『イワン雷帝 』(イワンらいてい、ロシア語 : Иван Грозный ) 作品 116 は、セルゲイ・プロコフィエフ が未完に終わったセルゲイ・エイゼンシュテイン の映画3部作、『イワン雷帝 』(1942年-1944年)とその続編(1946年)のために作曲した映画音楽。
概要
このプロジェクトは人気を博した『アレクサンドル・ネフスキー 』(1938年)に続く、プロコフィエフにとって2作目となるエイゼンシュテインとの共同制作であった。礼拝用歌曲でない部分のテクストの大半は、『アレクサンドル・ネフスキー』のテクストでもプロコフィエフと共作を行ったウラジーミル・ルゴフスコイ (英語版 ) が執筆した。
「第1話」の主題はイヴァン4世 の統治時代の初期、1547年から1565年である。彼の戴冠、ボヤール の力を抑えようという意志、結婚、1552年のカザン襲撃 、治癒の見込みの薄い病、最初の妻アナスタシア の毒殺、オプリーチニキ の組織、退位が扱われている。
「第2話」には「ボヤールの陰謀」という副題が付されており、1565年から1569年までが扱われる。アンドレイ・クルプスキー 公のポーランド・リトアニア合同 への逃亡、イヴァンのモスクワ総主教 フィリップ2世 との論争、ボヤールの策謀、オプリーチニキの過剰、ボヤールとイヴァンのおばが企てた武力政変、エウフロシニヤ・スタリツカイヤ (英語版 ) 、彼女の息子ウラジーミル・アンドレエヴィチ の殺害、国内の敵対勢力に対するイヴァンの勝利が描かれている。
映画音楽の総譜はプロコフィエフの生前には出版されなかった。1961年に作曲者の弟子だったレヴォン・アトヴミアンの手で独唱者、合唱と管弦楽のためのオラトリオ へと編曲された。しかし、この編曲が演奏できるようになる前に、1961年のモスクワ で語り手、独唱者、合唱と管弦楽のためのオラトリオとしての形で演奏会形式での初演が行われることになった。この時指揮 をしたアブラム・スタセヴィチはエイゼンシュテインの映画の劇判でも指揮をしていた。
1973年に作曲家 のミハイル・チュラキ と振付師 のユーリー・グリゴローヴィチ は、プロコフィエフの映画音楽を基にバレエ『イワン雷帝』を創らないかと持ち掛けられた。バレエは1975年に初演を迎える。その後の演奏用編曲にはマイケル・ランケスターが構成したオラトリオ(1989年)やクリストファー・パーマー による演奏会用脚本などがある。もとの映画音楽の全編復元版も出版、録音されている。
歴史
演奏史
映画『イワン雷帝』(第1部)は1944年12月30日に公開された。続編の『ボヤールの陰謀』(第2部)の公開は1958年まで待つことになる。
フランク・シュトローベル が復元した映画音楽の演奏会初演はムジークフェスト・ベルリン開催中の2016年9月16日に、コンツェルトハウス・ベルリン の大ホールで映画を上映しながら行われた。この時の管弦楽はベルリン放送交響楽団 、合唱はベルリン放送合唱団 、独唱はコントラルト のマリナ・プルデンスカヤ、バス のアレクサンドル・ヴィノグラードフ が務めた。
出版史
1958年 「映画『イワン雷帝』のための音楽から歌と合唱」 レヴォン・アトヴミアンが『ソヴィエツカヤ・ムジカ』誌で声楽譜を発表、6曲が収録される[ 1] 。
'The Black Cloud'
'Ocean-Sea'
'Song of Praise'
'The Swan'
'The Cannoneers'
'Song about the Beaver'
1960年 「カンタータ、オラトリオ、映画からの歌曲、合唱」 レヴォン・アトヴミアンが『Sovetskiy Kompozitor』で声楽譜を発表。『イワン雷帝』の楽曲も収められる[ 2] 。
'The Oath of the Oprichniki'
'Song of Fyodor Basmanov and the Oprichniki'
'Song of the Oprichniki'
1997年 『イワン雷帝』映画音楽草稿、総譜がMarina RakhmanovaとIrina Medvedevaの編集によりハンブルク のハンス・シコルスキ から出版される[ 3] 。
2016年 『イワン雷帝』劇判譜、総譜がフランク・シュトローベル編でハンブルクのハンス・シコルスキから出版される。
楽器編成
2つの映画音楽はいずれもコントラルトまたはメゾソプラノ を1人(「Ocean-Sea」と「Song about the Beaver」において)、バリトン またはバスを1人(「Song of the Oprichniki」において)、バスを1人(「Many Years!」において)、混声合唱 を必要とする。
ピッコロ 、フルート 2、オーボエ 2、コーラングレ 、クラリネット 3、小クラリネット 、バスクラリネット 、アルト・サクソフォーン 、テナー・サクソフォーン 、ファゴット 4、コントラファゴット 、ホルン 5、トランペット 5、トロンボーン 3、テューバ 2、ティンパニ 、大太鼓 、小太鼓 、トライアングル 、タンブリン 、シンバル 、タムタム 、鐘 、教会の鐘、グロッケンシュピール 、シロフォン 、ウッドブロック 、むち 、ハープ 、ピアノ 、弦五部 。
草稿の楽曲
プロコフィエフの草稿に遺されている楽曲を下表に示す。表の順番は項目行にあるボタンをクリックすることで並び替えできる。ページの更新(パソコンの場合はF5キー押下)をすることで元の並びに戻すことが出来る。
'S'と書かれた列には、映画版の総譜を復元した出版社のハンス・シコルスキが付した番号が表示されている(並び替え処理の都合により1桁の番号には0を追加してある)。'A'は付録(Anhang)の意で、この中にはプロコフィエフが編曲もしておらず彼の『イワン雷帝』の総譜に書き込まれていない、礼拝用楽曲が含まれている。
Key
桃色
映画の第1部にのみ使用
青色
映画の第2部にのみ使用
紫色
第1部、第2部の両方に使用
灰色
第1部、第2部ともに未使用
No.
S
原題
英訳
作曲者
編成
01
01
Увертюра
Overture
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
02
02
Смерть Глинской
Death of Glinskaya
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
03
03
Марш молодого Ивана
March of the Young Ivan
プロコフィエフ
管弦楽
04
04a
Океан-море
Ocean-Sea
プロコフィエフ
独唱、合唱、管弦楽
05
04b
Океан-море
Ocean-Sea
プロコフィエフ
管弦楽
06
05
Шуйский и псари
Shuyskiy and the Huntsmen
プロコフィエフ
管弦楽
07
A01
Кирие элейсон
Kyrie eleison
典礼音楽
合唱
08
A02
Софрониевская херувимская песнь
Sofroniy's Cherubic Song
修道院の歌、カスタルスキー 編曲
合唱
09a
06
Многая лета!
Many Years!
伝承歌、プロコフィエフ編曲
合唱、鐘
09b
A03
Многая лета!
Many Years!
伝承歌
合唱
10
07
Величание
Praise Song
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
11
08
Лебедь
The Swan
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
12
09
Юродивый
The Holy Fool
プロコフィエフ
管弦楽
13
10
Бунт
The Riot
プロコフィエフ
管弦楽
14
11
Выход татар
Entrance of the Tatars
プロコフィエフ
管弦楽
15
12
Пушки движутся на Казань
The Cannons Move to Kazan
プロコフィエフ
管弦楽
16
13
Палатка Ивана
Ivan's Tent
プロコフィエフ
管弦楽
17
14
Степь татарская
Tatar Steppe
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
18
15
Пушкари
The Cannoneers
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
19
16
Татары
The Tatars
プロコフィエフ
管弦楽
20
17
Трубы Курбского
Kurbskiy 's Trumpets
プロコフィエフ
金管合奏
21
18
Атака
Attack
プロコフィエフ
管弦楽
22
19
Зависть Малюты
Malyuta's Jealousy
プロコフィエフ
管弦楽
23
20
Казань взята
Kazan is Taken
プロコフィエフ
管弦楽
24
A04
Душе моя
My Soul
オビホード
合唱
25
A05
Многомилостиве Господи
Most Merciful Lord
オビホード
合唱
26
21
Иван умоляет бояр
Ivan Implores the Boyars
プロコフィエフ
管弦楽
27
22
Болезнь Анастасии
Anastasiya 's Illness
プロコフィエフ
管弦楽
28
23
Отравление Анастасии
The Poisoning of Anastasiya
プロコフィエフ
管弦楽
29
A06
Вечная память
Eternal Remembrance
オビホード
合唱
30
A07
Со святыми упокой
Rest with the Saints
オビホード
合唱
31
A08
Сам един еси
Thou Alone
オビホード、ヴィノグラドフ編曲
合唱
32
24
Иван у гроба Анастасии
Ivan at Anastasiya's Coffin
プロコフィエフ
管弦楽
33a
25
Клятва опричников
Oath of the Oprichniki
Prokofiev
Chorus, orchestra
33b
25
Клятва опричников
Oath of the Oprichniki
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
34
26
Вернись!
Come Back!
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
35
27
Фанфары
Fanfares
プロコフィエフ
金管合奏
36
27a
Полонез
Polonaise
プロコフィエフ、付随音楽『ボリス・ゴドゥノフ』作品70a-10より
管弦楽
37
A09
Не рыдай мене, мати
Do not Sob for Me, Mother
イワノフ
合唱
38
A10
Уне тебе бяше, Иудо
It Were Better for You, Judas
典礼音楽
合唱
39a
28a
Дивен Бог
Wondrous is God
ボルトニャンスキー
合唱、鐘
39b
A11
Дивен Бог
Wondrous is God
ボルトニャンスキー
合唱
40a
28b
Пение отроков
Singing of the Boys
プロコフィエフ
3人の少年
40b
A12
?
We Are Innocent and at Their Mercy
?
3人の少年
41
29
Песня про бобра
Song about the Beaver
プロコフィエフ
独唱者、管弦楽
42
30a
Пляски опричников: Хаотическая пляска
Dances of the Oprichniki: Chaotic Dance
プロコフィエフ
管弦楽
43
30b
Пляски опричников: Организованная пляска
Dances of the Oprichniki: Orderly Dance
プロコフィエフ
管弦楽
44
31
Куплеты опричников
Song of the Oprichniki
プロコフィエフ
独唱者、合唱、管弦楽
45
31a
Куплеты опричников
Song of the Oprichniki
プロコフィエフ
管弦楽
46
32a 32b
Хор опричников
Chorus of the Oprichniki
プロコフィエフ
合唱、管弦楽
47
32c
Убийство Владимира
Vladimir 's Murder
プロコフィエフ
管弦楽
48
33
Выход Ивана
Entrance of Ivan
プロコフィエフ
管弦楽
演奏には約100分を要する。
楽曲の中には2つの部分に分けられるものがあり、そうした音楽は映画の中で異なる形で用いられ方をしている。
「Overture」の前半部分は管弦楽による「A Storm Approaches」(イワンの主題)であり、ライトモティーフ として両映画の中で頻繁に使用されている。後半部分は合唱による「The Black Cloud」であり、序曲の一部として両映画の開始部で使用されるだけである。
「The Death of Glinskaya」の前半部分は映画第2部で8歳のイワンの母が服毒した回想に伴って流れる。後半部分は合唱による「On the Bones of our Enemies」であり、歌われた部分はどちらの映画にも使用されていない。
「Come Back!」の前半部分はイワンの退位後に人々が懇願する合唱を描いている。後半部分は「Finale」(「A Storm Approaches」の変奏)として両映画を締めくくる役割を果たす。
イワンの主題
イワンの主題
イワンの主題は次の楽曲中に登場する。
「Overture」(A Storm Approaches)
「Ivan's Tent」
「Ivan at Anastasiya's Coffin」
「Come Back!」(Finale)
出典
^ GSCMMC-Sikorski (2000: p. 10)
^ Kravetz (2010: p. 5
^ GSCMMC-Sikorski (2000: p. 1)
参考文献
Glinka State Central Museum of Musical Culture, Moscow, and Musikverlag Hans Sikorski, Hamburg, The complete music for the film 'Ivan the Terrible' , notes to CD NI 5662/3, Nimbus Records Ltd. 2000
Kravetz, Nelly, An Unknown Ivan the Terrible Oratorio , Three Oranges Journal No. 19, 2010
Palmer, Christopher, Ivan the Terrible: Concert Scenario , notes to CD CHAN 8977, Chandos Records Ltd. 1991
外部リンク