南谷村 (鳥取県)
南谷村(みなみだにそん[1] / なんこくそん(通称)[1][2])は、鳥取県東伯郡にあった村。現在の倉吉市の一部にあたる。 地理小鴨川の中流左岸の沖積平野と天神野台地に位置していた[2]。 歴史
耕地整理事業1907年(明治40年)大字泰久寺の山根愛吉ほか有志11名が天神野原野30町歩の開墾を出願し、1913年(大正2年)に実地調査を行い、郡役所の後押しもあり6か村(小鴨村、上小鴨村、山守村、北谷村、社村)にも広がり、天神野原野450町歩の開墾計画が纏められ、1916年(大正5年)天神野耕地整理組合を設立[2]。同年9月の長尾溜池新設工事(1918年完成[3])、1917年(大正6年)泰久寺地区から開田工事に着手した[2]。なお、1908年(明治41年)谷村演習場厩舎を建設[4]。1910年(明治43年)天神野地域内に陸軍演習場「谷村演習場」が設けられていて、条件付きで陸軍省用地162町歩を耕地整理地区に組み入れていた[2]。1925年(大正14年)に演習場は廃止となり、跡地は移住農家により1939年(昭和14年)頃までに水田化された[2][4]。厩舎跡には農村指導者の養成を目的に1929年(昭和4年)山陰国民高等学校が開校し、1934年(昭和9年)県立修練農場、1950年(昭和25年)県立経営伝習農場を経て1967年(昭和42年)県立農業経営大学校となる[2][4]。(現鳥取県立農業大学校) 産業
交通鉄道乗合バス橋梁教育
脚注参考文献
関連項目 |