ワカメ (若布 [ 2] [ 3] 、和布 [ 3] 、稚海藻[ 4] 、裙蔕菜[ 5] 、学名 : Undaria pinnatifida )は、褐藻綱 コンブ目 チガイソ科 に分類される大型の海藻 の1種である。
根 のような付着器 で岩に付着し、羽状 に分岐した葉状部 は膜質で柔らかく食用になる。この藻体は胞子体 であり、茎状部 の基部に「胞子葉」[ 注 1] (成実葉、メカブ )と呼ばれる単子嚢をつける器官を形成、ここから放出された遊走子 (鞭毛 をもつ胞子 )が微小な配偶体 になり、卵 と精子 を形成、受精卵 が再び大きな胞子体になる。
主な分布 域は、日本 を含む東アジア の海域。日本や朝鮮 では広く食用とされ、味噌汁 やスープ 、酢の物 、煮物 、サラダ 、乾物 、ふりかけ などの形で食される。ワカメ生産の大部分は養殖品 であり、日本、朝鮮 、中国 では大量に養殖されている。人間活動に伴って世界中に帰化 しており、世界の侵略的外来種ワースト100 にも選定されている。
特徴
複相 (染色体 を2セットもつ)で大型の胞子体 と単相 (染色体を1セットもつ)で微小な配偶体 の間で異形 世代交代 を行う[ 6] 。
胞子体は、根のような付着器と茎状部およびそれに続く葉状部からなる[ 2] [ 3] [ 7] [ 注 2] 。胞子体は一年生 (冬から夏)であり、高さ 50–300 cm(センチメートル ) になる[ 2] [ 3] [ 6] [ 9] 。付着器は繊維状、不規則に叉状分岐する[ 7] 。茎状部は扁圧しており、多肉質 、発達 すると幅 2–5 cm、長さ 3–50 cm、両縁がわずかに突出している[ 3] [ 7] 。葉は初めは卵形 で全縁 であるが、やがて下部から切れ込みが生じる。最終的に多数の羽片 からなる羽状の葉になるが、切れ込みの程度などは環境条件によってさまざまである[ 2] [ 7] [ 9] (下図1a, b)。葉の中軸は厚く帯状の中肋 となる[ 2] [ 3] [ 7] (下図1b, c)。葉 は薄い膜質で柔らかくぬめりがあり、平滑、粘液腺 と毛巣が散在し、色は濃黄褐色から黒褐色[ 2] [ 7] (光合成 色素であるフコキサンチン 複合体が壊れると緑色になる)。乾燥させれば色は濃い緑色になる。
春から夏に成熟し、胞子体の茎状部にひだ状の胞子葉[ 注 1] (sporophyll 、成実葉[ 11] )が形成される(「メカブ 」とよばれる)[ 6] 。胞子葉の両面には遊走子嚢(単子嚢)が形成され、2本の鞭毛をもつ遊走子を放出する[ 6] 。遊走子は着生し、微小な糸状体 である雌性 または雄性 の配偶体 となる[ 6] 。雄性配偶体は小型の細胞からなり、分枝 が多く、各枝の先端に数個の造精器を房状につけ、各造精器から1個ずつ精子を放出する[ 6] 。雌性配偶体は大型の細胞からなり、各枝の先端が生卵器となり、卵を形成する。卵は性フェロモン を分泌して精子を誘因、受精卵 は胞子体へと発生する[ 6] 。染色体 数は n = 30 が報告されている[ 6] 。
分布・生態
2 . オーストラリア のワカメ群落
日本、韓国、中国、極東ロシア などの東アジア沿岸部に分布する[ 1] [ 2] [ 3] [ 7] [ 12] 。日本では北海道 から九州 に見られるが、北海道東部には分布せず、紀伊半島 から九州の太平洋 岸でもほとんど見られない[ 12] 。タイプ 産地は静岡県 下田市 である[ 7] 。
低潮線 付近から潮下帯 の岩上に生育する[ 2] [ 3] [ 6] 。群落 を形成することがあり、ワカメからなる藻場 はワカメ場 (Undaria bed) ともよばれる[ 13] 。
侵略的外来種
上記のようにワカメは東アジアに自然分布するが、1980年代以降、人間活動に伴って世界各地に侵入し、ヨーロッパ 、カナリア諸島 、北アメリカ 太平洋岸、アルゼンチン 、オーストラリア 、ニュージーランド などから報告されている[ 1] (右図2)。このようなワカメは、種カキ や船体に付着または船のバラスト水 (船の重りとして積込まれた水)に混入して侵入したと考えられている[ 12] [ 14] 。
侵入したワカメは自生種や養殖漁業 への悪影響等を与えることがあり、世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN , 2000年)の1つに選定されている[ 15] [ 16] 。
アメリカ合衆国西海岸 では、東日本大震災 に伴う津波 で日本から流された漂着物 中にワカメが見つかっている[ 17] 。
人間との関わり
名称と歴史
古代日本ではワカメはニキメ、ニギメとよばれ、「和布」、「和海藻」などを充てたが、原義では海産の藻類 一般を指す漢語 の「海藻」をニギメとも読んだ[ 18] 。「メ(布、軍布)」は食用海藻の総称の1つであったが、ニギメ(ワカメ)の意味でも用いられた[ 18] [ 注 3] 。またおそらくニギメの若いものをワカメとよび、「稚海藻」、「稚和布」、「若海藻」、「若布」、「和可米」などを充てた[ 18] [ 20] [ 21] 。ただし「ワカ」を「タマ(玉)」などと同様に美称と捉えれば、古代にあっては「ワカメ」は海藻類一般を指す美称 であった可能性があり、それがワカメを特定する名称となったのは中世 以降である可能性も指摘されている[ 22] 。他に別名としてメノハ(海布葉、布の葉)[ 23] [ 24] がある。貝原益軒 の『大和本草 』などでは漢名 の「裙蔕菜(裙蒂菜)」を挙げているが、日本ではほとんど使われない。
またメカブ は「マナカシ(海藻根)」とよばれていた[ 18] 。
日本ではワカメは古くから食用とされてきた。縄文時代 の遺跡 からはワカメを含む海藻の遺存体が見つかっており、この時代から食されていたと考えられている[ 25] 。藤原京 跡や平城京 跡からは「軍布」や「海藻」、「若海藻」、「稚海藻」、「和海藻」、「海藻根」と記された木簡 が見つかっている[ 26] 。『万葉集 』にも、下記のようにワカメを詠んだ歌がいくつかある[ 27] 。
角島の 迫門の稚海藻は 人のむた 荒かりしかど わがむたは若海藻
『大宝律令 』(701年 )にはニギメ(ワカメ)が記されており[ 27] 、『養老律令 』(757年)でも調 の1つに指定されている[ 28] 。『延喜式 』(927年完成)ではニギメの貢納国として関東 、北陸 、東海 、近畿 、四国 の16か国が、マナカシの貢納国として東海、近畿、山陰 、四国、九州 の10か国が指定されており、海藻の中では最も国数が多い[ 28] 。ワカメは役人(公卿 から下級役人まで含む)や寺社にも広く支給されていた[ 28] 。またワカメは神事 や宮中の儀にも広く用いられていた[ 29] 。和布刈神社 ( めかりじんじゃ ) は神功皇后 による創建と伝えられ、旧正月 の未明にワカメを刈りとり、これを神前に供える[ 30] 。平城京 には「海藻店 ( にぎめだな ) 」があり、他の海藻と共にワカメが売られていたと考えられている[ 28] 。またワカメの名産 地も認識されるようになり、平安時代 中期から後期の資料には「丹後和布」(京都 )や「鳴門和布」(徳島 )、「加田和布」(和歌山 )が記されている[ 31] 。さらに『毛吹草 』(1645年)では和布の産地として三河国 、伊勢国 、志摩国 、紀伊国 、阿波国 、若狭国 、出雲国 、肥前国 が挙げられている[ 31] 。
『和名類聚抄 』(平安時代中期)では、ワカメの調理法として海菜(おそらく佃煮 )が記されている[ 32] 。室町時代 には、茶の子 として油煎和布や泥和布(ぬため、和布の酢味噌和え )が挙げられている[ 33] 。さらに江戸時代 の『料理物語 』(1643年)では、ワカメの料理として「汁 」や「さしみ 」(おそらく酢の物 )、「あぶりさかな」、「きざみ」、「酒に入れる」が記されている[ 33] 。
食用
海藻を食用とする国は世界中に多数あるが、ワカメを食用とする国は日本 および韓国 ・北朝鮮 (朝鮮半島 )のみである[ 36] 。また中華人民共和国 でも日本輸出向けのワカメが盛んに生産されているにもかかわらず、中国ではワカメを食べる習慣はなかった[ 36] 。
日本
日本ではワカメは食用 として広く利用され、味噌汁 や酢の物 、炒め物 、煮物 (タケノコ と煮た若竹煮 など)、サラダ 、地域によっては天ぷら やしゃぶしゃぶ 等さまざまに料理される[ 37] [ 38] (下図3a-c)。
日本わかめ協会はワカメの消費拡大のため、新わかめが出回り、また若竹煮 のシーズンである5月5日 を「わかめの日」としている[ 39] 。
ワカメの生体は褐色であるが、湯通しなど調理すると光合成色素 であるフコキサンチン 複合体が壊れるため、藻体は緑色になる。単子嚢をつける「胞子葉」の部分は特に「メカブ(和布蕪)」と呼ばれ、粘りが多いため細かく刻んでとろろ 状にして食されることも多い[ 3] [ 40] 。
茎状部や中肋の部分(茎ワカメ)はその固さから、かつて日本では一般的には食用とはされなかった。戦前 の記録では、対馬 の「メノシン」(茎状部を細く割いて干したもの[ 41] [ 42] )、下関 の「メノクキ」(茎状部を酢漬けにしたもの[ 43] )などの郷土料理 、あるいは粕漬
[ 44] 、味噌漬 [ 45] などの時間をかけた調理法が主であり、1960年代 でも利用する地域は限定的であったと思われる[ 46] 。しかしその後、1970年代 の婦人雑誌には「茎わかめ」を用いた短時間で調理可能な惣菜が紹介されるようになる[ 47] [ 48] [ 49] 。1983年 出願の特許 「くきわかめ漬物の製造方法」
[ 50] では「近時、わかめの茎部をくきわかめと称して食用に供しており、そのコリコリとした食感が好評を得ている」とされており、この頃には既に定着していたとみられる。現在は「茎わかめ」としてサラダ(図3c)や佃煮 、素材菓子 などとして利用されている。
食用ワカメは、ふつう塩蔵品 (塩ワカメ )や乾物 (乾燥ワカメ )として流通しているが(下図3d)、ワカメの収穫期である冬から春にかけては生ワカメも流通する[ 37] 。1968年 9月に有限会社コタニ海藻店が消費拡大と商品保存の簡便さを目的に、保存性生わかめの製造法特許 を取得[ 12] 。1976年 には理研ビタミン が洗浄・細断・乾燥したカットワカメ 「ふえるわかめちゃん」を発売し、同社を代表するヒット商品となった[ 51] [ 52] 。こうして簡便手軽に利用できるカットワカメは1980年代 から急速に利用されるようになり、インスタント 味噌汁やスープ 、ラーメン の具材として広く使われている。
またその他にも、日本全国各地には伝統的なワカメの保存加工法も存在し、素干しワカメ(北海道 ・東北地方 )、抄きワカメ(東北地方)、もみワカメ(北陸地方 ・長崎県 )、板ワカメ(山陰地方 )、糸ワカメ(三重県 ・徳島県 )、灰干しワカメ(徳島県 )などが知られる[ 12] 。
なお日本で「子持ちわかめ」と呼ばれるものは、ニシン の卵が産みつけられた別属別種の褐藻であるチガイソ (Alaria crassifolia ) のことである[ 53] 。
朝鮮半島
朝鮮半島 ではワカメを日本以上に多食し、韓国では1人あたりの年間ワカメ平均消費量は日本の約3倍である[ 36] [ 54] [ 55] (下図3e, f)。その優れた栄養価から妊娠中や出産後に食べる料理とされ、ワカメを茹でたスープ(ミヨックク ; 下図3e)を飲む習慣 がある[ 36] [ 54] 。また母親に感謝する意味から、誕生日 にミヨックク を飲む風習もある[ 36] [ 54] 。ただしワカメは滑らかであることから「滑る」に通じるとして、ゲン担ぎ として受験生には厳禁とされる[ 36] [ 54] 。
日本と異なり、韓国では天然ワカメと養殖ワカメに歴然としたブランド差があり、天然ワカメは非常に貴重視され高値で取引される[ 54] 。天然ワカメが取れる磯や海域は畑や田と同じ不動産扱いされ、厳しい管理の下で一族に代々相続される[ 56] 。
3d . 韓国の乾燥わかめ
3f . 韓国式ワカメサラダ
成分
乾物100グラム 中の食物繊維 [ 57]
項目
分量
食物繊維総量
68.9 g
水溶性食物繊維
9.0 g
不溶性食物繊維
59.9 g
ワカメは低カロリー であり、ミネラル や食物繊維 に富む(右表)。褐藻 に特徴的な食物繊維 であるアルギン酸 は、食後の血糖値 の上昇を緩やかにしたり、コレステロール 値を下げたり、便通 改善の効果が報告されている[ 53] [ 58] [ 59] 。またワカメ由来のペプチド 類には、アンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害作用のタイプも含まれており、ラット を用いた動物実験 では吸収されたペプチドによる血圧 降下作用が示されている[ 60] 。褐藻の光合成色素 であるフコキサンチン には、抗酸化 作用、抗肥満 作用、抗腫瘍 活性などが報告されている[ 61] [ 62] [ 63] [ 64] 。
流通
2009年 には、日本に流通するワカメは約30万トン であり、そのうち日本産のものは約6万トン、韓国 からの輸入が約3万トン、中国からの輸入は約21万トンであった(全て湿重量 に換算)[ 65] 。
日本でのワカメ生産のうち、約95%は養殖によるものとされる[ 12] [ 66] 。2019年 における日本国内の養殖での総生産は約4.5万トンであり、そのうち宮城県 が41%、岩手県 が28%、徳島県 が13%を占めていた[ 67] 。
養殖
ワカメの養殖に関しては、1937年 頃に中国東北部 で大槻洋四郎 によって予備的な実験が行われたことに始まる[ 12] 。その後、各地でさまざまな方法が検討され、1957年 に岩手県 大船渡市 末崎町 の小松藤蔵によって養殖が成功し、起業化された[ 68] 。当時の手法では、メカブ を陰干しした後に水槽に漬け、放出された遊走子をシュロ 糸でつくった採苗器に着生させ、これを海中に垂下して夏期の間は幼芽がでないように水深を管理し、秋に幼芽が出そろった頃にこのシュロ 糸を海面に設置した養殖用ロープに挟み込んで養殖する[ 12] 。ワカメの養殖は1960年代 から急速に普及し、すでに1970年代 には天然ワカメよりも養殖ワカメの生産量が多くなり、1990年代 以降はほとんど養殖ワカメに占められるようになった[ 12] 。
養殖技術にはさまざまな改良が行われており、遊走子 から発芽した配偶体 を基質に着生させずに培養した「フリー配偶体」を種苗とすることも行われている[ 11] 。フリー配偶体 を用いることで、メカブ採取・選定作業の手間を省き、培養条件を制御することで任意の時期に種苗を生産できる[ 11] 。また夏期の水温が高い西日本では、夏期に海中ではなく陸上水槽で種苗管理を行うこともある[ 12] 。
水質浄化機能
横浜市 西区 のみなとみらい地区 の地先海域では「夢ワカメ・ワークショップ」という環境教育 プロジェクトを行っており、地元の小学生 などが横浜港 でワカメを養殖している[ 69] 。ワカメには、海水中のリン や窒素 を取り込みながら成長することで富栄養化 を防ぐ効果がある。
隠語
分類
ワカメ属の種 としては、日本にはワカメに加えてアオワカメ とヒロメ が知られている。これらはワカメと同様に食用とされるが、ワカメにくらべて生産量は極めて少なく、特産物 的な扱いでほとんど流通していない[ 12] 。
アオワカメとヒロメはワカメと交雑 することが知られている[ 2] [ 12] [ 9] 。Undaria crenata Y.P. Lee & J.T. Yoon (1998 ) はワカメとアオワカメの雑種 であると考えられており[ 9] 、またワカメとヒロメの雑種もよく見られ、それらはヒロワカメとよばれている[ 12] 。遺伝子 解析からは、これら3種は生物学 的には同一種とすべきであることが示唆されている[ 9] [ 72] 。
ワカメの中には茎状部の長さや葉状部の切れ込み程度などに大きな変異があり、それに基づいて多数の種内分類群が提唱されている(下表)。ただしこれらの特徴は生育条件によって変化するため、2021年 現在ではこれらの分類群名は分類学的には用いられない。
ワカメ属の種内分類[ 1] [ 9] [ 7]
Undaria pinnatifida var. vulgaris Suringar (1873 )
Undaria pinnatifida f. subflabellata Suringar 1873 nom. nud.
Undaria pinnatifida f. elliptica Suringar (1873 ) nom. nud.
ナンブワカメ Undaria pinnatifida var. distans Miyabe & Okamura (1902 )
Undaria pinnatifida f. distans (Miyabe & Okamura ) Yendo (1911 )
藻体は狭長、茎状部が長く、胞子葉が葉状部から離れている。質がやや硬い。
Undaria pinnatifida var. elongata Suringar (1873 )
ナルトワカメ Undaria pinnatifida f. narutensis Yendo (1911 )
胞子葉が葉状部と連続している。
脚注
注釈
^ a b 「胞子葉 」は本来、維管束植物 であるシダ植物 のもつ葉について呼ばれるが[ 10] 、ワカメの持つ単子嚢を付ける器官も慣習的に胞子葉と呼ぶ。
^ 伝統的に茎状部は茎、葉状部は葉と呼ばれることもあるが、進化的起源が異なり、正確には茎と葉はともに維管束植物 の器官を指す[ 8] 。
^ 「め」は元々ワカメを指していたが、やがて海藻一般を指すようになったとする説もある[ 19] 。
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