清水信之
清水 信之(しみず のぶゆき、1959年12月14日 - )は、日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家。ギタリストでもあり、ベースやドラムスなども演奏する。元妻は歌手の平松愛理。 プロフィール幼少・青年期幼少時よりピアノを習う。なお、小学生の時にピアノを習っていた同級生が後のギタリスト・鳥山雄司である。 東京都立松原高等学校に在学中、後輩のEPO、佐橋佳幸らとバンド活動を行う傍ら、松岡直也に師事。清水がラテン系のアレンジに強い理由は、この頃の経験によるものだといわれている。 バンド・『紀ノ国屋バンド』、サポートミュージシャン時代17歳で「紀ノ国屋バンド」に加入、アルバム『SWEET SENSATION』でデビューするも解散。その後、当時の所属事務所「アワ・ハウス」(山下達郎、大貫妙子らが在籍)の新人、竹内まりやのサポートに駆り出される。元愛奴で後のMASHにも参加したギタリスト・青山徹らとバック・バンドを務めるほか、山岸潤史のバンドに参加する。同時に、スタジオミュージシャンとしても活動。 編曲家デビュー高校の後輩であるEPOのデビュー・アルバムに編曲家として参加。デビュー曲「DOWN TOWN」(シュガー・ベイブのカバー)は林哲司との共同編曲だったが、アルバム楽曲の約半分の編曲を手掛ける。ソロ・アルバム『コーナートップ』をキングレコードからリリース。 松岡直也初のクロスオーバーロックバンド「MASH」に参加。 2枚目のソロアルバム『ANYTHING GOES』をワーナー・パイオニアからリリース。 EPOのシングル「う、ふ、ふ、ふ、」の編曲を担当。大ヒットとなる。 EPOとのタッグは、彼女のVIRGIN UK移籍によって一旦絶たれるも、90年代に入ってから再び共演している。 大村憲司の後継として、大江千里の編曲を担当。大江と清水の出会いとなったのは11月発売のシングル「十人十色」。 大江のアルバム『未成年』より、長きに渡るパートナーとなる。 大江の「redmonkey yellowfish」ツアーに、キーボード、ベーシストとして参加。 HIRA^O SAKIのシングル『My Best Friends』(同名コンピレーション・アルバム収録曲)の編曲を担当。 平松愛理と結婚。1児を儲ける。 大江の「納涼千里天国」でキーボード、ベーシストとして参加。 8月、平松と離婚。 牧野由依の「スケッチブックを持ったまま」[1]に参加。これ以降、音楽プロデューサー・編曲家活動を行う。 8月、2枚目のソロ・アルバム『ANYTHING GOES』が28年ぶりにCD復刻盤としてリリースされた。 8月19日、編曲家歴35周年記念アルバム『LIFE IS A SONG』をリリース[2]。 6月 - 、これまで関わった人気アーティスト・アイドルをゲストに迎えるライブイベント「Nobuyuki Shimizu Presents」を、渋谷イープラス・リビング・カフェにて開催。 ディスコグラフィーアルバム
他アーティストに提供(編曲)した楽曲
映画・テレビ番組への提供作品
ゲーム作品
メディア出演脚注関連項目 |
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