クリ
クリ(栗、学名:Castanea crenata)は、ブナ科クリ属の落葉高木。クリのうち、各栽培品種の原種で山野に自生するものは、シバグリ(柴栗)またはヤマグリ(山栗)と呼ばれる、栽培品種はシバグリに比べて果実が大粒である。また、シバグリもごく一部では栽培されている。クリの仲間は日本種、中国種、アメリカ種、イタリア種があるが、植物分類学上の種としてのクリは、日本種(ニホングリ)のことを指す。 名称和名「クリ」の語源は諸説あり、食料として古くから栽培され、果実が黒褐色になるので「黒実(くろみ)」になり、これが転訛して「クリ」と呼ばれるようになったという説[3]、樹皮や殻が栗色というところから樹名になったという説[4]、クリとはもともと「小石」という意味の古語で、かたい殻を持つ落ちた実を小石に例えてクリと呼んだという説[4][5]などがある。日本では野生種はヤマグリ(山栗)と呼ばれ、果実が小さいことからシバグリ(柴栗)とも言い[3]、これを改良した園芸種がニホングリ(日本栗)である[6]。中国植物名は栗(りつ)[7]。中国のシバグリが、甘栗(天津甘栗)として市販される栗である[3]。 英語名のチェストナッツ(Chestnut)は、いがの中の果実がいくつかに分かれている様子から、部屋の意味の Chest から命名されている[4]。学名のクリ属を表すラテン語のカスタネア(Castanea)は、実の形から樽を意味するカスクに由来する[4]。日本の栗は、学名でカスタネア・クレナータ(Castanea crenata)と呼ばれる種で、クリ属の中でいわゆる日本種の中心をなすものである[4]。 分布日本と朝鮮半島南部原産。北海道西南部から本州、四国、九州の屋久島まで、および朝鮮半島に分布する[4][8]。暖帯から温帯域に分布し、特に暖帯上部に多産する場合があり、これをクリ帯という。北海道では、石狩低地帯付近まであるが、それより北東部は激減する[4]。 日当たりの良い山地、丘陵などに自生する[3]。ただし、現在では広く栽培されているため、自然分布との境目が判りにくい場合がある。中華人民共和国東部と台湾でも栽培されている。 世界的には、クリの仲間は北半球の温帯に広く分布しており、日本種(クリ: Castanea crenata)、中国種(シナグリ(中国グリ): Castanea mollissima)、アメリカ種(アメリカグリ: Castanea dentata)、イタリア種(ヨーロッパグリ(西洋グリ): Castanea sativa)などがそれぞれの地方に自生し、栽培されてきている[4]。 形態・生態落葉性高木で、高さ15メートル (m) [3]、幹の直径は80センチメートル (cm) 、あるいはそれ以上になる[9]。樹皮は暗灰褐色で厚く、老木の樹皮は縦長に深くて長い裂け目を生じる[9][10]。一年枝は赤褐色で、無毛か少し毛が残る[10]。 葉は短い葉柄がついて互生し、葉身の長さ8 - 15 cm、幅3 - 4 cmの長楕円形か長楕円状披針形で、先端は鋭く尖り、基部は円形からハート形をしており[9]、やや薄くてぱりぱりしている。葉の表は濃い緑色でつやがあり、裏はやや色が薄くて細かい毛で覆われ、淡黄色の腺点が多数ある[9][11]。葉縁には鋭く突き出した小さな鋸歯が並ぶ[9]。葉は全体にクヌギによく似ているが、鋸歯の先端部はクヌギほど長く伸びない[11][12]。秋に実が熟すころには、葉も紅葉して色づき始め、黄色や黄褐色に変化して散っていく[5]。地上に落ちた葉は褐色となって、樹下の林床を覆う[5]。 雌雄同株、雌雄異花で、6月を前後する頃に開花する[8][9]。花序は長さ10 - 20 cmの紐のような穂状で、斜めに立ち上がりながら先は垂れ、全体にクリーム色を帯びた白色である[9][13]。花序の上部には多数の雄花がつき、下部に2、3個の雌花がつく[8]。個々の花は小さいものの、白い花穂が束になって咲くので葉の緑を背景によく目立つ。クリの雄花の匂いは独特で、すこし精臭を帯びた青臭い生臭さを持つのがあり[8][14]、香りも強く、あたり一帯に漂う[9]。クリは自家受粉しない[8]。ブナ科植物は風媒花で花が地味のものが多いが、クリは虫媒花で、雄花の匂いをまき散らしてハエやハチのなかまの昆虫を呼び寄せて、他家の花粉を運ばせる[8][9]。一般に雌花は3個の子房を含み、受精した子房のみが肥大して果実となり、不受精のものはしいなとなる。 秋(9 - 10月頃)に実が茶色に成熟すると、いがのある殻斗が4分割に裂開して、中から堅い果実(堅果であり種子ではない)が1個から3個ずつ現れる[9][13]。果実は単に「クリ(栗)」、または「栗の実」と呼ばれ、普通は他のブナ科植物の果実であるドングリとは区別される。また、毬状の殻斗に包まれていることからこの状態が毬果[注釈 1]と呼ばれることもあるが、中にある栗の実自体が種子ではなく果実であるため誤りである。実の香りの主成分はメチオナール(サツマイモの香りの主成分)とフラノン(他にはイチゴやパイナップルに含まれている)。無胚乳種子である。 冬芽は枝の先端に仮頂芽、側芽は互生してつき、丸みのある三角形でクリの実に似ている[10][12]。冬芽の芽鱗は3 - 4枚つく[10]。葉痕は半円形で、維管束痕は多数ある[10]。
下位分類ニホングリは実は大きいが甘味が少なく、「筑波」「丹沢」などの品種がある[15]。京都産として知られるタンバグリ(丹波栗)は、主に「銀寄」(ぎんよせ)という大ぶりな品種である[15]。
栽培温帯域に広く分布してきたクリは、それぞれの地方で自生し、古くから栽培されてきた[4]。年間平均気温10 - 14℃、最低気温が -20℃を下回らない地方であれば栽培が可能で、日本においてはほぼ全都道府県でみられる。平安時代には京都の丹波地方で栽培が盛んになり、日本各地に広まった[15]。生産量は、茨城県、熊本県、愛媛県、岐阜県、埼玉県の順に多い。また、名産地として丹波地方(京都府、大阪府、兵庫県)や長野県小布施町、茨城県笠間市が知られる。これらの地域では「丹波栗」のようなブランド化や、クリを使った菓子・スイーツ開発による高付加価値化、イベント開催による観光誘客への活用が進められている[16]。 シナグリなどと比較して、渋皮剥皮が困難であり、生食用用途では渋皮を直下の果肉とともに削り取る作業が必須である。特にこのことが近年の家庭におけるクリの需要を低下させる原因となってきた。そのような中、農研機構において、シナグリ並に渋皮剥皮性の優れるクリ品種「ぽろたん」(2007年10月22日品種登録)が育成された[17]。
自治体及び旧自治体は作況調査市町村別データ長期累年一覧による。作況調査2014年版によると、沖縄県以外の46都道府県で収穫実績あり。そのうち33都府県は収穫量100トン以上となっている。ブランドでは丹波栗が有名で、兵庫県の丹波・亀岡市から大阪府の能勢町にかけて産出され、文禄年間(1592 - 1596年)のころから米に代わるものとして栽培が盛んになったものである[19]。
利用クリの実は人類史上において食料として古くから重用されてきた。縄文時代には食料であるほか、建築材、木具材として極めて重要な樹木であった[8]。果実加工品の例として、甘みがある栗焼酎の醸造[22]や茶飲料[23]、花は蜂蜜を採取する蜜源植物としても利用される。
食用日本において、クリは縄文時代初期から食用に利用されていた。長野県上松町のお宮の森裏遺跡の竪穴建物跡からは1万2900年前〜1万2700年前のクリが出土し、乾燥用の可能性がある穴が開けられた実もあった。縄文時代のクリは静岡県沼津市の遺跡でも見つかっているほか[25]、青森県の三内丸山遺跡から出土したクリの実のDNA分析により[26]、縄文時代には既にクリが栽培されていたことがわかっている。 クリの実は、一般の果樹が樹上に成る実をもいで採取するのとは異なり、落ちた実をいがに気をつけながら拾う[19]。野生種(ヤマグリ・シバグリ)は、栽培種よりも堅果は小さいが、甘味が強く、非常に濃厚な味わいがある[27][28]。栽培種のオオグリ(大栗)は、野生種から改良されたものである[13]。ナッツの一種で、実は固い鬼皮に包まれ、鬼皮を剥くと内側は薄い渋皮に覆われている[6]。食材としての旬は、9 - 10月で、実の鬼皮にハリとツヤがあり、虫食いがなく、重みのあるののが商品価値が高い良品とされる[6]。 『延喜式』には乾燥させて皮を取り除いた「搗栗子(かちぐり)」や蒸して粉にした「平栗子(ひらぐり)」などの記述がある[29]。 現代においては、ほんのりとした甘さを生かして石焼きにした甘栗、栗飯(栗ご飯)、栗おこわの具、茶碗蒸しの種、菓子類(栗きんとん、栗羊羹、渋甘煮、甘露煮など)の材料に広く使われている[30][28]。シンプルに、焼き栗や茹で栗にしてもおいしく食べられる[30]。 ヨーロッパでも広く栽培・利用され、焼き栗の他、マロングラッセに仕立てたり、鶏の中にクリを詰め込んでローストにしたり、煮込み料理などにする[30]。またイタリアではクリを粉にしてパンやクレープ、ケーキ、ニョッキなどに利用する[31]。
栄養価は高く、可食部100グラム (g) あたりの熱量が164キロカロリー (kcal) と高カロリーで炭水化物を多く含み、ビタミンB1・B2、ビタミンC、カリウム、葉酸なども多い[15][32]。 クリの実を長期間おいておくと、水分が抜けて実が縮んで虫も入ってしまうため、紙などにくるんで冷蔵保存するのがよく、皮を剥いたクリの実は、茹でてから冷凍保存することもできる[6]。 材木としての用途材木は、堅くて重く、腐りにくいという材質を有する[14][33]。このような性質から建物の柱や土台[34]、鉄道線路の枕木[14]、家具等の指物に使われたが、近年は資源量の不足から入手しづらくなった。成長が早く、よく燃えるので、細い丸太は薪木やシイタケ栽培のほだ木として利用できる[34]。縄文時代の建築材や燃料材はクリが大半であることが、遺跡出土の遺物から分かっている。三内丸山遺跡の6本柱の巨大構造物の主柱にも利用されていた[33]。触感は松に似ているが、松より堅く年輪もはっきりしている。強度が高いのが特長だが堅いため加工は難しくなる[33]。楢よりは柔らかい。 薬用中国で薬用とされているクリは甘栗(板栗〈ばんりつ〉)で、日本では1種だけ自生するが、これも薬用にされる[7]。 薬用部位は種仁(栗の実)、葉と、総苞(いが)で、それぞれ栗子(りっし)、栗葉(りつよう)、栗毛毬(りつもうきゅう)と称する[7]。種仁は秋、葉は春から秋、いがは夏から秋に採集して、なるべく緑色が残るように日干し乾燥して薬用に用いる[3][7]。葉にはカロチンとタンニンを含み、樹皮、渋皮にも多量のタンニンを含む[3]。タンニンは腫れを引かせる消炎作用と、細胞組織を引き締める収斂作用がある[3]。 民間療法では、食欲不振、下痢、足腰軟弱に、種仁(実)1日量400グラムを水に入れて煎じてから3回に分けて飲むか、ふつうに食べても良い[7]。また、ウルシ、イチジク、ギンナンなどの草かぶれ、クラゲ、チャドクガ、ムカデなどの毒虫刺されや、ただれ、湿疹などに、1日量15 - 20グラムの乾燥葉やイガを600 ccの水で半量になるまでとろ火で煎じて冷やし、煎液をガーゼなどに含ませて冷湿布する用法が知られる[3]。葉は浴湯料としても用いる[7]。また、口内炎、のどはれ、扁桃炎にも、この煎液を使ってうがいすると良いと言われている[3]。いが(栗毛毬)を1日量5 - 10グラムを600 ccの水で煎じて服用もするが、胃腸の熱を冷ます作用があるので、熱がないときには使用禁忌とされる[7]。 蜜源植物クリは蜂蜜の蜜源植物としても重要である。かつて栗蜜は、色が黒くて、味は劣るとして売れず、ミツバチが越冬するための植物として使われていた[8]。しかし、栗蜜には鉄分などのミネラル類が多く、味も個性的でよい評価に見直されて、ブルーチーズとよく合うと推奨されてイタリア産の栗蜜需要も増えている[8]。 病虫害戦前に中国から持ち込まれたクリタマバチにより、昭和20年代には日本全土に存在した100種を超える品種の大半が消滅した。現在栽培されている品種は、その後育成されたクリタマバチに対する抵抗性品種である[36]。クリタマバチ被害については、1979年以降、クリタマバチの天敵であるチュウゴクオナガコバチがクリの主産地で放飼されたことにより被害が激減した。 次に問題となっているのが、クリシギゾウムシによる果実被害である。これまでは、収穫後の臭化メチルによるくん蒸を主として防除がなされていたが、臭化メチルガスは温室効果が高いため、全廃されることが決定した(2005年に全廃する予定であったが、2015年まで不可欠用途申請されて使用されていた)。臭化メチルくん蒸の代替技術としてヨウ化メチルが登録されたが、ヨウ素の逼迫による価格上昇や、臭化メチルに比べて沸点が高く扱いにくいなどの理由で、製造が中止された。代替法としては、氷蔵庫(壁面に不凍液を循環させて庫内温度を高湿度のまま一定に保つ保冷庫)によって -2℃で3週間程度貯蔵する氷蔵処理と、50℃のお湯に30分間浸漬する温湯処理が確立されている。 日本のクリはシナグリに次いでクリ胴枯病に対する抵抗性が高い。 著名な個体国の天然記念物その他
クリにまつわる文化・作品
脚注注釈出典
参考文献
関連項目外部リンク
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