キルビーオ・ベラス
キルビーオ・アルベルト・ベラス・ペレス(Quilvio Alberto Veras Perez, 1971年4月3日 - )は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身の元プロ野球選手(二塁手)。 経歴1992年はA級コロンビアで打率.319・10三塁打・66盗塁・84四球・出塁率.441、1993年はAA級ビンガムトンで打率.306・52盗塁・91四球・出塁率.430[2]を記録するなど、俊足と選球眼を発揮。1994年11月29日にカール・エバレットとの交換トレードでフロリダ・マーリンズへ移籍[1]。 1995年は開幕メジャー入りを果たし、4月25日のロサンゼルス・ドジャースとの開幕戦に「1番・二塁」で先発出場しデビュー[3]。レギュラーに定着し、打率は.261と低いながらも56盗塁・80四球・出塁率.384を記録し、ルーキーながら最多盗塁のタイトルを獲得。ルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票では野茂英雄、チッパー・ジョーンズに次ぐ3位に入った[4]。1996年は73試合の出場で僅か8盗塁と低調な成績に終わり、11月21日にダスティン・ハーマンソンとの交換トレードでサンディエゴ・パドレスへ移籍[1]。 1997年は33盗塁と復活。1998年も24盗塁・84四球・出塁率.373と役割を果たし、チームは2年ぶりの西地区優勝。チームはポストシーズンを勝ち上がって14年ぶりのリーグ優勝を果たしたが、ニューヨーク・ヤンキースとのワールドシリーズでは4連敗で敗退。自身もポストシーズン通算で打率.204・17三振・盗塁0[5]と振るわなかった。1999年12月22日にブレット・ブーン、ライアン・クレスコ他1選手との交換トレードで、ウォーリー・ジョイナー、レジー・サンダースと共にアトランタ・ブレーブスへ移籍[1]。 2000年は打率.309・出塁率.413・25盗塁と好調を維持していたが、7月14日のボルチモア・オリオールズ戦で右膝の前十字靭帯を損傷し、シーズンを終えた[6]。2001年は不振で8月7日に解雇[1]。8月19日にボストン・レッドソックスと契約するが、10月15日にフリーエージェントとなる[1]。その後2002年12月9日にドジャースと契約[1]するがメジャー昇格はならず、引退。 詳細情報年度別打撃成績
獲得タイトル・表彰・記録
脚注
関連項目外部リンク |
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