アントシアニン

構造式
アントシアニジン R1 R2 R3 R4 R5 R6 R7
ペラルゴニジン H OH H OH OH H OH
シアニジン OH OH H OH OH H OH
デルフィニジン OH OH OH OH OH H OH
オーランチニジン H OH H OH OH OH OH
ルテオリニジン OH OH H H OH H OH
ペオニジン OCH3 OH H OH OH H OH
マルビジン OCH3 OH OCH3 OH OH H OH
ペチュニジン OH OH OCH3 OH OH H OH
ヨーロピニジン OCH3 OH OH OH OCH3 H OH
ロシニジン OCH3 OH H OH OH H OCH3

アントシアニン英語: anthocyanin)は、植物界において広く存在する色素である。日本語では花青素とも呼ばれる。果実や花に見られる、赤や青や紫などを呈する水溶性の色素群として知られるアントシアン英語: anthocyan)に分類される化合物の中で、アントシアニジン英語: anthocyanidin)がアグリコンとして糖鎖と結びついた配糖体が、アントシアニンである。植物の抗酸化物質としても知られる。

色素

植物の代表的な色素としては、比較的水溶性の高いフラボノイドベタレイン、逆に親油性のカロチノイドクロロフィル、合わせて4つの化合物群が挙げられる[1]。これらの中でフラボノイドの中に、アントシアニンは分類される。高等植物では普遍的に見られる物質であり、花や果実の色の表現に役立っている。

構造

アグリコンであるアントシアニジン部位の B環(構造式右側のベンゼン環部分)のヒドロキシ基の数によりペラルゴジニンシアニジンデルフィニジンの3系統(表参照)に分類され、糖鎖の構成により様々な種類がある。B環上のヒドロキシ基がメトキシ化 (−OCH3) された物(ペオニジンマルビジンペチュニジンなど)も存在する。糖鎖の結合位置は、A 環(構造式左側の二環構造)の3位(荷電酸素原子から時計回りで数える。B環結合部位の下)と5位(同じくA環左半下側)のヒドロキシ基が主である。

発色団

pHによるシアニジンの構造変化。
pHによるシアニジンの構造変化。

発色団とは、分子の化学構造の中で、光が当たった際に、特定の波長を強く吸収して、色を出す部分を指す。アントシアニンの発色団は、共役系が広がるアントシアニジンの部分であり、ここがヒトの可視光線の波長域の一部を吸収するため、ヒトの視覚では色が付いて見える[注釈 1]

pHの影響

アントシアニンの色はpH によって著しく変化し、一般に、酸性では赤っぽくなり、塩基性では青っぽくなる[1]。したがって、ある種の酸塩基指示薬として機能する。中性溶液の色はペラルゴニジンは鮮赤色、シアニジンは紫色、デルフィニジンは紫赤色である。これが、例えばシアニジンの場合は、酸性条件下で赤色に変化し、塩基性条件下で青色ないしは青緑色に変化する。また、pH 11を超えた場合には、カルコン型への開環が起こる。

糖鎖の影響

アントシアニンの発色団は、基本的にアントシアニジンの部分である。しかし、それに結合した糖鎖も色に影響を与える場合がある。例えば、アグリコンであるアントシアニジンの、3位のみに糖鎖が付いた物よりも、3位と5位の両方に糖鎖の付いた物の方が、色の濃い傾向が見られる。

また、これはキキョウやトリカブトなどの花の例だが、これらの青や青紫の色は、アントシアニジンに結合している糖に、フェノール性の有機酸などが結合しており、この結合した有機酸が自身の色調を調整して出している色である[2]

共存する金属イオンの影響

アントシアニンの色は、共存する金属イオンの影響も受ける[3]。これは、アルミニウムマグネシウムなどの様々な金属イオンとキレート錯体を形成し、その色調が変化するためである。

これはアジサイの例だが、アジサイの花はアントシアニンの色だけでなく、植物体中のアルミニウムの量によって影響を受ける事が知られている。酸性の土壌では、土壌中のアルミニウムが溶出し易く、結果として植物中のアルミニウムイオンの濃度が増すため、花は青味が強くなる傾向にあるのに対して、植物中のアルミニウムの濃度が低いと赤味が強くなる傾向が見られる[1]

デルフィニジン-3-グルコシドの鉄(III)錯体

生合成

アントシアニジンは、複数の段階を経て植物体内において生合成される。チロシンおよびフェニルアラニンを原料として、4-ヒドロキシケイヒ酸(4-クマル酸)を作る[4]。つまり、ここまでは植物で行われるフェニルプロパノイドの生合成経路である。なお、4-ヒドロキシケイヒ酸が持つベンゼン環の部分が、アントシアニジンのB環である[5]。4-ヒドロキシケイヒ酸にCoAを結合させて4-クマロイルCoAを作る。

これとは別に、マロニルCoAを3分子も併せて、フラバノン(ナリンゲニン)を合成する。ここで、アントシアニンの生合成経路は、他のフラボノイドの分岐する[5]。ここからは、ロイコアントシアニジンを経由して、アントシアニジンは生合成される。さらに、必要に応じて、糖が結合される。

利用

すみれ色」はアントシアニン類の色である。

色を利用して(主に布の)染料や食品の着色料として利用されてきた[6]。アントシアニンは食用植物に普遍的に存在する物質であり、飲食した場合でも比較的安全性は高いと考えられる。

アントシアニン類を研究する上で、分離には主に高速液体クロマトグラフィーが用いられ、個々のアントシアニン類の特定には主に分光光度計が用いられる。

健康食品

フレンチパラドックスにより赤ワイン中のプロシアニジンが注目され[7]、幾つかの研究が実施された。その1つ、有賀ら(2000)の報告[8]によると、動物実験では抗酸化性に由来すると考えられる薬理作用が見出され、ヒトでは筋疲労を抑制し、運動による過酸化脂質の増加を抑制したとの実験結果が得られた[8]。薬理作用は完全には解明されておらず、日本ではアントシアニンを薬効成分とした医薬品も認可されていない。ただし、欧米では代替医療が伝統的に認められているという社会背景から、医薬品として利用される物もある。

国立健康・栄養研究所によれば、俗に「視力回復に良い」「動脈硬化や老化を防ぐ」「炎症を抑える」などと言われているが、ヒトでの有効性・安全性については、信頼できるデータが十分ではない」とされている[9]。その内訳は、血圧に影響がなしとの2016年のメタ分析、コレステロール値を改善するとの2016年のメタ分析、心血管リスク低下との2014年のメタ分析、食事由来の場合食道がんリスク低下との2017年のメタ分析、食事由来で上気道消化管がんと大腸がんのリスク低下したものの、その他は関連なしとの2017年のメタ分析、乳がんとの関連がないという2013年のメタ分析、その他個別のランダム化比較試験である[9]

72人と59人での偽薬対照クロスオーバー試験2研究では、暗順応と夜間視力の改善は見られず、光退縮後の視力の回復は早くなっていた[10]

2018年のメタ分析は、サプリメントでインスリン抵抗性の指標(糖尿病の指標)を改善することを発見した[11]。2018年のメタ分析は、サプリメントで脂質プロファイル(脂質異常症の指標)を改善することを発見した[12]

ブルーベリー中のアントシアニンは、微生物を利用した醗酵処理を行うと29パーセント減少し、殺菌処理を行うと46パーセント減少した[13]

育種的利用

植物育種学において、これまで存在していなかった花色の品種を育成する目的の基礎研究としてアントシアニンが研究されている。これらの研究の応用では、青いキク青いバラ青いカーネーションが作出された。これらはデルフィニジン生合成に関与する酵素 flavonoid 3',5'-hydroxylase の cDNA をカンパニュラペチュニアパンジーから単離して、遺伝子組換えによって組み込み、発現させて達成された。

アントシアニンを含む植物の例

脚注

注釈

  1. ^ 発色団と言っても、ヒトの可視光以外の波長の光を吸収する発色団も含める場合がある。このため、敢えて「ヒトの」と断りを入れてある。参考までに、共役系の広がった構造の場所、つまり、発色団に直接結合した孤立電子対を有した置換基は、助色団と総称され、これは発色団の吸光度を増やす傾向が出る。本稿で関係する助色団は、水酸基メトキシ基である。なお、結合した原子団によっては、逆に発色団の吸光度を減らす場合もある。他に、発色団が吸収する波長域を、動かす原子団も存在する。

出典

  1. ^ a b c 幸田 泰則・桃木 芳枝(編著)『植物生理学 - 分子から個体へ』 p.155 三共出版 2003年10月25日発行 ISBN 4-7827-0469-0
  2. ^ 幸田 泰則・桃木 芳枝(編著)『植物生理学 - 分子から個体へ』 p.156 三共出版 2003年10月25日発行 ISBN 4-7827-0469-0
  3. ^ 幸田 泰則・桃木 芳枝(編著)『植物生理学 - 分子から個体へ』 p.157 三共出版 2003年10月25日発行 ISBN 4-7827-0469-0
  4. ^ 幸田 泰則・桃木 芳枝(編著)『植物生理学 - 分子から個体へ』 p.147 三共出版 2003年10月25日発行 ISBN 4-7827-0469-0
  5. ^ a b 幸田 泰則・桃木 芳枝(編著)『植物生理学 - 分子から個体へ』 p.148 三共出版 2003年10月25日発行 ISBN 4-7827-0469-0
  6. ^ 三菱化学フーズ. “赤色系”. 着色料. 2012年6月28日閲覧。
  7. ^ 片岡茂博、有賀敏明、赤ワインの有効成分プロアントシアニジン : なぜ赤ワインが体に良いのか ファルマシア 1998年 34巻 10号 p.998-1002, doi:10.14894/faruawpsj.34.10_998
  8. ^ a b 有賀敏明、細山浩、徳武昌一、山越純、プロアントシアニジンの機能性解明と開発 日本農芸化学会誌 2000年 74巻 1号 p.1-8, doi:10.1271/nogeikagaku1924.74.1
  9. ^ a b アントシアニン - 素材情報データベース<有効性情報>(国立健康・栄養研究所) 更新2018/05/28。2018年9月24日閲覧.
  10. ^ Kalt W, McDonald JE, Fillmore SA, Tremblay F (November 2014). “Blueberry effects on dark vision and recovery after photobleaching: placebo-controlled crossover studies”. J. Agric. Food Chem. 62 (46): 11180–11189. doi:10.1021/jf503689c. PMID 25335781. 
  11. ^ Daneshzad E, Shab-Bidar S, Mohammadpour Z, Djafarian K (July 2018). “Effect of anthocyanin supplementation on cardio-metabolic biomarkers: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials”. Clin Nutr. doi:10.1016/j.clnu.2018.06.979. PMID 30007479. 
  12. ^ Shah K, Shah P (2018). “Effect of Anthocyanin Supplementations on Lipid Profile and Inflammatory Markers: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials”. Cholesterol 2018: 8450793. doi:10.1155/2018/8450793. PMC 5937577. PMID 29850238. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5937577/. 
  13. ^ Nie Q, Feng L, Hu J, Wang S, Chen H, Huang X, Nie S, Xiong T, Xie M (March 2017). “Effect of fermentation and sterilization on anthocyanins in blueberry”. J. Sci. Food Agric. 97 (5): 1459–1466. doi:10.1002/jsfa.7885. PMID 27384605. 
  14. ^ よくある質問 りんご編 |JA全農あおもり 2015年12月9日閲覧

関連項目

外部リンク