大名 「八幡大名。冠者ゐるか」
冠者 「これにつめてござる」
大名 「今日は遊山に出う。供をせい」
冠者 「よい日和にて面白いな」
猿引 「これはこの辺に住む猿引でござる。町へ猿を引いて出まっせう」
大名 「冠者、よい猿の」
冠者 「見事な猿を引いてまゐる」
大名 「やいやい、その猿はどこへつれてゆくぞ」
猿引 「某は猿引でござる。町へ猿まはしに参りまする」
大名 「猿引ぢゃ。冠者、この靱にかけう。これこれ猿引、無心言ひたいが聴かうか」
猿引 「何なりとも承りませう」
大名 「過分におぢゃる。お礼申さう」
猿引 「迷惑な[* 1]」
大名 「その猿の皮を貸せ。この靱にかけう」
猿引 「ざれごと御意なされまする」
大名 「いやいや、真実ぢゃ」
猿引 「生きてゐる猿の皮がからるるものでござるか。冠者殿頼みまする」
大名 「四五年過ぎて返さう」
猿引 「猿引づれと思うて、我侭をおしゃる。ならぬ」
大名 「やいやい、名字をもくびにかけた者が、礼まで言うた。貸さずは、猿もおのれも射殺(いころ)してやらう」
猿引 「まづ冠者殿。とりさへて下され。猿を進上致しませいでは」
大名 「はやう皮をおこせい」
猿引 「私が打って、皮に傷のないやうにして、進上仕らう」
大名 「早うゝゝ」
猿引 「猿よ、よう聞け。ちひさい時から飼うて、今殺すは迷惑なれども、あのお大名の、皮をかると御意ぢゃ。今殺す。それがし恨みな[* 2]。えい」
大名 「皮はおこさずに、なぜ泣くぞ」
猿引 「冠者殿、死ぬる事は知らいで、艪(ろ)を押すまねかと思うて、艪を押しまする。畜生でも不憫や」
大名 「合点した。泣くが道理。許す、殺すなと言へ」
冠者 「ゆるさしらるる」
猿引 「忝(かたじけな)うござる。猿、お大名様へ御礼々々。冠者殿へもお礼」
大名 「冠者にまで礼をした」
猿引 「死をたすけ下されましたお礼に、猿をまはしませう」
大名 「まはせゝゝゝ」
冠者 「まはさしめ」
猿引 「畏(かしこ)まった」
ふし 「猿は山王[* 3]真猿めでたい。まつきおろしの春の駒か、鼻をつるべて参りたるぞや。白銀黄金御知行まさる。めでたきままよ、飛騨(ひんだ)のをどりはひとをどり」
「こなたのお庭をけさ見れば、黄金の枡で米をはかる。三日月なりの鎌ほしや。妻もろともに草を苅らう。舟の中には何とおよるぞ。苫を敷寝に、楫を枕に」
(歌の間に刀、上下、扇をみな猿引にやる)
「一のへいだて、二のへいだて、三の黒駒、しなのをどり。俵を重ねてめんめん[* 4]に、たのしくなるこそめでたき」