金森 太郎(かなもり たろう、1888年〈明治21年〉6月16日 - 1958年〈昭和33年〉6月12日)は、日本の農商務・内務官僚。東京都出身[1]。
宗教家の金森通倫の長男。第102代内閣総理大臣・石破茂の外祖父。
来歴
1888年、熊本県人の牧師・金森通倫の長男として誕生。1909年、第二高等学校を卒業。1913年、東京帝国大学法科大学独法科卒業。
農商務属となり、兵庫県朝来・明石各郡長、島根県理事官産業課長、茨城・静岡各県警察部長、福島・長野各県内務部長等を経て、1931年、大阪府警察部長に就任。1932年、東京府内務部長に就任。1933年、徳島県知事に就任。1934年、山形県知事に就任。
1936年、東北興業副総裁に就任し、1940年まで務めた。1942年、樺太開発副総裁に就任。
1958年、死去。69歳没。墓所は多磨霊園。
人物
宗教はキリスト教[1]。趣味は読書、旅行[1]。住所は東京都渋谷区代々木大山町[1]。
家族・親族
- 1897年(明治30年)9月生[2] -没
- 1918年(大正7年)8月生[2] -没
- 次郎(実業家)
- 1889年(明治22年)10月生[2] -没
- 五郎(医師)
- 1894年(明治27年)9月生[2] -没
- 九郎(鉄鋼技師、東大教授)
- 1907年(明治40年)5月生[2] -没
- 三壽(ジャパンタイムス社長、国際ロータリー会長、国際基督教大学初代理事長の東ヶ崎潔(米国名ジョージ)に嫁す[2][3])
- 1891年(明治24年)5月生[2] -没
- 壽々子(鳥取県、濱田清治に嫁す[2])
- 1903年(明治36年)5月生[2] -没
- 壽々枝(濱健夫に嫁す[2])
- 1905年(明治38年)5月生[2] -没
参考文献
- 猪野三郎監修『第十版 大衆人事録』(昭和9年)カ九五頁
- 『財界人物選集』 1939年 168頁
- 『第十六版 人事興信録 上』昭和26年(1951年)、か四八
脚注
- ^ a b c d 『第十六版 人事興信録 上』昭和26年(1951年)、か四八。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 『人事興信録. 10版(昭和9年) 上卷』カ一〇六
- ^ 国際ロータリー会員誌"The Rotarian", July 1968, 'Kiyoshi Togasaki A Versatile, Vigorous Internationalist is RI's President for 1968-1939,' p20-23
外部リンク
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