高知県交通株式会社(こうちけんこうつう)は、かつて高知県高知市に本社を置いていたバス事業者。2014年10月1日付で土佐電気鉄道・土佐電ドリームサービスとともにとさでん交通株式会社へ事業統合した。2018年6月13日、特別清算を終結し法人格が消滅した。
概要
かつては四国地方最大のバス事業者であり、牟岐(徳島県)から足摺岬・宿毛・大月町柏島まで、東西300km近くに及ぶ広大な路線網を擁していた。1990年代から進められた地域分社化により営業エリアは縮小されたが、とさでん交通へ統合されるまで、高知市と檮原町を直結する長大路線を持っていた。
1987年、四国のバス事業者としては初めて高速バス事業に進出した。当初は県庁前と田井を短絡する県内路線のみであったが、1990年8月に阪急バス・土佐電気鉄道との共同運行で大阪線に進出して以来、長距離都市間路線を次々に開拓し、東京から福岡に至る大規模なネットワークを持つに至った。
また貸切バス事業においても、古くから高い県内シェアを占めていた。
2009年1月25日には、土佐電気鉄道との共同で(両社の分離子会社の一部を含む)、電車・バス共通の交通系ICカード「ですか」を導入した[注釈 1]。
沿革
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 高知県の指令により野村産業株式会社のバス部門が独立し、これに同調する数社が統合し「高知県交通株式会社」を高知市堺町36番地に設立。
- 1947年(昭和22年)4月8日 - 本店を高知市種崎町35番地に移転。
- 1957年(昭和32年)9月20日 - 桂浜有料道路を開通。
- 1960年(昭和35年)7月30日 - 本店を高知市堺町33番地に移転。
- 1962年(昭和37年)11月29日 - 土佐市波介川橋でバスが川に転落。乗客ら死者4人、重軽傷者34人の事故[2]。
- 1969年(昭和44年)9月6日 - 経営不振により自社ビルを売却。本店を高知市一宮70番地の高知営業所内に移転。
- 1970年(昭和45年)12月25日 - 桂浜有料道路を高知県に300万円で譲渡。
- 1971年(昭和46年)3月23日 - 高知地方裁判所にバス会社として初めて会社更生法の適用を申請し経営破綻。このニュースは当時業界や行政に衝撃を与えた。
- 1974年(昭和49年)9月3日 - 会社更生法の適用を廃止。自主再建に乗り出す。
- 1979年(昭和54年)8月1日 - 中村営業所を中村市大橋通から同市右山の旧高知県立西南病院跡地に移転[3]。
- 1980年(昭和55年)4月7日 - トーメン団地線開業[4]。
- 1987年(昭和62年)10月8日 - 田井線に高速道路経由の系統を新設、同時に高知自動車道開通記念乗車券を発売[5]。
- 2001年(平成13年)2月 - 土佐電気鉄道(のち土佐電ドリームサービスへ移管)との共同運行で、高知市中心市街地巡回バス「よさこいぐるりんバス」を運賃100円で運行開始[6]。専用車両として小型ノンステップバスを採用し、高知県交通は日野・レインボーHR(7m車)、土佐電気鉄道は日野・ポンチョ(初代)を採用。両社とも専用塗装で導入したがレインボーHRは塗装が異なっていた。
- 2005年(平成17年)- 土佐電ドリームサービスが「よさこいぐるりんバス」から撤退、高知県交通の単独運行となる[6]。
- 2011年(平成23年)9月30日 - 利用低迷による赤字のため、同日をもって「よさこいぐるりんバス」を運行休止[6]。
- 2014年(平成26年)
- 6月3日 - 土佐電気鉄道・土佐電ドリームサービスと同年10月1日までに統合し新事業会社を設立した後、特別清算・解散することで合意。
- 8月13日 - 新事業会社の社名を「とさでん交通株式会社」に決定。
- 10月1日 - 土佐電気鉄道・土佐電ドリームサービスと経営統合しとさでん交通が発足。
- 11月1日 - 存続期間満了に伴い解散。清算会社となる。
- 2015年(平成27年)3月11日 - 高知地方裁判所の命令により、特別清算開始。
- 2017年(平成29年)2月3日 - 本社・高知営業所跡地をマルナカに売却。
- 2018年(平成30年)6月13日 - 高知地方裁判所民事部により、特別清算終結決定が確定し会社は消滅。
バス事業の概要
以下に記すバス事業についての内容はとさでん交通への移管直前の2014年9月30日時点のものである。
営業所など
所在地の「高知県」は省略した。
- 本社 高知市一宮南町1-15-18
- 営業所
- 高知営業所 本社所在地と同じ
- 高岡営業所 土佐市高岡町乙739-1
- 出張所
- 長浜出張所 高知市長浜783-2
- 桂浜出張所 高知市浦戸5
- 宇佐出張所 須崎市浦ノ内灰方4-14
- 須崎出張所 須崎市新町2-4-10
- 東京出張所 東京都中央区京橋二丁目5-21
- サービスセンター・案内所
- はりまや橋サービスセンター 高知市はりまや町1-5-1デンテツターミナルビル2階(本町営業所が移転・改称)
- 高知駅バスターミナル 高知市北本町1丁目162-2
車両
車両の仕様として過去には万々循環線専用に整理券器、運賃表示器を装備しない単区間仕様があったが、万々循環線がみづき循環線として経路変更となった際に全車が整理券器、運賃表示器を装備することになった。経由幕表示窓も基本は中扉の後ろ側だが、車両により前扉の後ろや中扉の前側・上側にあるものも存在した。扉仕様も現在は前・中扉仕様だが、過去には前のみや前・後扉仕様もあった。路線車は現在では系統別で使い分けている。
- 車体側面に配された土佐犬のエンブレムは県外でも広く知られている。この「闘犬」のエンブレムは1983年(昭和58年)に採用された。1977年(昭和52年)には日本で初めての国産スケルトン観光バス(日野・RS120P型)を導入し、業界内外の注目を集めた。2005年(平成17年)には日野自動車の新型セレガスーパーハイデッカー夜行高速仕様の市販第1号が納車されている。
- 2007年(平成19年)、国内最古参級の日産ディーゼル製の路線車である744号車(型式K-U31K・富士重工3Eボデー架装)について、機関の調子や冷房の効き具合が良く、今後も十分使用できることから、定期路線での使用を前提に動態保存することを決定したが、2009年(平成21年)に廃車となり解体された。この車両は1981年(昭和56年)式で、お化け方向幕と呼ばれるかまぼこ型の方向幕が飛び出した作りになっていた。
移管時点で運行していた高速バス路線
しまんとライナーを除く全便土佐電気鉄道との共同運行、その他の路線毎の共同運行会社は(括弧内)に記す。停留所や運行に関する詳細は各記事を参照すること。
予約・発券業務のみ
高知県交通時代に廃止された都市間バス路線
運賃
土佐市ドラゴンバスは全線300円(小児100円)で、その他の一般路線は高知市内均一区間を除いて初乗り最低運賃は140円(小児70円)の対キロ制で高知市内均一区間内は200円(小児100円)である。
高知市内均一区間
はりまや橋を中心に旭駅、旭駅前通、奥福井、みづき坂中央、石立十字路、南河の瀬、杉井流東、比島橋、金田橋、桟橋通五丁目、高知港、西孕住宅前、北六泉寺、潮江南小通の各相互間。ただし、万々公民館通 - みづき坂中央間のみは140円(小児70円)である。
グループ会社
- バス事業
- その他
- 県交商事 塵芥車の販売
- 高知県交通トラベル 各種旅行企画、航空券取り扱い
- 県交ハイヤー 高知市五台山に本社を置き、同市を中心にタクシー事業を展開
- あしずりハイヤー 土佐清水市に本社を置き、同市を中心にタクシー事業を展開
脚注
注釈
- ^ これに伴い、車内放送で運賃区界停留所の場合「運賃区界です」と運賃区界停留所を過ぎた場合「運賃表が変わりました」の放送を追加した。
出典
- ^ 高知地方法務局備付高知県交通株式会社閉鎖登記簿
- ^ 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年9月27日、165頁。ISBN 9784816922749。
- ^ 「きょうから新事務所で営業 県交通中村営業所」高知新聞、1979年8月1日付
- ^ 「トーメン団地(高知市一宮)にバス路線 悲願3年 住民大喜び 船岡団地間に1日7往復」高知新聞6面、1980年4月7日付
- ^ 「四国初 高速道バス 県交通、記念乗車券も発売 高知-田井 1往復 16分短縮」高知新聞16面、 1987年10月7日付
- ^ a b c 高知市の100円バス、9月末で運行休止 日本経済新聞電子版、2011年9月1日付、2024年6月22日閲覧。
関連項目
- 野村茂久馬 - 高知県交通前身の野村組自動車部を創業
外部リンク
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