^七耀教会は《大崩壊》の直後に設立されたと語られている(グランセル大聖堂のカラント大司教[5]、クロスベル大聖堂のジーナス司祭[14])ので、設立されたのもこの時期ということになる。「空の軌跡 the 3rd」で、アイン・セルナートが「騎士団千年の歴史」と語っており[15][8]、星杯騎士団も早くから存在していたことになる。
^「空の軌跡 the 3rd」中の「太陽の扉5 軌跡でポン 【かんたん】」の解答では「1203年で創立50周年になるらしい」とカンパネルラが言っており[74]、1202年に創立50周年記念モデルが発売予定なので[75]、創業は1153年頃ということになる。レマン自治州の企業であることは「閃の軌跡」で明らかになる[76]。
^同じ時期に3人がレマン自治州を去ったことは「空の軌跡 the 3rd」内で語られている[78]。ラッセル博士は1155年に去ったことが「カペル」のデータで確認できる[77]。シュミット博士のほうは1206年から見て「50年前」で[79]、正確な年は不明。
^「空の軌跡 the 3rd」では、バルクホルンが《塩の杭》を見つけたのは塩化現象が終息した日の出来事となっているが、「閃の軌跡III」で、バルクホルンがノーザンブリアで《塩の杭》の調査を行ったのは1206年から見て「27年前」(1179年)のこととして語られているため[12]、時期の設定は変更されている可能性がある。
^「空の軌跡FC」終章で、カシウスは「戦後すぐに退役」したとリシャールが回想しているが[5]、「空の軌跡 the 3rd」中の「星の扉5」(1203年)では、カシウスが剣を置いた時期を「10年前」とカシウス含め複数名が言っているため[92]、1193年の出来事である可能性が高い。リシャールの発言から、退役した年が1192年の場合は停戦のすぐ後、1193年の場合は講和条約の締結(《百日戦役》の完全な終結)のすぐ後の出来事ということになる。
^この出来事について、「空の軌跡SC」第2章と第3章では「6年前」とキリカとジンが[156][130]、同じく第7章で「6年」前とキリカとヴァルターが[122]、「空の軌跡 the 3rd」の「星の扉4」(1203年)でも「6年」前とジンが言っている[157]。「空の軌跡SC」第3章は不戦条約の締結より前なので1202年、第7章は《リベル=アーク》出現の直前なので1203年ということになり、それぞれ発言が矛盾することになるが、この記事では後発作品の「空の軌跡 the 3rd」に準拠し、1203年から見て6年前としている。
^「空の軌跡 the 3rd」第四話で、ケビン・グラハムが従騎士になった時点で、ルフィナ・アルジェントはレーヴェと関わった事件を既に解決済みであることがわかる[163]。第七話で、ルフィナはその事件のことを(1203年から見て)「6年ほど前」と言っているので[164]、ケビンが従騎士になったのは1197年もしくは1198年ということになる。1203年時点で22歳のケビンが「16歳」の時の出来事と設定されているため[参 24]、ケビンが従騎士になったのは1197年の出来事である可能性が高い。
^「シナリオブック」では1197年の出来事であることが記載されている[参 25]。アントンとリックスがジェニス王立学園に合格後で、かつ入学前の時点の出来事ということになる。「空の軌跡 the 3rd」中の「月の扉3」で、1201年半ばの時点でアントンは留年していて3年生をやり直していることが確認できるので、アントンが王立学園に入学したのは1198年ということになる。そのため、ゲーム本編からも、アイナがグランセルに戻ってきたのは1197年の年末の出来事である可能性が高いことがわかる。また、この時点でカシウス・ブライトはカルバード共和国におり、ヨシュアはブライト家にいるので、ロレントの時計台再建よりは後の出来事ということになる。
^「空の軌跡SC」終章のレーヴェ戦でケビン・グラハムを入れて戦った場合、戦闘後にレーヴェとケビンの間でルフィナについての会話があり、その中ではルフィナが亡くなったのは1202年[注 18]から見て「4年くらい前」とケビンが言っている[174][参 27]。「空の軌跡 the 3rd」でも1203年から見て「5年前」の出来事として語られている[17][164]。
^エステルとヨシュアが準遊撃士になった日の2日後の出来事[105]。エステルとヨシュアが準遊撃士になった日(帝都支部襲撃の連絡がカシウスに届いた日)から《リンデ号》事件が発生した日(カシウスがエレボニア帝国に到着した日)までの経過日数が2日であることは、「空の軌跡 the 3rd」中の「星の扉13」でも確認できる[192]。
^「空の軌跡SC」では、この事件の最中に《ハーメルの悲劇》を10年前の出来事と言っている等、各登場人物の発言は年が1202年であることを前提にしたものになっているが、後発作品の「空の軌跡 the 3rd」以降では1203年の出来事として扱われているので、この記事でもそれに準じる。2月の出来事であることは、「閃の軌跡III」中の「黒の史書(6)」で明らかになった[205]。
^「空の軌跡 the 3rd」中の『リベール通信・特別号(2)』で、「先月より」出現していた《リベル=アーク》が崩壊するという記事があるので[206]、出現から崩壊までの間に月をまたいでいることになる。ゼクスが帝国軍の再侵攻までの期間を「3日」(一時撤退した日から2日後まで)と切っているほか[138]、「閃の軌跡III」中の「黒の史書(6)」の記述から、《リベル=アーク》の崩壊は出現から1週間くらい後の出来事であることがわかる[205]。
^「空の軌跡 the 3rd」冒頭のケビン・グラハムのルシタニア号潜入は《リベル=アーク》崩壊から「半年余り」経った頃の出来事[214]。また、同じく「空の軌跡 the 3rd」冒頭でドロシーが「先週の金曜日」がナイアルの誕生日だったと言っている[214]。ナイアルの誕生日は「空の軌跡FC」のジェニス王立学園学園祭のオーバル相性占いマシーンで「11月25日」となっているので、ドロシーの発言や誕生日の設定が正確なものであれば、この事件は11月末もしくは12月初めの出来事ということになる。