ミルカ・シン
ミルカ・シン(Milkha Singh、1929年11月20日 - 2021年6月18日)は、インドの元陸上競技(短距離走)選手。アジア競技大会とコモンウェルスゲームズ両方の400メートル競走で金メダルを獲得した唯一の選手である[1]。愛称はフライング・シーク(The Flying Sikh)。 プロゴルファーのジーブ・ミルカ・シンは息子。 経歴1929年、イギリス領インド帝国パンジャーブ(現パキスタン・パンジャーブ州)のゴヴィンドプーラにて、シク教徒の家庭に生まれる[2]。1947年、インド・パキスタン分離独立の混乱のさなか、目の前で両親と兄弟姉妹3人を殺された[3][4][5]。 その後もヒンドゥー教徒やシク教徒の殺害が続いたため、パンジャーブを離れデリー在住の姉のもとに一時身を寄せた[6]。 1951年、インド陸軍に入隊。シカンダラーバード駐屯中、新入隊員に強制されたクロスカントリー競走で6位に入ったことで特別訓練メンバーに選抜され、本格的に陸上競技のトレーニングを開始した[4][5]。 1956年メルボルンオリンピック、1960年ローマオリンピック、1964年東京オリンピックでインド代表を務めた。1960年ローマオリンピックの400メートル決勝では4位に入賞し、この時のタイム45.73秒は、ほぼ40年間にわたってインドにおける400m走の国内最高記録だった[7] 1959年、インド政府によりスポーツにおける功績を認められ、民間人を顕彰する勲章では4番目に高位なパドマ・シュリー勲章を授与された[8]。 2008年、ジャーナリストのロヒット・ブリナートはシンを「インドがこれまでに生み出した最高のアスリート」と評した[3]。 2013年、自伝を元にした映画『Bhaag Milkha Bhaag』(邦題『ミルカ』)が公開された。 2021年6月18日、インドのチャンディーガルにて、COVID-19合併症により亡くなった[9][10]。91歳没。 脚注出典
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