フライアーズカース (Friar's Carse、1923年 - 1948年) は、アメリカの競走馬。
現役中は主に短距離路線で活躍し、1925年にはアメリカ最優秀2歳牝馬(英語版)に選ばれている。繁殖牝馬としても競走馬・種牡馬の両方で成功したウォーレリックを送り出したほか、現代まで残る牝系の祖となった。
生涯
1923年、ジョン・A・ロセターによって生産された[2]。その後、母馬のプロブレムとともにサミュエル・ドイル・リドルが経営するグレンリドルファーム(英語版)の所有となり、グウィン・R・トンプキンス(英語版)が調教した[2]。
フライアーズカースは2歳の5月から6月にかけてステークス競走を3勝するなど優れた競走成績を収めた一方で、8月に発症した喘鳴症(ノド鳴り)が原因で早期の引退を余儀なくされた[2]。彼女は走るときに尻尾を振る癖があったが、それ以外は穏やかな性格だったと言われている[2]。
引退後はグレンリドルファームで繁殖入りし、同じくリドルが所有するマンノウォーとの間にスピードボート(1933年テストステークス)やウォーレリック(1941年ナラガンセットスペシャル(英語版)ほか)、ウォーキルト(1945年デモワゼルステークス(英語版))などの優秀な産駒をもうけた[2]。1948年に死亡[2]。
戦績
- 1925年
主なファミリーライン
牝系図の主要な部分(G1級競走優勝馬、日本の重賞馬、その他個別記事のある馬)は以下の通り。*は日本に輸入された馬。
- Friar's Carse 1923
- Black Carse 1927
- Speed Boat 1930(テストS)
- Swing Time 1935
- The Sward 1936
- Level Best 1938(CCAオークス)
- Uno Best 1944
- Bright Silver 1958
- Alpine Peak 1964
- Sun And Snow 1972
- Quatre Saisons 1975
- Level Lea 1950(ジョッキークラブゴールドC)
- P T Boat 1941
- Anchors Ahead 1932
- On The Level 1939
- Sally Catbird 1950
- Clever Bird 1970
- Smart Queen 1979
- Dam Clever 1985
- Honor Bound 1945
- Countess Fleet 1951(ヴァニティH)
- Fleet Empress 1970
- Fleet Victress 1972
- Minstress 1983
- Hum Along 1989
- Sultry Lass 1990
- *アリーウイン 1984
- ウェディングブーケ 1990
- ヒガシブライアン 1991
- Count of Honor 1953(ハリウッドダービー)
- Her Honor 1954
- Bold Honor 1965
- Entente 1971
- Gantlette 1974
- Pharlette 1980
- Aletta Maria 1985
- Western Wind 1995
- War Relic 1938
- War Kilt 1943
- Providence 1947
- Beactive 1954
- Beat It 1962
- Queen to Conquer 1976
- Quebrada 1990
- Gara Yaka 1991
- Silvester Lady 1998(独オークス)
- Silver Cloud 1964(グランクリテリウム)
- Prudent 1959(モルニ賞)
- Lady o'War 1956
- Distaff Decider 1967
- Nowanna 1974
- Flaming Leaves 1975
- Black Eyed Lucy 1969
- Sallys Ride 1982
- Lucy Black 1986
牝系図の出典:Galopp-Sieger
血統表
脚注
外部リンク