大西一史
大西 一史(おおにし かずふみ、1967年(昭和42年)12月9日[1] - )は、日本の政治家。熊本県熊本市長(3期)。元熊本県議会議員(5期)。九州市長会会長。指定都市市長会副会長(危機管理担当)。全国市長会防災対策特別委員長。 来歴熊本県熊本市出身。父親は熊本県議会議員を4期務めた大西靖一[2]。熊本市立白川小学校、熊本市立白川中学校卒業。高橋幸宏の演奏に衝撃を受け、ドラマーを志す。1983年4月、熊本県立熊本北高等学校に進学。高校時代は多い時には10ぐらいのバンドと組んでいた。プロになることを目指して、3年生のときにSONYのオーディションを受けたところグランプリを受賞[3]。日本大学文理学部心理学科に進学し、大学でも音楽活動を続けるが「上には上がある」現実を目の当たりにし、ドラマーの道はあきらめる[3]。 1992年3月、大学を卒業。同年4月、日商岩井メカトロニクス株式会社(現双日マシナリー株式会社)に入社[4]。産業機械などの輸出入を担当する営業を務める。 1994年10月、日商岩井メカトロニクスを退職。同年11月、衆議院議員園田博之の秘書となる。園田が当時内閣官房副長官だったことから総理官邸などで勤務。 1997年12月に行われた熊本県議会議員熊本市選挙区補欠選挙において、無所属(新党さきがけ推薦・自由民主党支持)で立候補し初当選した。1998年、自由民主党に入党。熊本県連青年部長に就任[要出典]。 2002年11月に行われた熊本市長選挙において、自民党・公明党が推薦した現職の三角保之ではなく、自民党県議の幸山政史を支援。このため党より離党勧告を受け、幸山とともに離党した[5]。 2003年4月の熊本県議会議員選挙では、無所属での立候補となったものの県議会史上最多得票の21494票を獲得し3期目の熊本市選挙区でトップ当選。4期目も同選挙区で連続トップ当選した。無党派層を中心に圧倒的な支持を受け、市長就任まで連続5期当選を果たす。 2007年7月、ローカルマニフェスト推進地方議員連盟共同代表に就任。2008年5月、地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合(せんたく)「せんたく地方政府議員連合」事務局長に就任。同年6月、熊本県議会において会派「無所属改革クラブ」代表に就任。 2010年、九州大学大学院法学府修士課程公法・社会法学専攻修了。同年4月、保健医療経営大学非常勤講師(政策課程)に就任。2011年9月、熊本大学大学院法曹養成研究科非常勤講師(公共政策法務)に就任。2014年、九州大学大学院法学府博士後期課程法政理論専攻単位修得退学。 2014年11月16日に行われた熊本市長選挙に自民党・公明党の推薦を受けて立候補。候補者は大西のほか元会社役員の石原靖也、元市議の下川寛の3名。市長選は、市が中央区桜町地区に整備を予定している大型集客施設(MICE施設)計画の是非が争点となったが、計画に賛成の立場を取る大西に軍配が上がり、初当選した[6]。12月3日、市長に就任。 2018年11月、自民・公明推薦を受けて市長選に立候補。共産党推薦の新人を破り再選[7][8]。 2022年11月、自民・公明・連合の推薦を受けて市長選に立候補。元共産党の市議ら2人を破り3選[9]。 2023年5月、九州市長会会長に就任。 2023年6月、全国市長会副会長に就任。 2024年4月、指定都市市長会副会長に就任。 2024年5月、九州市長会会長に再任。 選挙結果2014年 熊本市長選挙 ※当日有権者数:583,332人 最終投票率:40.32%(前回比:+4.14pts)
※当日有権者数:598,698人 最終投票率:31.68%(前回比:-8.94pts)
※当日有権者数:599,568人 最終投票率:28.26%(前回比:-3.12pts)
市政
人物
役職著書論文
共著(紀要論文)
脚注出典
関連項目外部リンク
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