我が家は楽し
『我が家は楽し』(わがやはたのし)は、1951年の日本映画。本来のタイトル表記は『我が家は樂し』。 当時のスターを揃えた豪華キャストによる家族ドラマ。岸恵子のデビュー作、中村登監督の出世作である。 ストーリー植村孝作にはしっかり者の妻なみ子がついていて、4人の子どもを抱え、乏しいながらも家庭は明るい。朋子は好きな絵を学び、胸を病む恋人・内田三郎の全快の日を待っている。孝作は勤続25年を迎えて会社から表彰され、特別賞与として金一封をもらうことになる。なみ子はこれで、子供たちの不足の品も買え、次女の修学旅行の費用も出ると、人知れず安堵。ところが、表彰式の帰途、夫婦でわずかな買い物をした賞与3万円の残金をすっかりすられてしまった。しかしなみ子はこの災難を子どもたちに知らせず、またなけなしの衣類を売り払って不足を補う。 意気込んでいた朋子の絵が落選し、三郎が亡くなったとき、なみ子は絵が自分の昔の夢であったと打ち明け、くじける朋子を励ます。住みなれた家が家主のために隣家へ売渡され、立ち退きを迫られる。ところが、朋子の描いた隣家の庭の絵が、偶然隣家の主人の眼にとまり、買いとられる。これが縁となって立ち退きも取り消された。さらに、朋子が必死になって描いた母の肖像画はついに展覧会に入選した。家は、こうして、相変わらず、つつましやかで、心暖まる団欒に続けていくことができるのだった。 登場人物
製作・エピソードスタッフ
作品の評価評価は高い。川本三郎(川本三郎・筒井清忠『日本映画 隠れた名作 昭和30年代前後』中公選書 2014年)によれば、2カ所の「パクリ」があるという。1つ目はアグネス・ザッパーという女流作家の『愛の一家』(1941年に春原政久(すのはら〜)監督、小杉勇主演で映画化)で、貧しいが仲のいい家族が家主に追い出されそうになる部分。2つ目はアメリカ映画でジョージ・スティーヴンス監督の『ママの思い出』(1948年)で娘に小説の才能があるか有名な女性作家のところに見せにいく場面(この映画では売り込みに成功する)である。 受賞歴
タイアップ京都市内の松竹系映画館(西陣昭和館、新京極松竹座、七条大宮宝座)で、森永ミルクキャラメルの空き箱に住所氏名を記入して館内の投票箱に投函すると、抽選で一等現金3万円、二等は千代田銀行の1000円の定期預金が当たるキャンペーンが行われた。主人公は森永製菓の社員であり、作中で3万円をすられたが、森永がその3万円を出して松竹映画ファンにラッキープレゼント、という触れ込みであった[1][2]。 DVDリリース・派生作品1993年2月19日に松竹ホームビデオよりVHSビデオが発売されたが、2011年8月25日現在、DVD化はされていない。 尚、WOWOWでハイビジョン放映されている。 脚注関連項目外部リンク |