ゲーデルの分類
医学的診断 目的
全身麻酔の深度の評価尺度
縮瞳 (左)と散瞳 (右)。ゲーデルの分類では瞳孔 の大きさが麻酔の深さを判定する上で大きな意味を持っていた。
ゲーデルの分類 (英 : Guedel's classification )は、全身麻酔 の深さを評価する尺度である。1937年にアーサー・ゲーデル (英語版 ) (1883-1956)によって導入されたが、現代ではほぼ使われない。
歴史
1846年後半に全身麻酔が初めて広く行われるようになって以降、麻酔深度の評価が問題となっていた。麻酔の深さを決定するために、麻酔科医 は患者 の一連の理学所見 を頼りにした。1847年にジョン・スノウ (1813-1858)[ 1] とフランシス・プロムリー(Francis Plomley)[ 2] が全身麻酔のさまざまな段階を説明しようと試みたが、一般に受け入れられた詳細なシステムを記述したのは1937年のゲーデルである[ 3] [ 4] [ 5] 。
この分類は、当時、通常モルヒネ とアトロピン で前投薬が行われた患者に、唯一の揮発性麻酔薬 であるジエチルエーテル (一般に単に「エーテル」と呼ばれる)を使用するために考案された。当時、静脈麻酔薬 はまだ一般的に使用されておらず、全身麻酔 の際に神経筋遮断薬 (サクシニルコリン やツボクラリン など)はまったく使用されていなかった。神経筋遮断薬の登場は、深い麻酔をかけずに一時的な運動麻痺 (手術に望まれる状態)をもたらすことができるため、全身麻酔の概念を変えた。ゲーデルの分類の徴候のほとんどは筋肉運動(呼吸筋 を含む)に依存しており、このような薬剤が使用されると、麻痺した患者の従来の臨床徴候は検出できなくなった[ 6] 。
日本では、1967年の時点で以下のように専門書に述べられている[ 7] 。
かようにGuedelの表の主要部分を占めた目のサインが、使用薬剤によって麻酔深度と並行しなくなる一方、呼吸や血圧さえも必要に応じて人為的にコントロールする今日、麻酔深度の判定は、昔Guedelがいったように容易ではなくなってきた。したがって今日ではGuedelの麻酔深度分類は次第に使用されなくなり、麻酔深度の呼び方も、stage of excitementであるとか、surgical stage、stage of overdosisなどの大ざっぱな使い方をするようになってきた。
—森岡亨、伊佐二久、臨床麻酔トピックス、1967年
1982年以降、米国ではエーテルは使用されていない[ 8] 。エーテルには爆発性、不快な刺激臭、覚醒遅延 などの欠点があった[ 9] 。
現在では、エーテルによる麻酔は廃れるとともに、神経筋遮断薬を含めて静脈麻酔薬による麻酔導入 が行われ、ゲーデルの分類はBISモニター などの麻酔深度モニターに取って代わられている[ 10] が、BISモニターの使用については依然として議論の余地があり、必ずしも術中覚醒 を予防はできない[ 11] 。日本においては、2024年時点、保険診療の診療報酬点数表 において、歯科の吸入鎮静法 に、ゲーデルの分類による麻酔深度判定が残っている[ 12] 。発展途上国では用いられていたため、 再評価の意義はあるとして、ゲーデルの分類はBISモニターの数値と相関することが、2004年に確認されている[ 10] 。
麻酔の4段階
ゲーデルはエーテル麻酔における各段階および徴候を以下のように記述した[ 13] 。
I期 (無痛期):全身麻酔の導入開始から意識消失 までの期間。意識はあり、皮膚は潮紅し、反射 は麻酔薬による影響を受けていない。
Ⅱ期 (興奮期):意識消失から自動呼吸automatic breathingの開始まで。睫毛反射 は消失するが、その他の反射すなわち、咳、嘔吐などがある。呼吸が不規則になり、息こらえを伴うこともある。この段階で手術を行うと、交感神経系の緊張がおこって心室細動 が起こり、麻酔死の多くがこの時期に起こるとされた。
Ⅲ期 (外科的麻酔期):自動呼吸の開始から呼吸麻痺まで。以下の4つの相(plane)に分けられる。
第Ⅰ相-自動呼吸の開始から眼球運動の停止まで。眼瞼反射は消失し、嚥下反射も消失する。眼球はゆっくりと左右に動く。結膜反射はこの相が進むと消失する。呼吸は十分に強く、規則正ししく、胸式呼吸 と腹式呼吸 が同程度。
第Ⅱ相 - 眼球運動が停止する。喉頭反射(咳嗽反射 )は消失する。 角膜反射 と腹膜反射はこの相の後半で消失する。筋は中等度に弛緩し、 呼吸の振幅は小さくなる。
第Ⅲ相 -肋間筋 麻痺の開始からその完了まで。肋間筋麻痺は進行し、代償的に横隔膜呼吸 が増強する。瞳孔は散大し、対光反射 は僅かにしか認められない。筋弛緩は著しい。
第Ⅳ相-完全な肋間麻痺となり、呼吸は完全な腹式呼吸となる。呼吸数 は増えるが、弱い呼吸となり分時換気量 は著減する。やがて、呼吸停止 となる。瞳孔は散大し、血圧は急速に低下していく。この段階で手術を行うことは危険とされた。
Ⅳ期 :呼吸停止 から心停止 まで。麻酔薬の過剰投与による延髄の麻痺で、呼吸停止と血管運動虚脱を伴う。大きく散瞳 し、筋肉は弛緩する。
第III期Ⅳ相の徴候が現れた場合、あらゆる手段を講じて麻酔を浅くするようにすべきとされた[ 13] [ 注釈 1] 。
1954年、ジョセフ・F・アルトゥシオ(Joseph F. Artusio)は、ゲーデルの分類における第1段階をさらに3つの相に分けた[ 14] 。
第1相: 患者は健忘 にも鎮痛 にも至らない。
第2相 患者は完全な健忘に陥るが、鎮痛は不完全。
第3相 患者は完全な鎮痛・健忘状態となる。
脚注
注釈
出典
^ John Snow and Meyer Joubert. Five stages of narcotism; On the inhalation of ether in surgical operation, London, 1847
^ Plomley Francis (1847). “Operations Upon Tiie Eye” . The Lancet 49 (1222): 134–135. doi :10.1016/s0140-6736(00)59337-4 . https://zenodo.org/record/1767128 . (reprinted in classical file, Survey of Anesthesiology 1970, 14, 88)
^ Lunn, John N.『Lecture notes on anaesthetics 』(2. ed)Blackwell Scientific、Oxford、1982年。ISBN 978-0-632-00983-1 。https://archive.org/details/lecturenotesonan0000lunn_p5i9/mode/1up 。
^ Guedel AE. Inhalation anesthesia, Ed 2, New York, 1951, Macmillan
^ Guedel, Aruthur E. (March-April 1937). “Inhalation Anesthesia: A Fundamental Guide.” (英語). Anesthesia & Analgesia 16 (2): 119. ISSN 0003-2999 . https://journals.lww.com/anesthesia-analgesia/citation/1937/03000/inhalation_anesthesia__a_fundamental_guide_.19.aspx .
^ Laycock, J. D. (1953). “Signs and stages of anaesthesia; a restatement”. Anaesthesia 8 (1): 15–20. doi :10.1111/j.1365-2044.1953.tb12284.x . PMID 13008025 .
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^ Carlsson C, Karlsson JP, Daniels FB, Harwick RD. The end of ether anesthesia in the USA. In: Fink BR, Morris LE, Stephen CR, eds. Proceedings 3rd International Symposium on the history of Anesthesia. Atlanta, Georgia. Wood Library - Museum of anesthesiology, Illinois. 1992: 100–2.
^ 小項目事典, ブリタニカ国際大百科事典. “エーテル麻酔(エーテルますい)とは? 意味や使い方 ”. コトバンク . 2024年9月7日 閲覧。
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^ McCulloch, T. J. (2005). “Use of BIS Monitoring Was Not Associated with a Reduced Incidence of Awareness”. Anesthesia & Analgesia 100 (4): 1221; author reply 1221–2. doi :10.1213/01.ANE.0000149022.48021.24 . PMID 15781568 .
^ “K002 吸入鎮静法(30分まで) | 歯科診療報酬点数表 | しろぼんねっと ”. shirobon.net . 2024年9月9日 閲覧。
^ a b 幡谷正明 (1962). “全身麻酔の段階と徴候” (pdf). 日本獣医師会雑誌 15 : 2-6. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvma1951/15/1/15_1_2/_pdf .
^ Artusio JF. Di-ethyl ether analgesia: a detailed description of the first stage of ether analgesia in man. J Pharmacol Exp Ther 1954, 111, 343-334