オシャグジタケ (Cynomorium coccineum ) は多年生 の寄生植物 である。オシャグジタケ科は単型 。他の植物との関係は未確定である。珍しい植物で、乾燥した砂地・岩場、または海岸・塩沼 などの土壌塩分が多い場所で生育する。欧州・アラブ・中国において、古くから薬草として用いられていた。Maltese fungus ・Maltese mushroom ・desert thumb ・red thumb ・tarthuth (ベドウィン) ・鎖陽 suo yang (中国)などの呼び名がある[ 1] [ 2] 。
形態
葉緑素 を持たず、光合成 を行わない。生活史のほとんどの期間で地中植物 であり、宿主の根から栄養を得ている。花序 は春に地中から現れ、鱗状の葉に覆われた、分岐しない肉質の茎に付いている。色は暗赤色から紫で、15–30cmの棍棒状の花序に、真紅の細かい花が密に咲く[ 3] 。花は甘いキャベツ様の香りを放ち、ハエを惹きつけて送粉する。受粉した花は黒化する[ 2] 。果実は小さく、堅果 である[ 4] 。
地中海地域ではハンニチバナ科 ・ヒユ科 などの耐塩植物、他の地域ではヒユ科・ギョリュウ科 、中国ではハナビシ科 [ 5] (特にNitraria sibirica )に寄生する。ハマアカザ属 に寄生するという報告もある[ 2] 。
南方熊楠 が、1913年 に発表した文章で、中国で健陽剤とされる鎖陽という草、学名を「チノモリウム・コクチネウム」という「狗の陽物に似た」ものを「蛇菰(ツチトリモチ)科」と紹介している[ 6] ように以前はツチトリモチ科 とされていたが、分子系統 解析によるとユキノシタ目 、中でもベンケイソウ科 に近いというデータがある[ 7] 。一方、バラ目 に属するという研究もある[ 8] 。
分布
Cynomorium coccineum var. coccineum [ 9] は地中海地域に自生する。カナリア諸島 のランサローテ島 からモーリタニア ・チュニジア ・バーレーン 。スペイン ・ポルトガル ・イタリア 南部・サルデーニャ ・シチリア島 ・マルタ ・地中海東部沿岸など。イラン ・サウジアラビア ・アフガニスタン でも見られる。
Cynomorium coccineum var. songaricum [ 10] は中央アジア ・モンゴル の標高の高い地域で見られる。別種としてCynomorium songaricum という学名が与えられることもある。中国では鎖陽 (suo yang)と呼ばれ、漢方薬 として性的不安 や夢精 の治療に用いられた[ 7] [ 11] 。
歴史
デイビッド・アッテンボロー は、初期の博物学者は特徴説 (英語版 ) に基いて陰茎 に似た形態からこの植物が勃起不全 などに有効だと考えたのではないかと推測している。血のような色から貧血 などの血の病気に効くとも考えられた[ 2] 。また南方熊楠 は、『本草綱目 』にある「清血を増す」この植物についての「野馬や蛟竜が遺精し」た後へ生え、「里の淫婦がこれに就いて合すれば陰気を得て勃然怒長す」という記述を引き、この植物が「はなはだ陽物に似ておる」からかかる「汚名を受けた」と書き[ 6] さらに「人の懐中充て込みで」生きる関係で「一夜にたちまち膨張勃興する力が驚くべき」為だと言っている[ 12] 。十字軍 は乾燥させた花序を持ち歩き、傷の治療に用いた[ 2] 。
脳卒中 ・赤痢 ・性病 ・高血圧 ・嘔吐・月経不順 などの治療にも用いられた[ 2] 。
中国では、7世紀の将軍薛仁貴 の軍隊が瓜州県 において籠城した際、この植物を食べて生き延びた逸話が伝えられており、このことからその城は、鎖陽城と改名されている[ 2] 。その後、元 時代に薬草としてモンゴルに持ち込まれた。1347年、朱丹渓 (Zhu Danxi) により Bencao Yanyi Buyi (神農本草経 の補足)内で、勃起不全や足弱に効く丸薬、虎潛丸 (Huquian Wan) の材料として初めて触れられている[ 2] 。
16世紀、聖ヨハネ騎士団 はこの植物を珍重し、欧州の王室にサンプルを送っている。当時はキノコ だと考えられており、「マルタ のキノコ」を意味する"fungus melitensis "という名で知られていた。騎士団はゴゾ島 沿岸にある自生地"Fungus Rock "を注意深く保護しており、盗難を防ぐために岩の周囲を滑らかに磨き上げるほどだった。この岩は自然保護区に指定され、現在でも立ち入りは制限されている[ 2] 。
中世、アラブの医師からは"tarthuth "・"the treasure of drugs"と呼ばれた。9世紀のキンディー による処方では、本種は皮膚の痒みをとる軟膏の成分とされている。その後、アル・ラーズィー は本種を痔 ・鼻血・機能性子宮出血 (英語版 ) の治療に用いた[ 2] 。
サウジアラビアでも"tarthuth"と呼ばれる。上記の用途の他に、疝痛 ・消化性潰瘍 に効く煎薬としても用いられた。また、長旅をするベドウィン によって、皮を剥いた中の白い部分が食用とされた。甘くて心地よい渋みがあり、リンゴの香りがすると言われている。ラクダの餌ともなる[ 2] 。
救荒食物 としても用いられた。最後に用いられた記録は19世紀のカナリア諸島である。避妊薬 ・歯磨剤 ・退色しない真紅の染料 などの用途もある[ 2] 。
"
Fungus coccineus Melitensis Typhoides " from
Icones et Descriptiones rariarum plantarum… ,
w:Paolo Boccone (1674)
"
Cynomorion "
ミケーリ の『新しい植物類』(1729)から
"Malteserschwamm" (with "
Cytinus hypocistus " 〔
ママ 〕, left) from
Pflanzenleben: Erster Band: Der Bau und die Eigenschaften der Pflanzen , by
Anton Joseph Kerner von Marilaun and Adolf Hansen (1913)
活性成分
アントシアニン 配糖体・トリテルペノイドサポニン ・リグナン などを含んでいる[ 2] 。
薬効成分に関する研究では暫定的に、伝統的な幾つかの用途が有効だとされている。抽出物にはHIV 阻害、血流改善・血圧低下の作用があり、勃起不全に効くホルモン様作用があるかもしれない[ 2] 。
脚注
^ Blamey, M. & Grey-Wilson, C. , Wild Flowers of the Mediterranean , p33, A&C Black, London (2004)
^ a b c d e f g h i j k l m n ITM Online: CYNOMORIUM: Parasitic Plant Widely Used in Traditional Medicine , by Subhuti Dharmananda, Ph.D., plus The Treasure of Tarthuth , by R.W. Lebling, Jr. (accessed 19 April 2011, 22:24 GMT)
^ UBC Botanical Garden: Botany Photo of the Day , 26 Feb 2008 (accessed 19 April 2011, 22:24 GMT)
^ DELTA (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
^ MOBOT Saxifragales (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
^ a b 『南方熊楠全集第六巻』平凡社刊 1971年 66頁
^ a b [1] Nickrent, D.L., Der , J.P. and Anderson , F.E, Discovery of the photosynthetic relatives of the "Maltese mushroom" Cynomorium , BMC Evolutionary Biology Vol 5:38 (2005) (accessed 19 April 2011, 22:24 GMT)
^ MOBOT : Cynomoriaceae (placed under Rosales) (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
^ World Checklist of Selected Plant Families (2010). Royal Botanic Gardens, Kew (accessed 19 April 2011, 22:44 GMT)
^ World Checklist of Selected Plant Families (2010). Royal Botanic Gardens, Kew (accessed 19 April 2011, 22:44 GMT)
^ Flora of China 13:434 (2007) (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
^ 『南方熊楠全集第六巻』平凡社刊 1971年 71頁
外部リンク
Parasitic Plant Connection : Cynomoriaceae (includes distribution map and links to many online photographs) (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
"Cynomoriaceae" . Flora of China . eFloras.org, Missouri Botanical Garden , St. Louis, MO & Harvard University Herbaria , Cambridge, MAより。 (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
"Cynomoriaceae" . Flora of Pakistan . eFloras.org, Missouri Botanical Garden , St. Louis, MO & Harvard University Herbaria , Cambridge, MAより。 (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
eFloras.org, South China Botanical Garden Herbarium : Cynomoriaceae (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
Harvard Flora of China 13:434 (2007) (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
"Cynomorium" . World Checklist of Selected Plant Families (WCSP) . Royal Botanic Gardens, Kew . (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
DELTA : Cynomoriaceae Lindl. (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
MOBOT : Cynomoriaceae (placed under Saxifragales) (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
GRIN : Family: Cynomoriaceae Engl. ex Lindl. (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
ITIS : Cynomoriaceae (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
NCBI : Cynomoriaceae (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)
Tropicos: Cynomorium (accessed 20 April 2011, 20:44 GMT)