亜硫酸水素ナトリウム (ありゅうさんすいそナトリウム、sodium hydrogen sulfite または sodium bisulfite)とは、化学式が NaHSO3 と表される無機化合物 である。亜硫酸水素イオンとナトリウム イオンからなる塩 で、別名を重亜硫酸ナトリウム 、あるいは酸性亜硫酸ナトリウム とも呼ぶ。食品添加物 (保存料として)、化学における還元剤 などとして用いられる。
NaHSO3 は固体としては室温で不安定であり水溶液として存在し、亜硫酸水素塩は固体としては亜硫酸水素ルビジウム RbHSO3 、亜硫酸水素セシウム CsHSO3 、およびテトラアルキルアンモニウム 塩NR4 HSO3 のみ室温で安定であり[ 1] 、試薬として市販され用いられている結晶粉末はNaHSO3 ではなく、二亜硫酸ナトリウム Na2 S2 O5 を主成分とするものである[ 2] 。
性質
約150°C で分解を起こす白色の粉末。二酸化硫黄 の臭いを示す。水への溶解度は515g/L (20°C )で、54g/L水溶液 (20°C ) の pH は3.5から5.0。
合成
炭酸ナトリウム の水溶液に二酸化硫黄 を通じて得られる。
化学的利用
有機化学において、亜硫酸水素ナトリウムを用いたいくつかの反応が知られている。アルデヒド や環状ケトン に作用して付加体 にあたる α-ヒドロキシスルホン酸 を作る。
亜硫酸水素イオンのアルデヒドへの付加
この反応はアルデヒドなどの精製法、除去法として利用される。まず不純物と混ざったアルデヒドの溶液に亜硫酸水素ナトリウムを作用させて付加体の形で沈殿させ、ろ過 して単離する。その後、炭酸水素ナトリウム や水酸化ナトリウム などの塩基 で処理すると、逆反応により亜硫酸水素イオンが遊離して二酸化硫黄 が発生し、同時に純粋なアルデヒドが得られる。テトラロン [ 3] 、シトラール [ 4] 、ピルビン酸エチル [ 5] 、グリオキサール [ 6] 、2-メチル-3-フェニルプロパナール[ 7] の精製に用いた例が知られている。
シクロヘキサノン にジアゾメタン を作用させる環拡大反応では亜硫酸水素ナトリウムが、主生成物のシクロヘプタノン から副生成物のシクロオクタノン を分離するため利用されている[ 8] 。
また、スルホ基 が脱離基としてはたらくことを利用して、付加体にシアン化物イオンを反応させ α-シアノヒドリン へと変換する反応も知られる[ 9] [ 10] 。
亜硫酸水素イオンを媒介としたアルデヒドのシアノ化
他の用途としては、亜硫酸ナトリウム と同様に、穏和な還元剤 としての使用が挙げられる。酸化反応の後処理時に、余剰の酸化剤、塩素 、臭素 、ヨウ素 (Cl2 , Br2 , I2 )、次亜塩素酸 イオン (ClO− )、四酸化オスミウム (OsO4 )、三酸化クロム (CrO3 )、過マンガン酸カリウム (KMnO4 ) などに加えて不活性化することができる。
共役化合物や酸化剤により系が強く着色しているとき、亜硫酸水素ナトリウムを加えて脱色する場合がある。
ブヒャラーカルバゾール合成
亜硫酸水素ナトリウムは、2-ナフトール を 2-ナフチルアミン に変換するブヒャラー反応 (Bucherer reaction)、2-ナフトール とフェニルヒドラジン からベンゾカルバゾールを得るブヒャラーカルバゾール合成 (Bucherer carbazole reaction) に不可欠な試薬である。
食品添加物としての利用
バングラデシュ では、もち米 の白さを強調させるために亜硫酸水素ナトリウムで処理する品質偽装が行われている[ 11] 。
DNA分析
亜硫酸水素ナトリウムは、DNA 上のシトシン 塩基がメチル化 を受けていることを検出するために用いられる。
シトシンは、亜硫酸水素ナトリウムの作用で脱アミノ化を受けてウラシル に変わるが、5位がメチル化されている 5-メチルシトシン はこの反応を受けない。DNA を亜硫酸水素ナトリウムで処理後に PCR法 で増幅することで、ウラシルはチミン に、5-メチルシトシンはシトシンへ変わった DNA が得られるため、その後に塩基配列 を決定して亜硫酸水素ナトリウム処理前の配列と比較することで、5-メチルシトシンの位置を特定できる[ 12] 。
関連項目
参考文献
^ FA コットン, G. ウィルキンソン著, 中原 勝儼訳 『コットン・ウィルキンソン無機化学』 培風館、1987年,原書:F. ALBERT COTTON and GEOFFREY WILKINSON, Cotton and Wilkinson ADVANCED INORGANIC CHEMISTRY A COMPREHENSIVE TEXT Fourth Edition, INTERSCIENCE, 1980.
^ Merck Index 13th.
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^ Russell, A.; Kenyon, R. L. (1943). "Pseudoionone" . Organic Syntheses (英語). 23 : 78. ; Collective Volume , vol. 3, p. 747
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^ Young, S. D.; Buse, C. T.; Heathcock, C. T. (1985). "2-Methyl-2-(trimethylsiloxy)pentan-3-one" . Organic Syntheses (英語). 63 : 79. ; Collective Volume , vol. 7, p. 381
^ クルシェッド・アラム、吉野馨子「バングラデシュにおける食品安全の現状と課題」『国際農林業協力』Vol.47 No.2 p.14 2024年9月30日 国際農林業労働協会
^ Frommer, M.; McDonald, L. E.; Millar, D. S.; Collis, C. M.; Watt, F.; Grigg, G. W.; Molloy, P. L.; Paul, C. L. (1992). "A genomic sequencing protocol that yields a positive display of 5-methylcytosine residues in individual DNA strands". Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 89 : 1827–1831. DOI: 10.1073/pnas.89.5.1827
外部リンク