キバハリアリ属
![]() ![]() ![]() ![]() キバハリアリ属(キバハリアリぞく、牙針蟻属)とは、昆虫綱ハチ目アリ科キバハリアリ亜科に属するアリのグループである。別に英名Bulldog antsを直訳した「ブルドッグアリ」の名が使われることがある。 キバハリアリ亜科は本属とマリーキバアリ属( Nothomyrmecia )の2属により構成される[2]。 概要キバハリアリ亜科は、有袋類等と同様、オーストラリア大陸の隔離された環境で遺留し生き残った原始的な動物のグループである。ハリアリの祖先から非常に古く分化したもので、ナガフシアリ亜科に近縁と推測されている。 およそ90種が知られる。 1770年にオーストラリア大陸に達したジェームス・クックの調査隊の採集品の中に、史上初記録となるキバハリアリ亜科の1種が含まれており、1775年、デンマークの動物学者ヨハン・クリスチャン・ファブリキウスによって記載された。当時既知の全てのアリと同属と見なされFormica gulosaと記されたこの種は、シドニー付近で採集されたと推測されており、今日知られるキバハリアリの基準種Myrmecia gulosaのことである。 ファブリキウスは1804年に新属Myrmecia(キバハリアリ属)を創設するが、この時は姿の似るアギトアリも同属に含められていた。また以後も、腹柄が2節あることからフタフシアリ亜科、ハリアリ亜科などに所属が二転三転したが、21世紀現在では独自の亜科=キバハリアリ亜科に落ち着いている。 形態キバハリアリという和名の通り、頭部と同寸以上の長い大顎と、腹端にある毒針が発達する。 体長は働きアリの場合、最小の種で4mm、大型種では37mmに達し、アリとしては非常に大型の種を含む。働きアリの体長が25mm以上の種は、25mm=1インチに因んで「インチ・アンツ」と呼ばれる。キバハリアリ亜科基準種であるM.Gulosaもインチ・アンツである。 女王アリ以外の雌が職蟻としての多型を示さない種が多いが、例外もみられる。 一方、女王自体が多型的な様相を呈する場合がある。通常誕生する有翅型女王の他、短翅型女王、働きアリのように働く職蟻型女王が出現する種が存在する。このような飛翔能力を持たない女王は歩行により比較的近距離の巣別れを行うもので、他のハリアリ類にも同様の例がみられる。 雌の大顎が極めて長大に発達するのが、本亜科の外部形態上の大きな特徴である。その内縁には多くの場合、鋸状の内歯がみられる。しかし、雄にはそのような特徴は全く無く、体格的にも雌と同種とは思えぬほど非常に貧弱な印象を受けるものばかりである。 本亜科のアリの原始的な特徴として、攻撃対象を刺すことのできる有剣類のハチの共有派生形質である毒針を維持していることが挙げられる。 彼らの多くの種は脚が長く発達し高速で歩行できるが、これは乾燥地帯に棲み、獲物となる動物が少ないことから、標的を確実に捕らえられるよう発達適応したといわれる。視覚が発達し複眼が他のアリに比べ大きい他、明瞭な単眼を3つ備える。 触角は先端が棍棒状に膨らまない糸状で、これは原始的なアリの特徴である。 生態分布本属は全種がタスマニアを含むオーストラリアの乾燥地帯を中心に生息する。大陸中央の砂漠地帯にはみられず、沿岸部に生息が集中する。ニュージーランドに生息する1種の個体群は人為移入と考えられている。また、ニューカレドニアにも固有種が1種確認されている。 オーストラリア大陸において本亜科のアリの分布域は非常に広大で、彼らは同国民にもよく知られる昆虫である。しかし、その生息密度は薄い。 生息環境キバハリアリの仲間は日照の豊かな乾燥地帯を好む。このような環境は他の多くのアリが好まないものでもあり、原始的なアリであるキバハリアリが温存された理由の一つと考えられている。 ユーカリによるまばらな林や貧弱な草原は特にキバハリアリ亜科の生息に好適で、多くの種類が棲む。逆に、森林や湿気の多い環境は好まれず、元々明るく乾燥していた生息地に樹木があまり生い茂ってくると、キバハリアリたちは姿を消してしまう。 これらの土地で彼らは、他のアリと同じく地下に巣を構えて社会生活を営む。 食性・営巣彼らは捕食性であり、おもに他の節足動物を捕らえて女王や幼虫の餌にする。働きアリ自身はおもに液状の餌を摂取して活動エネルギー源としており、ユーカリの樹液や、樹上でカイガラムシの分泌する甘露なども対象となる模様である。 彼らは昼間、その発達した視覚も活用して獲物を探すが、夜間も活動している。巣の外では行列を作るなどして大集団の行動をとることはなく、1〜数頭単位で出かけ、餌を探す。餌は主に昆虫類であるが、比較的小型の両生類や爬虫類なども狩りの対象からは外れない。 狩りにおいて働きアリたちはその長大な大顎を、標的の殺傷、切断よりもむしろ捕縛、固定に用いており、然る後腹部の針から注入する強力な毒でとどめを刺す。 獲物は多くの場合巣へ運搬ののち解体され幼虫と女王に提供されるが、キバハリアリたちはそれらの餌をあまり器用に細かく裁断したり団子状に加工したりはできず、より進化の進んだアリに比べると食べ滓が多く残る傾向にある。巣内には等脚類、甲虫等多様な好蟻性生物が寄生しており彼らの分解活動の果たす役割が大きいと想像されているが、確認はされていない。充分餌を摂り成熟した幼虫は繭を作って蛹化するが、自らの吐く糸だけでは繭を形成できず、働きアリが繭形成を補助する基質(砂など)のある部屋に連れてゆき、それらを幼虫の体になすりつける。何らかの理由で巣内の繭形成の基質が不足していると、幼虫は繭を作らぬまま前蛹となり、働きアリに殺され餌にされてしまう。あるいはまた、幼虫の段階で殺され食べられたり、巣外やゴミ捨て場に運ばれ捨てられたりする、といった現象も起きる。これらの採餌、給餌、育児プロセス上の一連の特徴は、同じく原始的なアリで姿の似たアギトアリやクワガタアリ等の多くとも共通する。 幼虫から給餌要求を示された時に手持ちの餌が無い場合、働きアリはすぐさま自ら産卵し、その卵を幼虫に給餌する。この卵は栄養卵と呼ばれ、女王が生む卵よりも柔らかい。栄養卵は餌として使用されることが多いが、餌にされずに約1ヶ月経つと正常に孵化し、個体が育つ。ただし、働きアリは未交尾であることが多いため、誕生するのは多くの場合染色体が1本しかない個体=雄である。 通常、アリの女王は季節環境変化や何らかのイレギュラーに見舞われぬ限り、一旦産卵を開始するとほぼ一定間隔、等速で卵を産み続ける。しかし、キバハリアリ亜科の女王は、特定の短期間に、一度にまとめて産卵する。このため、キバハリアリの巣内にいる幼虫はサイズや齢が均等なばらつきを示さず、それらの揃った個体が一定数集まって育てられている傾向にある。 闘争行動非常に好戦的で獰猛な性質のアリとして知られ、巣に近付くものがあれば、働きアリたちはそれが自分の体格よりもはるかに大型の生き物であっても躊躇なく攻撃する。特にインチ・アンツに属する大型種は、巣に近づいただけでも威嚇行動をとり、さらに、逃げても5〜10m程度なら後を追ってくる。 コロニーの異なる同種間、異種間同士でも激しく争いあい、Myrmecia pilosulaという種は、体長の数倍以上の高さを跳ね上がって攻撃してくるので「Jumping ant」とも呼ばれる。他属のアリ同様に繁殖期には結婚飛行を行う。 またユーカリなどの樹木の近くにも巣を構えているが、そこではユーカリの出す甘い蜜や汁を目当てにしており、ユーカリはアリにそれを提供する代わりに、自身を食べようとする生き物を撃退させる番犬の役割を担わせている。その為ユーカリを食べようとする生き物が来れば、アリはその生き物を一斉に攻撃する。 毒性インチ・アンツに刺された場合、その痛みは1週間程度は続き、最大3ヶ月残る場合もあるという。 小型種は「ジャンパー」と総称され、行動生態上の分類では「前方跳躍蟻」と呼ばれる。「後方跳躍蟻」であるアギトアリが後方に飛び退くのに対し、彼らは獲物や敵に向かって、前方へ跳躍する。「ジャンパー」に刺された場合の痛みは2〜3時間程度の継続で済むが、以後むずがゆさは5日程度残るという。 集団で襲いかかって注入する猛毒に刺された場合、「人間でも30箇所以上刺されると死ぬ」とまで云われ、現地でも「殺人アリ」と呼ばれて恐れられている。多くの箇所を刺されなくても、アナフィラキシーショックの危険があるため油断すべきではない。 種類と系統キバハリアリ属はどの種も、長い大顎と脚、そして猛毒を持つ針を備えている。
おもな種オオキバハリアリ亜属(M. gulosa species group)
Jumping jacks亜属(M. pilosula species group)
nigrocincta亜属(M. nigrocincta species group)
脚注
参考文献
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