カール・メンガー (英 : Karl Menger 、1902年 1月13日 - 1985年 10月5日 )は、オーストリア およびアメリカ合衆国 の数学者 。
経歴
父親は、著名な経済学者カール・メンガー である。
主に代数学、曲線と次元の理論、幾何学を研究した。さらに、ゲーム理論 や社会科学 にも貢献している。ハンス・ハーン に学び、1924年にウィーン大学 から博士号を取得。ライツェン・エヒベルトゥス・ヤン・ブラウワー に招かれ、アムステルダム大学 で教壇に立つ。1925年、ウィーンに戻り、1928年に教授職を得る。1928年から1936年までウィーンで非公式の数学コロキウム を組織し、G.C.エヴァンズ(Griffith C. Evans)、カール・シュレジンガー、オスカー・モルゲンシュテルン 、エイブラハム・ウォールド 、ジョン・フォン・ノイマン 、三村征雄 、水谷一雄 (1897-1981)、山田雄三 らが出席した。クルト・ゲーデル はメンガーの教え子である。
1937年から1946年までアメリカのノートルダム大学 の教授を務める。1946年から1971年まで、シカゴ のイリノイ工科大学 の教授を務めた。また、一時期デューク大学 でも教壇に立った。
業績
最も有名な業績はシェルピンスキーのカーペット を3次元化したメンガーのスポンジ である(誤って、シェルピンスキー のスポンジと呼ばれることもある)。これは、カントール集合 とも関連している。
「メンガーのスポンジ」のコンピュータグラフィックス
アーサー・ケイリー と共に、距離幾何学法 の基礎を築いたとされる。特に直接測定できる物理量 で(距離の比率として)角度と曲率の概念の定義を定式化した。それらの定義で使われている特有の数式をケイリー=メンガー行列式 と呼ぶ。
また、メンガーの定理 にも名を残している。
1920年代に社会科学と哲学を中心として活動したウィーン学団 でも活発な動きを見せた。そのころメンガーは、経済学 の効用理論 を応用して、サンクトペテルブルクのパラドックス の重要な結果を証明した。その後、オスカー・モルゲンシュテルン と共にゲーム理論 についても業績を残した。
脚注
注釈
出典
参考文献
Crilly, Tony, 2005, "Paul Urysohn and Karl Menger: papers on dimension theory" in Grattan-Guiness, I., ed., Landmark Writings in Western Mathematics . Elsevier: 844-55.
池尾, 愛子 (2006), 日本の経済学:20世紀における国際化の歴史 , 名古屋大学出版会
外部リンク