二階堂時綱
二階堂 時綱(にかいどう ときつな)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武士。鎌倉将軍府(後の鎌倉府)及び室町幕府初代政所執事。 生涯二階堂盛綱の子。応長元年(1311年)に出家し、法名は行諲。当初は鎌倉幕府で評定衆を務め、元弘3年(1333年)に建武の新政下で鎌倉将軍府(後の鎌倉府)政所執事に補任されたのをはじめ、室町幕府では康永3年/興国5年(1344年)引付方を務め、貞和2年/正平元年(1346年)、貞和4年(1348)、観応元年(1350)の4度にわたって政所執事に再任された。観応の擾乱では足利直義に与した。 娘は佐々木道誉の正室であり、時綱は佐々木道誉の義父である[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]。 脚注
出典 |