ (英語版 ) 監督)でも2人は共演した。サリーム=ジャーヴェード (英語版 ) が書いた『Zanjeer』(1973年)では、主役に起用されたアミターブが興行的な失敗続きで不遇の時期だったこともあり、ほとんどのヒロイン候補が彼と共演したがらなかった中、ジャヤーはこの仕事を受けた。同作は大ヒットし、アミターブ・バッチャンの「怒れる若者」としてのイメージを定着させることになる[ 12] 。この後2人がペアとして共演した『Abhimaan』(1973年)、『Chupke Chupke』(1975年)『Mili』(1975年)、『Sholay』(1975年)といった映画は、立て続けに大きなヒットを飛ばした。
夫のアミターブと(2002年)
ジャヤーとアミターブが『Sholay』の仕事をしているころに娘のシュエターが生まれた。この後ジャヤーは映画界から退き子育てに専念したが、例外的にヤシュ・チョプラーの『Silsila』(1981年)には出演し、再び夫と共演した。1980年代後半にはアミターブ主演の『Shahenshah』(1988年)でストーリー制作を務めた。
ナクサライト 運動を扱ったゴーヴィンド・ニハラニ の『Hazaar Chaurasi Ki Maa』(1998年)で18年ぶりに映画界に復帰したジャヤーは、2000年に『Fiza』でフィルムフェア賞の助演女優賞を受賞。家族をテーマにしたカラン・ジョーハル の『家族の四季 -愛すれど遠く離れて- Kabhi Khushi Kabhie Gham...』(2001年)では夫アミターブと夫婦として共演し、同監督の『たとえ明日が来なくても (英語版 ) Kal Ho Naa Ho』(2003年)ではプリーティ・ジンタ の母親ジェニファー・カプール役を演じた。この両作でもフィルムフェア賞助演女優賞を獲得した[ 13] 。また、『LaagaChunari Mein Daag』(2007年)と『Drona』(2008年)では、息子のアビシェーク・バッチャン と共演した。
2011年には、バングラデシュ映画『Meherjaan』に出演し、ヴィクター・バナルジー 、フマーユーン・ファリディ (英語版 ) と共演した。この映画は、1971年バングラデシュ大虐殺 (英語版 ) を背景としたバングラデシュ とパキスタン のラブストーリーを扱った作品である[ 14] 。
政治家としての経歴
ジャヤーは2004年 にサマジワディ党 から国会議員 としてはじめて選出され、2006年3月までラージヤ・サバー (連邦議会上院)でウッタル・プラデーシュ州 の代議士を務めた[ 15] [ 16] 。彼女はアミターブに政界進出を反対されたが、共通の友人であるアマル・シン の後押しを受けて出馬したという[ 17] 。2006年6月から2010年7月までの第2期に再選したが、2010年2月に任期を完了する意向を表明した[ 18] [要説明 ] 。2012年からの第3期、2018年からの第4期といずれもサマジワディ党としてラージヤ・サバ―で議員を務めた。さらに、2021年西ベンガル州議会選挙では全インド草の根会議派 として選挙運動を行った。
論争
2008年後半、『Drona』の音楽発表中のジャヤーの演説が、マハーラーシュトラ州 の政治家の一部から批判を受けた。同作の監督であるゴールディ・ビールが英語で紹介スピーチをしたことに反応して、彼女はヒンディー語 で "Hum UP ke log hain, isliye Hindi mein baat karenge, Maharashtra ke log maaf kijiye." (訳:「私たちはUP(ウッタル・プラデーシュ州)の人間ですので、ヒンディー語 で話します。マハーラーシュトラのみなさん、ご容赦くださいね」)と語った。 続いて、女優のプリヤンカー・チョプラー にもヒンディー語で話すよう促した[ 19] 。マハーラーシュトラ州の極右 政党、マハラシュトラ・ナヴニルマン・セーナー (MNS)党首のラージ・タークレー (英語版 ) は、声明の中でマハーラーシュトラのすべての人々に言及する必要はなかったとコメントし、州民の感情を傷つけたことを公の場で謝罪しなければ、バッチャンの映画をすべて禁止すると脅した。実際にMNSの党員たちは、夫のアミターブが主演する映画『最後のリア』を上映している劇場に攻撃を加え始めた。また、MNSと同じくマハーラーシュトラを基盤とする右派 政党シヴ・セーナー の国会議員であるサンジャイ・ラウトも「ムンバイで成功と幸運を手に入れた後に、我々がUP州出身だと言いたくなったのなら、それはとても残念なことだ」とジャヤーの発言を批判した。アミターブ・バッチャンは、妻に代わってこの発言を謝罪した[ 20] 。
私生活
ジャヤーは、ジャーナリスト で作家 、詩人 のタルーン・クマール・バドゥリとその妻インディラの娘として生まれた。 父はこの地域でのジャーナリスト/ライターとしての経験を綴った名著『Obhishopto Chambol』(『呪われたチャンバル』)を執筆した人物である。
1973年 6月3日 、ジャヤーはアミターブ・バッチャン と結婚した。夫婦には2人の子、シュエター・バッチャンと、俳優でもあるアビシェーク・バッチャン がいる。 シュエターは実業家でデリーのカプールファミリーの孫にあたるニキル・ナンダーと結婚し、2人の子、ナヴヤー・ナヴェリーとアガスティヤー・ナンダーがいる[ 21] 。一方、アビシェーク・バッチャンは女優のアイシュワリヤー・ラーイ と結婚し、娘のアーラーディヤ・バッチャンがいる[ 22] 。
受賞歴
民間人賞
フィルムフェア賞
受賞
1972年 – 特別賞 –『Uphaar』
1974年 – 主演女優賞 –『Abhimaan』(『ボビー 』のディンパル・カパーディヤー との同時受賞)
1975年 – 主演女優賞 –『Kora Kagaz』
1980年 – 主演女優賞 –『Nauker』
1998年 – 特別賞 –『Hazaar Chaurasi Ki Maa』
2001年 – 助演女優賞 –『Fiza』
2002年 – 助演女優賞 – 『家族の四季 -愛すれど遠く離れて- Kabhi Khushi Kabhie Gham...』
2004年 – 助演女優賞 – 『たとえ明日が来なくても Kal Ho Naa Ho』
2007年 – 生涯功労賞 (英語版 )
ノミネート
1972年 – 主演女優賞 –『Guddi』
1972年 – 主演女優賞 –『Uphaar』
1974年 – 主演女優賞 –『Koshish』
1976年 – 主演女優賞 –『Mili』
1982年 – 主演女優賞 –『Silsila』
国際インド映画アカデミー賞
受賞
2001年 – 助演女優賞 –『Fiza』
2002年 – 助演女優賞 – 『家族の四季 -愛すれど遠く離れて- Kabhi Khushi Kabhie Gham...』
2004年 – 助演女優賞 – 『たとえ明日が来なくても Kal Ho Naa Ho』
その他の映画賞
受賞
1972年 – ベンガル映画ジャーナリスト協会賞 – 特別賞(ヒンディー映画)–『Guddi』[ 23]
1999年 – アナンダローク賞 – 特別編集者賞
2001年 – ベンガル映画ジャーナリスト協会賞 – 助演女優賞 –『Fiza』[ 24]
2001年 – ジー・シネ・アワード - 最優秀助演女優賞 –『Fiza』
2002年 – Sansui Viewers Choice Awards – 助演女優賞–『家族の四季 -愛すれど遠く離れて- Kabhi Khushi Kabhie Gham...』[ 25]
栄誉と表彰
1994年 – ヤシュ・バーラティ・アワード (英語版 ) (ウッタル・プラデーシュ州 政府によるウッタルプラデーシュ州の最高民間人賞)[ 26]
1998年 – オメガ・アワード・フォー・エクセレンス – 生涯功労賞
2000年 – 「映画への貢献」に対するムンバイ動画アカデミー賞[ 27]
2004年 – Sansui Awards - 生涯功労賞[ 28]
2010年 – 第3回ロンドン・アジア・フィルム・フェスティバル(Tongues On Fire) - 生涯功労賞[ 29] [ 30]
2012年 – ジャイプール 国際映画祭(JIFF) - 生涯功労賞[ 31]
2013年 – インドの劇場・映画への貢献に対するMaster Deenanath Mangeshkar (Vishesh Puraskar) Award[ 32] [ 33]
2017年 – 最優秀国会議員賞
フィルモグラフィ
公開年
タイトル
共演者
備考
1963
Mahanagar
-
ベンガル語映画
1971
Guddi
サミット・バーニャ
Dhanyee Meye
-
ベンガル語映画
Uphaar
スワラップ・ダッタ
フィルムフェア特別賞
Janani
不明
ベンガル語映画
1972
Jawani Diwani
ランディール・カプール
Bawarchi
ラジェシュ・カーンナ
Parichay
ジーテーンドラ
Bansi Birju
アミターブ・バッチャン
Piya Ka Ghar
アニル・ダワン
Annadata
アニル・ダワン
Ek Nazar
アミターブ・バッチャン
Samadhi
ダルメンドラ
Koshish
サンジーヴ・クマール
Shor
マノージ・クマール
Jai Jawan Jai Makan
不明
1973
Gaai Aur Gori
シャトルガン・シンハ
Anamika
サンジーヴ・クマール
Phagun
ヴィジャイ・アローラ
Zanjeer
アミターブ・バッチャン
Abhimaan
アミターブ・バッチャン
フィルムフェア主演女優賞
1974
Aahat - Ek Ajib Kahani
ヴィノード・メーラ
諸事情により公開は2010年
Dil Diwana
ランディール・カプール
Kora Kagaz
ヴィジャイ・アナンド
フィルムフェア主演女優賞
Naya Din Nai Raat
サンジーヴ・クマール
Doosri Sita
ロメシュ・シャルマ
1975
Mili
アミターブ・バッチャン
Chupke Chupke
アミターブ・バッチャン
Sholay
アミターブ・バッチャン
1977
Abhi To Jee Lein
ダニー
未公開
1978
Ek Baap Chhe Bete
ゲスト
1979
Nauker
サンジーヴ・クマール
フィルムフェア主演女優賞
1981
Silsila
アミターブ・バッチャン 、シャシ・カプール
1995
Akka
アミターブ・バッチャン
マラーティー語映画
1998
Hazaar Chaurasi Ki Maa
アヌパム・カー
フィルムフェア特別賞
2000
Fiza
-
フィルムフェア助演女優賞
2001
家族の四季 -愛すれど遠く離れて-
Kabhi Khushi Kabhie Gham...
アミターブ・バッチャン
フィルムフェア助演女優賞
2002
Koi Mere Dil Se Poochhe
-
Desh
-
ベンガル語映画
2003
たとえ明日が来なくても
Kal Ho Naa Ho
-
フィルムフェア助演女優賞
2007
Laaga Chunari Mein Daag
アヌパム・カー
2008
Lovesongs:Yesterday, Today & Tomorrow
-
Drona
-
2010
Aap Ke Liye Hum
なし
2011
Meherjaan
フマーユーン・ファリディ
ベンガル語/バングラデシュ映画
2013
Sunglass
ナシーラディン・シャー
ベンガル語/ヒンディー語映画
2016
キ&カ ~彼女と彼~
Ki & Ka
アミターブ・バッチャン
脚注
^ “Mumbai – Bombay Tourism, Places, Events " Photos of Aaradhya & Amitabh Bachchan's Three Houses in Mumbai ”. 2012年5月3日時点のオリジナル よりアーカイブ。2021年6月19日閲覧。
^ Gulzar, p. 457
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^ “Padma Awards ”. Ministry of Home Affairs, Government of India (2015年). 2014年11月15日時点のオリジナル よりアーカイブ。2015年7月21日閲覧。
^ “Excerpt: When Jaya Bhaduri Won Over Acting Guru Roshan Taneja” (英語). TheQuint . (2017年11月10日). https://www.thequint.com/entertainment/celebrities/book-excerpt-roshan-taneja-memoir-moments-of-truth-my-life-with-acting 2020年11月16日閲覧。
^ Gulzar, p. 526
^ Banerjee, p. 93
^ Gulzar, p. 91
^ Gulzar, p. 396
^ Maheshwari, Belu (1998年8月23日). “I will not allow anyone to dictate terms to me” . The Tribune . http://www.tribuneindia.com/1998/98aug23/sunday/head.htm 2011年9月19日閲覧。
^ “Another time, another wedding” . The Telegraph . (2007年4月22日). http://www.telegraphindia.com/1070422/asp/7days/story_7680318.asp
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^ “Reason behind end of friendship between Amar Singh and Amitabh Bachchan ”. Zeenews (2020年8月2日). 2022年1月19日閲覧。
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^ “Lata Mangeshkar to present Deenanath Mangeshkar Award to Jaya Bachchan” (英語). Hindustan Times . (2013年4月9日). https://www.hindustantimes.com/bollywood/lata-mangeshkar-to-present-deenanath-mangeshkar-award-to-jaya-bachchan/story-acv3cxQ1ih29pYDjjDD1AM.html 2021年1月31日閲覧。
参考文献
関連項目
外部リンク
1954-1975年 1976-2000年 2001-2025年