内部告発内部告発(ないぶこくはつ)とは、組織(企業)内部の人間が、公益保護を目的に[1]、所属組織の不正や悪事(法令違反など)を、外部の監督機関(監督官庁など)や報道機関などへ知らせて周知を図る行為である。組織の不祥事やその隠蔽は、この内部告発によって明らかになるケースが多い。 社内の監査担当部門に対して行われるそれを「内部通報」、企業外部(マスメディアや行政機関等)に対して行う「内部告発」と呼び分けられているが[2]、本項では便宜上内部通報も合わせて扱う。 日本における内部告発・内部通報に関する法律としては、公益通報者保護法がある。 概要ホイッスルブロワー英語では、内部告発者のことをホイッスルブロワー(whistleblower、直訳すると「ホイッスルを吹く人」)という。この言葉自体は19世紀ごろから存在するが、現代の用法は、アメリカの市民活動家・ラルフ・ネーダーによるものである。それまでは"informer"(密告者)や"snitch"(告げ口)のようなネガティブな呼び方しかなかったため、1970年代初頭にネーダーがホイッスルブロワーという言葉を転用して広めた[3]。 この言葉は、犯罪が行われたことやスポーツの試合中のルール違反など、悪い状況について公衆や群衆に注意を促すために笛(ホイッスル)を使うことと関連している。whistle blowerというフレーズは、元々19世紀の法執行官(警察官)を指していたもので、彼らは公衆や仲間の警察官に注意を喚起するために笛を使用していた[4]。また、スポーツの審判も、反則行為等があったときに笛を吹くことから、同様にwhistle blowerと呼ばれていた[5][6]。1883年の新聞記事では、暴動を起こした市民に対して笛を吹いた警官を、whistle blowerと書いている。1963年までに、このフレーズはハイフンを付けてwhistle-blowerと表記されるようになった。 1960年代には、ネーダーのように不正行為を明らかにした人に対してジャーナリストがこの言葉を使うようになった。最終的にはwhistleblowerという複合語に発展した[4]。 内部告発保護制度過去の慣例からすると、内部告発をするということは、組織からすれば裏切り行為と見なされることが普通であった[注釈 1]。したがって、告発者は必然的に組織や関連業界が好ましからざるものと認知されやすい。これにより、公益のために組織の不正や悪事を公表した者が、その組織や関連業界に報復人事などの不利益な扱いをされたり制裁を加えられたり、業界から追放されてしまう事例が相次いだ。 また、あくまで形式的にみると、内部告発は企業の内部情報の漏洩行為に当たるため、企業秩序を侵害する行為として懲戒処分の対象となってしまう[7]。 組織の不正を明るみに出し正すためには、内部告発が非常に重要な働きをする。すなわち、一定の場合には、内部告発の公益性が当該組織の個別の利益を上回ることがあるのである[8]。そのため、こうした組織による不適切な報復行為から内部告発者を保護する必要性があり、各国で法整備・判例形成が進められていった。 アメリカ合衆国では1989年に「内部告発者保護法 (Whistleblower Protection Act)」、英国では1998年に「公益開示法 (Public Interest Disclosure Act)」が制定。日本ではこれに相当する法律として、2004年(平成16年)に「公益通報者保護法」が成立した。 対日有害活動を含む国際的な諜報活動・間接侵略(シャープパワー)を暴露したスタニスラフ・レフチェンコやワシリー・ミトロヒンは、それぞれ米国や英国に亡命した。 また、Government Accountability Project というNPOがエドワード・スノーデンなどを支援している。 日本における内部告発内部告発の保護要件日本の裁判例上は、以下のような要件を備えれば内部告発者は保護される。すなわち、内部告発行為に対して企業の懲戒処分を行った場合、形式的に要件を備えていても無効となる[9]。
公益通報者保護法→詳細は「公益通報者保護法」を参照
2006年4月1日に施行された日本の法律。内部告発を行った労働者を保護することを目的とする。内部告発の正当性の判断は、同法の保護要件に基づいて判断される。 同法はあくまで「内部告発者を守る法」であり、組織の不正行為を摘発することが主軸ではない。したがって、内部告発者の保護はなされても、組織の不正行為の摘発および是正に必ずしも結びつくとは限らない。 同法の施行後も、内部告発者に対する企業による制裁は行われている。また、保護される告発・通報の要件が色々と限定されており、告発者の立場[10]や通報先にも縛り[11]がある。こうしたことから、一部からは同法は内部告発者の保護が不十分であるという指摘を受けている[12][13]。 弁護士会の相談窓口内部告発者を考えている者の相談窓口として、弁護士会は無料もしくは廉価な相談窓口を開設している(記事末尾の外部リンク参照)。同法では内部告発者が保護されるための様々な要件が決められており、不用意に企業の外部へ内部告発を行うと保護の対象にならない。その点、弁護士には守秘義務があるので、内部告発の相談を行っても、企業外部への告発とみなされることなく、告発の方法や身分の保護について確実な手順を示してもらうことができる。 告発者となる危険性告発者に対する制裁・報復日本国内において、告発者に対して組織が制裁・報復行為(不利益処分としての不当懲戒処分)をした実例を例示する。
監督省庁の不手際・隠蔽内部告発は組織の不正を正すために重要な要素を持つ行為であるが、内部告発者の身を危険に晒す原因を作り上げたり、内部告発を放置して被害を拡大させてしまうなど、内部告発を受け処分する側であるはずの監督省庁の姿勢・対応の悪さがたびたび問題となる。 内部告発者の個人情報通知企業の内部告発者に対する不当な制裁・報復行為を誘発する恐れが高いにもかかわらず、内部告発者の個人情報(氏名など)を企業に対して提供する問題が発生している。 2002年に発覚した東京電力原発トラブル隠し事件において、内部告発を受けた経済産業省原子力安全・保安院が、その内部告発者の氏名を含む資料を、東京電力に通知していたことが判明している[30]。 2013年、東京都世田谷区の設置する世田谷保健所は、衛生管理に関する内部告発を行った人物の氏名を企業へ通知した。内部告発者は即日解雇された[31]。 2014年、厚生労働省はJ-ADNIのデータ改竄疑惑を告発した、検証担当者からの電子メールをそのまま研究代表に転送。検証担当者は辞職に追い込まれた[32]。 内部告発放置問題内部告発を放置あるいは無視し、組織の不正摘発に遅れを生じさせるなど、監督省庁に対して行われた内部告発が生かされず、企業の不正が放置され被害を拡大させる問題が発生している。 2007年6月、北海道の食品加工卸会社ミートホープが、牛肉ミンチの品質表示の偽装を長年に渡って行っていたことが報道により公になったが、その1年余り前の時点で北海道庁や農林水産省に対し、内部告発が行われていた。しかしながら、省庁側の対応が鈍く、この内部告発は事実上放置されていた。その結果およそ1年間に渡って、偽装表示の牛肉ミンチが市場に流通を防ぐことができず、ミートホープの不正を知りながら不正行為をさせ続けたことになり、役所の対応が問題視さた[33]。 また、JAS法違反(食品偽装など)を内部告発する公益通報は、公益通報制度が開始された2006年以降5年間で、日本国政府や各都道府県に対し計63件が寄せられているが、違反した事業者名が公表される「改善指示」につながった例は1件も出ておらず、制度の実効性に疑義を唱える意見が強くなっている[34]。 内部告発の事例クリアストリームの匿名口座は、内部告発によって発覚した世界的事例である。 ABBグループは2007年と2014年の両方においてカルテルを最初に告発して欧州委員会に制裁金を免除されている。
内部通報内部通報の法的性質労働者等が、企業内部の機関に不正行為等を通報することを内部通報という[37]。 内部通報の前置が上述のように外部への内部告発の正当性の根拠となるように、内部通報は基本的には正当な行為とされる。そのため、内部通報は基本的に懲戒事由とならず(著しく不当な手段・態様で行われる場合を除く)、公益通報者保護法上の保護要件も、「通報対象が生じ、または生じようとしていると思料する」こと(同法3条1項)で足りるとされ、真実性・相当性が不要とされている[37]。 内部通報体制の整備経営陣が社内の不正や不祥事を知る手段として内部通報の制度を作る企業もある。 上場企業においては、東京証券取引所の「コーポレート・ガバナンス・コード」によって内部通報の体制整備が義務付けられている[38]。 だが、制度だけでは内部告発は設計意図どおりには機能しない。告発を勧めるためには、制度設計の他にも社員教育による意識の改革が必要となる[39]。 報奨金制度アメリカ合衆国の道路交通安全局(NHTSA)は、2015年年から自動車などに関する内部通報に対し報奨金制度を導入。2016年には、現代自動車の技術者の一人がシータ2エンジンの欠陥を内部通報し、大規模なリコール調査を行う契機を作った。後に、この技術者は2400万ドルの報奨金を得ている[40]。 関連する法律・ルール
脚注注釈出典
参考文献
関連書籍
関連項目
外部リンク |