Plan 9 from Bell Labs
Plan 9 from Bell Labs(通称 Plan 9)は、主に研究用に使われている分散オペレーティングシステム。ベル研究所の Computing Sciences Research Center で1980年代中ごろから2002年まで、UNIXの研究上の後継として開発された。Plan 9 は、ネットワークやユーザインタフェースまで含めたあらゆるシステムインタフェースを、個別のインタフェースではなくファイルシステムを通して統一的に表現することを特徴とする。Plan 9 は9Pプロトコルを使い、ユーザーにワークステーション毎に独立した作業環境を提供することを目指している。 Plan 9 は、UNIXの流れを汲むオペレーティングシステム (OS) の一種であり、開発に当たってUNIXの設計の問題点を改善することを念頭に置かれている[10]。 名称の由来Plan 9の"9"には、UNIX version 8の次の版という意味もあると言われている(UNIX version 9と10も作られているが)。 また、フルネームをPlan9 from Bell Labsだとしているが、これはエド・ウッドの史上最低の映画と評されたSF映画 Plan 9 from Outer Space から来ている[11]。また、プロジェクトのマスコットキャラクターGlendaの名も、同じくエド・ウッド作品グレンとグレンダにちなむ。初期の(つまり間に合わせの)ウインドウシステムの8½は(9に足りてない、という意味もあるが)フェデリコ・フェリーニの名画「8 1/2」に掛けており、ハッカー流ジョークの側面でもUNIXの後継であることをうかがわせる。 歴史Plan 9はベル研究所内の主な研究用プラットフォームとしてUNIXを代替し、システムの使用とプログラミングについての本来のUNIXのモデル、特に分散マルチユーザー環境にいくつかの変更を加えることの研究対象ともなった。1980年代中ごろに始まった当初、Plan 9はベル研究所内部のプロジェクトだった。 Plan 9はベル研究所の Computing Science Research Center のメンバーが開発した。そのグループはUNIXやC言語を開発したグループと同一である。当初チームはロブ・パイクやケン・トンプソンらが率い、Computing Techniques Research Department のリーダーとしてデニス・リッチーが支援した。開発には、ブライアン・カーニハン、ビャーネ・ストロヴストルップらも貢献している[12]。 1992年、大学向けに初めてリリースした。1995年、一般向けの商用OSとしてリリースした。1990年代末、ベル研究所を引き継いだルーセント・テクノロジーは、このプロジェクトの商業化を断念。2000年、オープンソースライセンスで非商用リリースを行った。2002年、新たに自由ソフトウェアライセンスで非商用リリースを行った。 ベル研究所の研究員やマサチューセッツ工科大学などの Plan 9ユーザーコミュニティが、ISOイメージの形で頻繁なマイナーリリースを継続している[13]。その開発はいまだにベル研究所がホスティングしている。開発ソースツリーは9PプロトコルかHTTPプロトコルでアクセスでき、インストールしたものを最新に保つのに使われている[14]。OS本体をISOイメージとしている以外に、アプリケーションやツールのリポジトリもベル研究所がホスティングしている。 概要UNIXとの違いUNIXの問題点とは、1つのコンピュータを多くの利用者が共有することを前提に作られており、多くのコンピュータを多くの利用者が共有することは考えられていないことである。その結果、利用者が特定のコンピュータを占有することになり、それらのコンピュータは雑然と管理運営されることになる。 UNIXの当初の環境では、どの端末からコンピュータを使っても同じ環境を再現できた。Plan 9では、それをネットワーク上に繋がった分散処理環境上で実現する。 また、UNIXの開発がローカルなファイルシステムをどう表現するかということをテーマとして始まったのに対して、Plan 9は、ローカルであれリモートであれ、リソースというものにどうアクセスするかということを課題とする研究として始まった。 したがって、UNIXの設計当初になかったネットワークの利用を前提とし、端末、CPUサーバ、ファイルサーバ、認証サーバを分けることでセキュリティの向上を狙う。また、ファイルサーバは毎日のスナップショットを保存し、ユーザーレベルでのバックアップ作業をほぼ不要なものとした。 当初はMOジュークボックスなどの利用を考えており、ハードディスクはMOジュークボックスのキャッシュという考え方だった。最近ではハードディスクの大容量化と低廉化が進んでいるため、MOジュークボックスの代わりにハードディスクを使えるようになりつつある。 全てのリソースはファイルであるUNIX以前、多くのオペレーティングシステムはそれぞれのデバイスにアクセスするのに、それぞれ異なる機構を用意していた。例えば、ディスクドライブにアクセスするAPIは、シリアルポートでデータ送受信をするためのAPIとは全く異なるし、プリンターにデータを送信するAPIとも全く異なっていた。 UNIXはそのような差異をなくそうとし、全ての入出力をファイル操作でモデル化しようとした。そのため、全デバイスドライバが制御手段として read および write 操作に対応する必要に迫られた。こうすることで、mvやcpなどのユーティリティで、実装の詳細を気にすることなくデバイスからデバイスにデータを転送することができるようになった。しかし、UNIXでは多くの重要な概念(例えば、プロセス状態の制御など)はファイルにきれいにマッピングされなかった。ソケットや X Window System といった新たな機能が追加されたとき、それらはファイルシステムの外に存在するようになった。新たなハードウェア機能(ソフトウェアがCDのイジェクトを制御するなど)も、ioctlシステムコールなどのハードウェア固有制御機構を使うようになった。 Plan 9研究プロジェクトは、ファイル中心の見方への回帰を目標とし、それ以外の手法を排除した(その一部は、外のUnixへ与えた影響が限定的であった、ベル研版UNIXのバージョン8, 9, 10から引き継がれたものである)。Plan 9のプログラムから見れば、ネットワークやユーザインタフェースのリソース(ウィンドウなど)も含めたあらゆるリソースが階層型ファイルシステムの一部となっており、それ以外の特別なインタフェースは使わない[13]。 分散アーキテクチャPlan 9は単一のマシンにインストールして、自立したシステムとして使うこともできる。しかし、OSの個々の機能コンポーネントをそれぞれ別のハードウェアプラットフォームに配置することもできる。模範的な配置では、RioというGUIを動作させた軽量な端末をユーザーが使い、ネットワーク経由でCPUサーバに接続して、そちらで計算量の多いプロセスを実行し、さらに別のマシンに用意した永続的データストレージをファイルサーバとして使う。最近のデスクトップコンピュータでは、複数の仮想機械を動作させて、この環境を1台のマシン上に再現することができる。 設計Plan 9設計者はマイクロカーネルと似たような目標を掲げていたが、実際のアーキテクチャや実現方法は異なる。Plan 9の設計目標は次の項目を含む。
ファイルシステム、ファイル、名前Plan 9では、ファイルも画面[要曖昧さ回避]もユーザーもコンピュータも、それぞれに固有のパス名が対応している。それらは全て既存のUNIXの手法で操作されるが、それに加えて任意のオブジェクトにパス名としての名前をつけることができる(World Wide WebのURIシステムに似ている)。UNIXでは、例えばプリンターなどの機器は また Plan 9では、実世界では同一のオブジェクトにユーザーごとに異なる名前を付けることができる。各ユーザーは各種オブジェクトを自分の名前空間に集め、個人的環境を生成できる。UNIXでは類似の概念として、別のユーザーからコピーされることでユーザーが特権を得るというコンセプトがあるが、Plan 9 ではそれを全てのオブジェクトに拡張している。ユーザーは容易に自分自身の「クローン」を生成することができ、それに変更を加え、それらが作成されたリソースに影響を与えることなく削除できる。 Union ディレクトリUNIXでは、「リンク」やファイルシステムの「マウント」といった考え方で各種リソース群からファイルシステムを構築できる。それらを利用すると、元々のディレクトリは見えなくなる。例えば、"net" というディレクトリに新たなファイルシステムをマウントすると、元々の "net" ディレクトリ配下の内容にはアクセスできなくなる。 Plan 9は「unionディレクトリ」という考え方を導入した。これは、異なる媒体やネットワークにまたがるリソース群をまとめたディレクトリであり、他のディレクトリと透過的に連結することができる。例えば、他のコンピュータの LinuxディストリビューションのLive CDの多くは、この機能の限定版である union mount という機能を実装しているものが増えている。 /proc
他のマシンの /netPlan 9は多数の通信プロトコルやデバイスドライバのインタフェースとしてのシステムコールを持たない。例えば、
このような機構は、異なるシステム上で異なる言語で書かれたファイルシステムや「オブジェクト」を容易に連結でき、プログラマからはファイルシステムの名前付けやアクセス制御やセキュリティの大部分が透過的となる。 類似の機構として4.4BSDの portal[15]がある。UDPは実装されていない、(慣習であって本質的な違いではないが)マウントポイントが ネットワークと分散コンピューティングPlan 9はUNIXをベースとしているが、通信を中核機能としたシステムを構築できることを示すために開発された。全てのシステムリソースには名前があり、ファイルのようにアクセスでき、動作中の各プログラムに対応して動的に分散システムのビューを定義できる。この手法は、ユーザーやアプリケーションに提示するデータを保持するサーバ群を通常ファイルの集まりのように見せることで、アプリケーション設計の汎用性とモジュール性を改善する。 Plan 9のネットワーク透過性サポートの鍵となる部分は、9Pというプロトコルである。9Pプロトコルとその実装は、名前付きのネットワークオブジェクト同士を結びつけ、ファイルのようなシステムインタフェースとして提示する。9Pは高速なバイト指向分散ファイルシステムであり(ブロック指向ではない)、リモートマシン上のNFSサーバが提示するオブジェクトだけでなく、任意のオブジェクトを仮想化できる。このプロトコルはプロセスやプログラムやデータと通信するのに使われ、ユーザインタフェースとネットワークの両方を含んでいる。第4版では 9P2000 に改称された。 UnicodePlan 9の内部コードはUTF-8となっている。このため、多言語の問題は基本的には発生しない。また、そもそもUTF-8自体、Plan 9の研究の過程でケン・トンプソンが考案したもので、1992年に全コードがUTF-8対応になった[16]。なお、Plan 9 がサポートしているのは、Unicodeの基本多言語面だけである。 実装![]() インストール可能な実行環境がx86向けに用意されている。また、MIPS、DEC Alpha、SPARC、PowerPC、ARMなどのアーキテクチャにも移植されている。システムは ISO/ANSI C の方言の一種で書かれている。いくつかのアプリケーションはAlefという独自の言語で元々は書かれていたが、後でシステムと同じC言語の方言で書き直されたものもある。POSIX対応アプリケーションを移植可能であり、ソケットは ANSI/POSIX Environment APE 経由でエミュレートできる。最近では、Plan 9上でLinux用バイナリを実行できる linuxemu というアプリケーションも開発中である。 IBMのスーパーコンピュータ Blue Gene にも移植されている[17]。 影響Plan 9はUNIXの中核的概念——すなわち全てのシステムインタフェースをファイル群で表現するということ——が現代的分散システムとして実装でき、機能することを示した。Plan 9 の一部機能、例えばUTF-8は他のオペレーティングシステムにも実装された。LinuxなどのUnix系オペレーティングシステムは9P、Plan 9 のファイルシステムやシステムコール体系も部分的に実装した。また、Plan 9 のアプリケーションやツールを集めた Plan 9 from User Space はUnix系システムに移植され、ある程度の人気を得ている。Glendix は、Linuxカーネルの周囲のGNUのシステムプログラムを Plan 9 内のプログラムで置き換えようとするプロジェクト(あるいは、逆に Plan 9 のカーネルを Linux に置き換えるプロジェクト)である。 しかし、Plan 9はUNIXほどの人気を得ることはなく、研究用ツールという位置づけに終始した。Plan 9に対しては、「オペレーティングシステム研究での興味深い論文を生成するためのデバイスとして主に機能している」という批判もある[18]。エリック・レイモンドは著書 The Art of Unix Programming で、Plan 9が広まらない背景について、次のように考察している。
Plan 9の支持者や開発者は、採用を妨げていた問題は既に解決され、当初の目標としていた分散システム、開発環境、研究用プラットフォームには十分な完成度であり、今後徐々に広まっていくだろうと主張している。Infernoは仮想機械上で動作するため、混在グリッド環境の一部として Plan 9 の技術をもたらす原動力になるとしている[19][20][21][22]。 ライセンスGNUプロジェクトはPlan 9のライセンス[23]を自由ソフトウェアライセンスだとは認めていなかったが、2003年6月にそのライセンスに変更が加えられ、GPLとは整合性を持たないながらも、自由ソフトウェアと認められるようになった[24]。OSIもオープンソースライセンスと認めており、Debianフリーソフトウェアガイドラインには合格している。全ソースコードがそのライセンスでフリーで入手可能である。 脚注・出典
関連項目
外部リンクベル研究所
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