関健一郎
関 健一郎(せき けんいちろう、1978年8月8日 ‐ )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 来歴神奈川県鎌倉市生まれ。鎌倉市立大船小学校、鎌倉市立岩瀬中学校、神奈川県立大船高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業[1][2]。 大学卒業後、NHKに記者職で入局し、名古屋放送局に赴任した[2]。その後、豊橋支局、東京経済部、高松放送局に勤務した[2]。NHKの記者は11年務めた[2]。 2014年11月19日、豊橋市役所で記者会見を開き、第47回衆議院議員総選挙に民主党公認で愛知15区から立候補する意向を表明し[3]、12月1日付でNHKを退職した[2]。愛知15区から民主党公認で出馬するも、自由民主党前職の根本幸典に敗れ、落選した[2][4][5]。 2016年3月27日、民主党・維新の党が合流して結党した民進党に参加[6]。それに伴い、関は同党愛知15区総支部長に就任した[7]。 2017年9月28日、民進党の前原誠司代表は両院議員総会で、希望の党への事実上の合流方針を提案し、了承された[8]。9月29日、関は田原市で選挙事務所を開設。中日新聞の取材に応じ、希望の党の公認を目指すと述べた[9]。10月3日、希望の党は衆院選の第1次公認192人を発表。関もその中に選ばれた[10]。10月22日の衆院選の愛知15区は自民党前職の根本幸典が当選。希望の党は比例東海ブロックで5議席を獲得。関は4番目の惜敗率(80.805%)により比例復活で初当選した[11][12][13]。 2018年5月7日、民進党・希望の党が合流して結党した国民民主党に参加した[14]。 2020年9月15日、旧立憲民主党と旧国民民主党は、2つの無所属グループを加えた形で新「立憲民主党」を結成[15]。関も新党に参加。 2021年10月19日、第49回衆議院議員総選挙公示。愛知15区は立憲民主党公認の関、根本、れいわ新選組公認の菅谷竜の3人が立候補。10月27日、中日新聞社は、電話世論調査の結果に取材を加味した愛知県内15選挙区の情勢を発表。15区については「序盤に自民、公明の支持層を固めていた根本が、無党派層の四割弱を取り込み、幅広い年代から支持を受け優位を保つ」と報じた[16]。10月31日、投開票。小選挙区は根本が4期目の当選を果たした。立憲民主党は比例東海ブロックで5議席を獲得。関は10番目の惜敗率(77.517%)により比例復活もかなわず落選した[17][18]。 同年12月1日、東愛知新聞の客員編集委員に就任したと自身のホームぺージで発表した[19]。 同年12月8日、愛知県警が関の元公設秘書を公選法違反の疑いで書類送検(後述)[20]。同月9日、関は中日新聞の取材に応じ、年明けに立憲民主党を離党する意向を明らかにした。「私の主義主張と、政党の政策、与党への向き合い方の違いが最大の理由」と説明し、元公設秘書の件は「(離党と)全く関係ない」と話した[20]。2022年1月1日付けで同党を離党した[21]。 2023年7月12日、日本維新の会が次期衆院選愛知15区に関を擁立すると発表した[22]。同月31日の出馬表明では、自身が有権者に接する中で「政治へのあきれが蔓延している」と指摘し、「今の日本の政治は維新以外では改革できない」と出馬の理由を述べた[23]。 2024年10月27日の第50回衆議院議員総選挙では、立憲民主党の新人小山千帆を上回る得票率24.49%で落選したものの、惜敗率63.29%は1議席の確保に留まった維新の比例東海ブロックの候補者の中では2番目であったため、次点で落選[24][25]。 政策・主張憲法
ジェンダー
その他
人物
不祥事
選挙歴
脚注
外部リンク
|
Portal di Ensiklopedia Dunia