数学 の微分方程式 論において、ピカール=リンデレーフの定理 (Picard–Lindelöf theorem)、ピカールの存在定理 (Picard's existence theorem)、コーシー=リプシッツの定理 (Cauchy–Lipschitz theorem)、または解の存在と一意性の定理 (かいのそんざいといちいせいのていり、existence and uniqueness theorem)とは、初期値問題 の解が一意に存在するための十分条件 を与える定理 である。
定理の名前は、エミール・ピカール 、エルンスト・レオナルド・リンデレーフ (英語版 ) 、オーギュスタン=ルイ・コーシー 、ルドルフ・リプシッツ に因む。
次の初期値問題を考える。
y
′
(
t
)
=
f
(
t
,
y
(
t
)
)
,
y
(
t
0
)
=
y
0
{\displaystyle y'(t)=f(t,y(t)),\qquad y(t_{0})=y_{0}}
関数 f が y に一様にリプシッツ連続 (リプシッツ定数が t に依らないことを意味する)であり、かつ、 t に連続 しているとすると、ある値 ε > 0 に対して、区間
[
t
0
−
ε
,
t
0
+
ε
]
{\displaystyle [t_{0}-\varepsilon ,t_{0}+\varepsilon ]}
上で初期値問題の唯一の解 y (t ) が存在する[ 1] [要検証 – ノート ] 。
証明の概略
この定理の証明 は、微分方程式を変換し、不動点定理 を応用することで行われる。両辺を積分すれば、その微分方程式を満たす関数は、積分方程式
y
(
t
)
−
y
(
t
0
)
=
∫
t
0
t
f
(
s
,
y
(
s
)
)
d
s
{\displaystyle y(t)-y(t_{0})=\int _{t_{0}}^{t}f(s,y(s))\,ds}
をも満たすことになる。解の存在と一意性の証明は、ピカールの逐次近似法 によって得られる。この方法はピカール反復(Picard iteration)とも呼ばれる。
ここで関数列 φk を
φ
0
(
t
)
=
y
0
,
{\displaystyle \varphi _{0}(t)=y_{0},}
φ
k
+
1
(
t
)
=
y
0
+
∫
t
0
t
f
(
s
,
φ
k
(
s
)
)
d
s
{\displaystyle \varphi _{k+1}(t)=y_{0}+\int _{t_{0}}^{t}f(s,\varphi _{k}(s))\,ds}
と定義する。バナッハの不動点定理 を用いることで、関数列 φk が一様収束 し、その極限 関数が初期値問題の解であることを示すことができる。グロンウォールの補題 を |φ (t ) − ψ (t )| ( φ と ψ は2つの解)に適用すると、 φ (t ) = ψ (t ) となり、大域的な一意性が証明される(局所的な一意性は、バナッハ不動点の一意性の結果である)。
ピカール反復の例
解として
y
(
t
)
=
tan
(
t
)
{\displaystyle y(t)=\tan(t)}
を持つ初期値問題
y
′
(
t
)
=
1
+
y
(
t
)
2
,
y
(
0
)
=
0
{\displaystyle y'(t)=1+y(t)^{2},\qquad y(0)=0}
に関して実際にピカール反復を計算してみる。
φ
n
(
t
)
→
y
(
t
)
{\displaystyle \varphi _{n}(t)\to y(t)}
となるように
φ
0
(
t
)
=
0
{\displaystyle \varphi _{0}(t)=0}
から始めて、
φ
k
+
1
(
t
)
=
∫
0
t
(
1
+
(
φ
k
(
s
)
)
2
)
d
s
{\displaystyle \varphi _{k+1}(t)=\int _{0}^{t}(1+(\varphi _{k}(s))^{2})\,ds}
と反復すると、次のようになる。
φ
1
(
t
)
=
∫
0
t
(
1
+
0
2
)
d
s
=
t
φ
2
(
t
)
=
∫
0
t
(
1
+
s
2
)
d
s
=
t
+
t
3
3
φ
3
(
t
)
=
∫
0
t
(
1
+
(
s
+
s
3
3
)
2
)
d
s
=
t
+
t
3
3
+
2
t
5
15
+
t
7
63
{\displaystyle {\begin{aligned}\varphi _{1}(t)&=\int _{0}^{t}(1+0^{2})\,ds=t\\\varphi _{2}(t)&=\int _{0}^{t}(1+s^{2})\,ds=t+{\frac {t^{3}}{3}}\\\varphi _{3}(t)&=\int _{0}^{t}\left(1+\left(s+{\frac {s^{3}}{3}}\right)^{2}\right)\,ds=t+{\frac {t^{3}}{3}}+{\frac {2t^{5}}{15}}+{\frac {t^{7}}{63}}\end{aligned}}}
明らかに、これは既知の解
y
(
t
)
=
tan
(
t
)
{\displaystyle y(t)=\tan(t)}
のテイラー級数展開 を計算している。
tan
{\displaystyle \tan }
は
±
π
/
2
{\displaystyle \pm \pi /2}
に極を持つので、これは R 全体ではなく、
|
t
|
<
π
/
2
{\displaystyle |t|<\pi /2}
の範囲でのみ局所解に収束する。
非一意性の例
解の一意性を理解するために、次のような例を考えてみよう[ 2] 。微分方程式は停留点 (英語版 ) を持つことができる。例えば、方程式 dy / dt = ay (
a
<
0
{\displaystyle a<0}
) の定常解は y (t ) = 0 であり、これは初期条件 y (0) = 0 で得られる。別の初期条件 y (0) = y 0 ≠ 0 から始まる解 y (t ) は停留点に向かっていくが、到達には無限時間を要するので、(全ての有限時間に対する)解の一意性が保証されている。
しかし、有限時間内で定常解に到達するような方程式では、一意性は成立しない。例えば、dy / dt = ay 2 / 3 という方程式の場合、初期条件 y (0) = 0 に対応する解が y (t ) = 0 または
y
(
t
)
=
{
(
a
t
3
)
3
t
<
0
0
t
≥
0
{\displaystyle y(t)={\begin{cases}\left({\tfrac {at}{3}}\right)^{3}&t<0\\\ \ \ \ 0&t\geq 0\end{cases}}}
のように少なくとも2つ存在するため、系の前の状態は t = 0 の後の状態によって一意に決まらない。関数 f (y ) = y 2 / 3 は y = 0 で無限の傾きを持つため、リプシッツ連続ではなく、定理の仮説に反しており、一意性定理は適用されない。
その他の存在定理
ピカール=リンデレーフの定理は、解が存在することと、それが一意であることを示す。ペアノの存在定理 は存在のみを示し、一意性は示さないが、これは f がリプシッツ連続ではなく、 y において連続であることのみを仮定している。例えば、方程式の右辺が dy / dt = y 1 / 3 を初期条件 y (0) = 0 として計算すると、連続ではあるがリプシッツ連続ではない。実際、この方程式は一意ではなく、次の3つの解を持っている[ 3] 。
y
(
t
)
=
0
,
y
(
t
)
=
±
(
2
3
t
)
3
2
{\displaystyle y(t)=0,\qquad y(t)=\pm \left({\tfrac {2}{3}}t\right)^{\frac {3}{2}}}
さらに一般的なものとしてはカラテオドリの存在定理 があり、これは f に関するより弱い条件の下で(より一般的な意味での)存在を証明するものである。これらの条件は十分条件でしかないが、岡村 の定理のように、初期値問題の解が一意であるための必要十分条件も存在する[ 4] 。
関連項目
脚注
参考文献
外部リンク