ベルトランの仮説 (英 : Bertrand's postulate )とは、フランス の数学者 ジョゼフ・ベルトラン が1845年 に発表した、
ベルトランの仮説 ― 任意の自然数 n に対して、n < p ≤ 2n を満たす素数 p が存在する
という命題である。
ベルトランの仮説 ― 任意の自然数 n に対して、n > 1 ならば n < p < 2n を満たす素数 p が存在する
ベルトランの仮説 ― 任意の自然数 n に対して、n > 3 ならば n < p < 2n − 2 を満たす素数 p が存在する
とも言い換えられる。ベルトランはこの命題を 2 ≤ n ≤ 3000000 の場合に検証し、一般の場合についての予想として提出した[ 1] 。この命題は実際には1852年 にチェビシェフ によって証明されており、現在ではベルトラン=チェビシェフの定理 (英 : Bertrand–Chebyshev theorem )、数論におけるチェビシェフの定理 (英 : Chebyshev's theorem )とも呼ばれている。
証明
ガンマ関数を使った証明
最初に得られたチェビシェフによる証明はガンマ関数 を使った高度なものであった。1919年 にシュリニヴァーサ・ラマヌジャン は、ガンマ関数を用いて、チェビシェフの証明よりも簡単な証明を与えた。
初等的な証明
1932年 にポール・エルデシュ が高校生のときに初等的な証明を与えた[ 4] [ 5] [ 6] 。
一松信 は、エルデシュによる初等的な証明をさらに解きほぐしたものを『数研通信』70号(2011年5月)に発表した[ 5] 。2013年5月には、より強い評価式による証明が発表された[ 7] 。2019年8月には、『数学セミナー 』に同様な証明が掲載された[ 8] 。
証明
その証明の概略は次の通りである。背理法による。
ある自然数 n を取ると、n < p ≤ 2n を満たす素数 p が存在しないと仮定する。
2n Cn を下と上から n の式で評価し、それを f (n ) < 2n Cn < g (n ) とおく。
y
=
log
x
x
{\displaystyle y={\frac {\log x}{x}}}
は x ≥ e で減少より、f (n ) < g (n ) は、幸いにもあまり大きくない数 n 0 以上では成り立たないと確認される。
n < n 0 のとき、n < p ≤ 2n を満たす p が存在することを確認する。
これらは矛盾。(証明終)
素数定理による証明
素数定理 により、n が十分大きいときには n と 2n の間の素数の個数は n / log n に近いことが言え、特にベルトランの仮説によって保証されている1つの素数の存在よりもより強く、より多くの素数が n と 2n の間に存在していることが分かる。しかしここで素数定理をベルトランの仮説の証明に用いるためには、n と 2n の間の実際の素数の個数が n / log n からどれだけずれているのかを評価しなければならない。この評価を得ることは可能だが、証明は入り組んだものになるし、チェビシェフによるベルトランの仮説の証明は素数定理の証明よりも前に得られていた。
ゴールドバッハの予想による証明
ゴールドバッハの予想 を真と仮定すれば、ベルトランの仮説は簡単に示せる。
ゴールドバッハの予想 ― n > 2 に対し 2n と 2n + 2 は2つの素数の和として表せる。n が素数でないとき 2n の場合の2つのうち大きい方は、n より大きく 2n − 2 より小さい。n が素数のとき 2n + 2 の場合の2つのうち大きい方は、n + 1 より大きく 2n より小さい。
この方向で次もいえる。n < p ≤ 2n を満たす素数 p が存在しないような正整数 n が存在する時、2n 以上の偶数は、2つの素数と13個の2の冪の和として表せない(上記から2つの素数の和として表せないのは自明であり、そこから導ける)。そして、2n と 2n + 2 は両方、4つの素数の和として表せない。逆に、2n と 2n + 2 が両方、5つ以上の素数の和としてしか表せないような正整数 n が存在する時、その5つ以上のうちの最大素数は n 以下である。
一般化
ポール・エルデシュ はこの命題の一般化として次の命題を証明した。
「任意の自然数 k に対して、ある自然数 N を取ると、任意の自然数 n > N に対して、n と 2n の間に素数が少なくとも k 個存在する」[ 6]
脚注
参考文献
Aigner, Martin; Ziegler, Günter M. (2018-07), Proofs from the Book (6th ed.), Springer, ISBN 978-3-662-57264-1
Erdős, Paul (1932), “Beweis eines Satzes von Tschebyschef” , Acta Litt. Sci. (Szeged) 5 : 194-198, https://www.renyi.hu/~p_erdos/1932-01.pdf
谷口隆「高校数学ではじめる整数論 第5回 ベルトランの仮説 」『数学セミナー』第58巻8号(通巻694号)、日本評論社、2019年8月、2-5頁。
Chebyshev, Pafnuty (1852), “Mémoire sur les nombres premiers.” (フランス語), Journal de mathématiques pures et appliquées, , Sér. 1: 366-390, http://sites.mathdoc.fr/JMPA/PDF/JMPA_1852_1_17_A19_0.pdf . (命題の証明は 371-382頁を参照。) また、以下の論文も参照: Tchebychev, P. (1854), “Mémoire sur les nombres premiers.” (フランス語), Mémoires de l'Académie Impériale des Sciences de St. Pétersbourg 7 : 15-33, https://www.biodiversitylibrary.org/page/37114947 .
栃折成紀「「nと2nの間に素数がある」の証明を考える―ベルトラン・チェビシェフの定理のより強い評価による証明― 」『数研通信』第76号、数研出版、2013年5月、27-29頁。
一松信「nと2nの間に素数がある―ベルトラン・チェビシェフの定理のエルデーシュによる初等的証明― 」『数研通信』第70号、数研出版、2011年5月、2-5頁。
Bertrand, Joseph (1845), “Mémoire sur le nombre de valeurs que peut prendre une fonction quand on y permute les lettres qu'elle renferme.” (フランス語), Journal de l'Ecole Royale Polytechnique, 18 (Cahier 30): 123-140, https://books.google.co.jp/books?id=WTa-qRIWckoC&pg=PA123
Ricardo, Henry J. (2005年6,7月), “Goldbach's Conjecture Implies Bertrand's Postulate” , American Mathematical Monthly 112 : 492, https://www.researchgate.net/publication/280599894
“Goldbach implies Bertrand ” (英語). Proof Wiki. 2020年9月6日 閲覧。
Ramanujan, S. (1919), “A proof of Bertrand's postulate” , Journal of the Indian Mathematical Society 11 : 181–182, http://www.imsc.res.in/~rao/ramanujan/CamUnivCpapers/Cpaper24/page1.htm
外部リンク