オーディン (競走馬)
オーディン(1989年4月5日 - )は、新潟県競馬組合に所属していた競走馬。 馬齢は2000年まで使用されていた旧表記(数え年)を用いる。 来歴父・ノーザンテーストは1971年生まれのカナダ産馬で、世界的大種牡馬・ノーザンダンサー産駒。社台グループ総帥・吉田善哉の長男である照哉によって、将来的に種牡馬として供用されることを前提に購入され、現役時はフランスで走って20戦5勝。フォレ賞などを制し、引退後は日本競馬の歴史を塗り替える大種牡馬となった。 戦績1991年(旧3歳)12月7日に中山でデビューするも、僅か1戦で登録を抹消される。1992年(4歳)に新潟の向山勝厩舎へ移籍し、転入初戦を勝利で収めたものの、同年はこの1戦のみで終わる。1993年(5歳)は開幕から連勝街道を歩み続け、転入から9連勝を挙げる。大一番の新潟グランプリで格上挑戦するも、距離が長くなった影響もあり10着と惨敗。初遠征となった南部杯[1]ではスタートからハナに立ち、最後の直線で猛追するトウケイニセイに交わされ2着。続く新潟記念[2]ではグランプリホースのイチヨシクイーンを抑え、見事に快勝。1994年(6歳)は同年から重賞に格上げされ、同時に地方招待競走にもなった平安ステークス[3]へ参戦。スタートから果敢に先頭へ立ち、直線半ばでも前を譲らなかったが、トーヨーリファールにゴール直前で交わされ、クビ差の2着と惜敗。丁度この頃、テレビ朝日「ニュースステーション」が密着取材をしていたこともあり、知名度が全国区となる。その後は3戦連続3着と敗れ、休養を挟んでシーサイドオープン・南部杯と挑戦するも、いずれも惨敗。新潟グランプリでは移籍してきたナリタハヤブサ(結局不出走)を抑え、堂々とファン投票1位で選ばれるも8着と惨敗。続く2戦も共に2着と勝ちきれなかった。1995年(7歳)以降は全く結果を残せず、9戦して2着が僅か1回という成績で1996年(8歳)に引退。 引退後引退後は新潟県競馬の誘導馬として活躍するも、県競馬が2002年1月に廃止。廃止後は栃木県那須塩原市の「地方競馬全国協会研修センター」で基本馬術用の馬として働いている。 競走成績
血統表
脚注 |
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