MDPIは「化学的試料の保存」を目的とした組織MDPI(Molecular Diversity Preservation International、以下MDPI Verein)[8]を前身とする[1]。MDPI Vereinは、研究者に向けた研究用試料の保管とその多様性の保全を目的として、1996年にShu-Kun LinとBenoit R. Turinによってバーゼルにて設立された。また、同年Springer Verlag(現シュプリンガー・サイエンス・アンド・ビジネス・メディア)と共同で、化学分野における電子ジャーナルの先駆けである雑誌Molecules[9]を創刊した。その後、MDPI VereinはEntropy(1999年)[10]、International Journal of Molecular Sciences(2000年)[11]、Sensors(2001年)[12]、Marine Drugs(2003年)[13]、International Journal of Environmental Research and Public Health(2004年)[14]等のオープンアクセスジャーナルを次々と創刊した。2008年、MDPI Vereinはオープンアクセスポリシーを明確にし、クリエイティブ・コモンズのCC BYライセンスをMDPIが出版する全ての論文に適用することとし、過去に出版された全ての論文に対しても遡って適用した[15]。また、同年海外編集拠点として中国北京に編集部を設置した。
MDPIでは、査読に協力した研究者に論文掲載料の割引券(Voucher)を配布している[34]。また、研究機関や大学向けに、所属する研究者の論文掲載料が割引される無料の登録プログラムInstitutional Open Access Progaram(IOAP)を2013年から実施しており、2020年までに全世界で700以上の研究機関や大学が加入している[35]。
2011年4月、MDPIの雑誌Nutrients(英語版)に、Jennie Brand-Miller(英語版)らによる論文『The Australian Paradox: A Substantial Decline in Sugars Intake over the Same Timeframe that Overweight and Obesity Have Increased』(オーストラリアのパラドックス:太りすぎと肥満の増加と同時に糖質摂取量が大幅に減少)が発表された[42]。本論文には多くの批判が寄せられたが、使用された数式の誤りと用いたデータの偏りが指摘され、2014年4月に著者のJennie Brand-Millerから該当論文のCorrectionが発表された[43]。詳細はオーストラリアン・パラドックス(英語版)を参照されたい。なお、『The Australian Paradox』の論文の議論をきっかけにオープンアクセス学術出版社協会(OASPA)はMDPIの出版体制への調査を行った。2014年、オープンアクセス学術出版社協会はMDPIは引き続きOASPAメンバーシップの基準を満たしていると結論づけた[44]
2011年12月、MDPIの雑誌Life(英語版)に、Erik D. Andrulisの論文『Theory of the Origin, Evolution, and Nature of Life』(生命の起源、進化、および性質の理論)が掲載された[45]。この論文では生命の起源やホモキラリティを説明する理論に関する研究が発表された。この論文は一般向けの科学技術雑誌アーズ・テクニカとポピュラーサイエンスに注目され、「まともじゃない」[46]「滑稽な理論」[47]論文として紹介された。Life誌の編集委員会の委員1名はそれに応じて辞任した[47]。MDPIのShu-Kun LinはLife誌の査読過程について説明し、該当論文は著者と利益相反のない中立な外部の研究者2名によって査読された論文であったこと、査読者の選定はChemical Abstracts、PubMed、Web of Scienceなどのインデックスをもとに行ったことを述べた[48]。
2013年4月、MDPIの雑誌Entropy(英語版)に、モンサント系の除草剤に含まれるグリホサートが胃腸障害、肥満、糖尿病、心臓病、抑うつ、アルツハイマー病、がん、不妊の主要な要因となる可能性を示唆する総説がステファニー・セネフ(英語版)により発表された[49]。この論文は総説記事であり、それ自体は一次研究結果を含んでいなかった[49]。この論文は一般向け科学雑誌ディスカバーによって疑似科学として批判された[50]。この論文に関して、ジェフリー・ビールは「When publishers like MDPI disseminate research by science activists like Stephanie Seneff and her co-authors, I think it’s fair to question the credibility of all the research that MDPI publishes. Will MDPI publish anything for money?
(MDPIのような出版社が、Stephanie Seneffや彼女の共著者のような科学活動家の研究を広めるとき、MDPIが出版する他の全ての研究の信憑性を疑うのは妥当だと思います。MDPIはお金のためなら何でも出版するのか?)」と疑問を投げかけた[51]。
2021年6月、MDPIの雑誌Vaccines(英語版)に、COVID-19のワクチン接種へ有益性の欠如を主張する論文が掲載された[52]。この論文は、参考にしたデータの誤った解釈や誤用が指摘され、その結論に激しく批判が集まった[53]。Vaccinesの編集委員のひとりであったKatie Ewer(英語版)は、論文の掲載を「極めて無責任」と批判し、抗議として編集委員を辞任した[53]。その後、他4名の編集委員も抗議を表明し辞任した。Vaccines編集部はこの批判を受け、一度「expresssion of concern(懸念の表明)」を発表し[54]、その後論文を撤回した[55][56]。
と主張した[73]。この批判に対してMDPIは同じFrontiers in Behavioral Neuroscience誌上で、20年に渡り1つのジャーナルも閉鎖していないこと、Languagesは当時立ち上げ直後で編集委員を募集している段階(投稿論文は受け付けていない)状況であったことなどを述べ、反論した[74]。
^ abSamsel, Anthony; Stephanie Seneff. “Glyphosate's Suppression of Cytochrome P450 Enzymes and Amino Acid Biosynthesis by the Gut Microbiome: Pathways to Modern Diseases”. Entropy. doi:10.3390/e15041416.
^Office, Vaccines Editorial (2021). “Expression of Concern: Walach et al. The Safety of COVID-19 Vaccinations—We Should Rethink the Policy. Vaccines 2021, 9, 693”. Vaccines9 (7): 705. doi:10.3390/vaccines9070705.
^Vaccines Editorial Office (2021). “Retraction: Walach et al. The Safety of COVID-19 Vaccinations—We Should Rethink the Policy”. Vaccines9 (7): 729. doi:10.3390/vaccines9070729.
^Haspelmath M (2013). “Why open-access publication should be nonprofit?a view from the field of theoretical language science”. Front. Behav. Neurosci.7: 57. doi:10.3389/fnbeh.2013.00057.
^Rittman M (2015). “Commentary: Why open-access publication should be nonprofit?a view from the field of theoretical language science”. Front. Behav. Neurosci.9: 201. doi:10.3389/fnbeh.2015.00201.
^Vrieze, Jop (2018). “Open-access journal editors resign after alleged pressure to publish mediocre papers”. Science. doi:10.1126/science.aav3129.