例えば、X をコンパクトなケーラー多様体とし、HZ = Hn(X,Z) を X のn 次整数係数特異コホモロジー群とすると、H=HZ ⊗C は、複素係数のn次コホモロジー群となり、ホッジ理論から上記のような H の直和分解が得られ、これらのデータからウェイト n の純粋ホッジ構造が定まる。また、この場合の対応するホッジフィルトレーションを、ホッジ・ド・ラームスペクトル系列(英語版)(Hodge-de Rham spectral sequence)から得ることもできる。
[1]
代数幾何学への応用としては、複素射影多様体の周期の分類を考えることができる。すべての HZ のウェイト n のホッジ構造の集合はあまりに大きすぎるが、リーマン双線型写像を使い、それを最終的には小さくし扱いやすくすることができる。この場合の双線型写像をホッジ・リーマンの双線型写像という。ウェイト n の偏極ホッジ構造はホッジ構造 (HZ, H p,q) と HZ 上の非退化整数双線型形式 Q の2つからなる(偏極)。偏極とは H の線型性での拡張であり、次の3つの条件を満たすものを言う。
ホッジフィルトレーションでは、これらの条件は次を意味する。
ここに C は、H 上のヴェイユ作用素で Hp,q 上の C=i p-q で与えられる。
もう一つのホッジ構造の定義は、複素ベクトル空間の上の Z-次数と周回群(circle group)
U(1)の作用との間の同値性から定義することができる。この定義では、複素数 C* の乗法群の作用は、2-次元の実代数的トーラスとみなすことができ、H の上に与えられる[2]。この作用は、実数 a が an として作用するという性質を持つ。部分空間 Hp,q は、z ∈ C* が による乗法として作用する部分空間となる。
A-ホッジ構造
モチーフの理論では、コホモロジーにより一般の係数を許すことが重要となる。ホッジ構造の定義は、実数の体 R のネター的(Noetherian)部分環Aを固定することで拡張される。このときウェイト n の純粋ホッジ A-構造とは、上記のホッジ構造の定義でZを A に置き換えたもの、つまりA-加群HAとその複素化H=H⊗ACの直和分解で同様の条件を満たすもののことである。B の部分環 A に対して、ホッジ A-構造と B-構造を関係付ける基底の変換と制限という自然な函手が存在する。
混合ホッジ構造
ヴェイユ予想を基礎として、1960年代にはジャン=ピエール・セール(Jean-Pierre Serre)は特異点をもつ(可約かもしれない)完備ではない代数多様体でさえも、'仮想ベッチ数'を持つはずであることに気づいた。詳しくは、任意の代数多様体 X に多項式 PX(t) を対応させることができ、次の性質を持つことが可能であることに気づいた。
が非特異で射影的(もしくは完備)であれば、
となる。
が の閉じた代数的部分集合で であれば、
が成り立つ。この多項式を仮想ポアンカレ多項式と呼ぶ。
そのような多項式の存在は、一般的な(特異点を持った非完備な)代数多様体のコホモロジーに対しホッジ構造の類似が存在することから導出可能である。新しい特徴は、一般の多様体の n 次コホモロジーがあたかも異なるウェイトに対応する部分をもっているかのように見えることである。このことがアレクサンドル・グロタンディーク(Alexander Grothendieck)を混合モチーフ(Motive)という予想を含む理論へと導き、ホッジ理論の拡張を研究する動機を与えた。この理論はピエール・ルネ・ドリーニュ(Pierre Deligne)の仕事で頂点をなした。彼は混合ホッジの概念を導入し、それらを扱うテクニックを開発し、それらの構成を与えた(広中平祐の特異点の解消(英語版)に基礎をおき、それらをl-進コホモロジーを関連付け、ヴェイユ予想の最後の部分を証明した)。
また混合ホッジ構造には多様体の積と対応するテンソル積が自然に定まる。また、混合ホッジ構造の圏には、内部 Hom や 双対対象 も存在し、これにより混合ホッジ構造の圏は淡中圏となる。 淡中・クラインの双対(英語版)により、この圏はある群の有限次元表現の圏に同値である。ドリーニュとミルン(James S. Milne)は以上のことを明らかにした。 Deligne (1982)[3]
コホモロジーの混合ホッジ構造(ドリーニュの定理)
ドリーニュは任意の代数多様体の n 番目のコホモロジー群が、標準的な混合ホッジ構造を持つことを証明した。この構造は、函手的であり、多様体の積(キネットの定理(英語版)(Künneth theorem))やコホモロジーの積との整合性を持っている。完備で非特異な多様体 X に対しては、この構造はウェイト n の純粋ホッジ構造であり、ホッジフィルトレーション Fp は、 p より小さい次数を切り捨てたド・ラーム複体のハイパーコホモロジー(英語版)(hypercohomology)として定義することができる。
ホッジ構造や混合ホッジ構造を基礎とする機構は、アレクサンドル・グロタンディークにより予想されたモチーフという理論に対しては、大部分が未だに予想にとどまっている。非特異代数多様体 X の数論的な情報は、l-進コホモロジーに作用するフロベニウス元の固有値にエンコードされているが、複素代数多様体として考えた X から生ずるホッジ構造を共通にあるものを持っている。セルゲイ・ゲリファンド(Sergei Gelfand)とユーリ・マーニン(Yuri Manin)は1988年に彼らの著作 Methods of homological algebra の中で、他のコホモロジー群の上に作用しているガロア対称性とは異なり、形式的ではあるが「ホッジ対称性」の原点は非常に神秘的であると指摘している。ホッジ対称性はド・ラームコホモロジー上にの非完全な群 の作用を通して表現される。従って、この神秘性はミラー対称性の発見と定式化という深さを持っている。
ここに S ⊗ OX の上の自然な(平坦)接続は、S 上の平坦接続と OX 上の平坦接続 d により引き起こされる。OX は X 上の正則函数の層であり、Ω1X は X の上の1-形式の層である。この自然な平坦接続は、ガウス・マーニン接続(英語版) ∇ であり、従ってピカール・フックス方程式(英語版)で記述することができる.
混合ホッジ構造の変形 は同じ方法で定義することができ、次数を付け加えるか、もしくはフィルトレーション W に S を加える。
Deligne, Pierre (1982), Tannakian categories, in Hodge Cycles, Motives, and Shimura Varieties by Pierre Deligne, James S. Milne, Arthur Ogus, Kuang-yen Shih, Springer-Verlag, Lecture Notes in Math. 900, pp. 1–414 An annotated version of this article can be found on J. Milne's homepage.
Saito, Morihiko (1989), Introduction to mixed Hodge modules. Actes du Colloque de Théorie de Hodge (Luminy, 1987)., Astérisque No. 179-180, pp. 145–162, MR1042805