アドルフ・サイモン・オックス (Adolph Simon Ochs、1858年 3月12日 - 1935年 4月8日 )は、アメリカ合衆国 の新聞発行人であり、『ニューヨーク・タイムズ 』紙などのオーナーである。
若年期と初期のキャリア
オックスはオハイオ州 シンシナティ のドイツ系ユダヤ人 の家庭に生まれた。両親ともにドイツからの移民だった。父のユリウス(Julius)はバイエルン の出身で、1846年に渡米した[ 1] 。ユリウスは高度な教育を受け、6つの言語に堪能であり、南部各地の学校で教師をしていた。南北戦争 中は北軍を支持していた[ 2] 。母のベルタ(Bertha、旧姓レビ(Levy))はプファルツ地方 の出身で、1848年革命 の際に難民として渡米した。1853年にユリウスと結婚するまではアメリカ南部 に住んでおり、南北戦争では南部に同情的だった。しかし、考え方の違いはあっても2人が離婚することはなかった[ 3] 。
南北戦争終結後、一家はテネシー州 ノックスビル に引っ越した[ 3] 。ノックスビルでアドルフは公立学校に通い、空いた時間には新聞配達をした[ 1] 。11歳のとき、『ノックスビル・クロニクル』紙の編集者ウィリアム・ルール (英語版 ) のもとで雑用係として働いた。1871年にはロードアイランド州 プロビデンス で食料品店の店員をしながら夜間学校に通った。その後、ノックスビルに戻り、しばらくの間薬屋の見習いをしていた[ 4] 。1872年、『ノックスビル・クロニクル』紙に戻って印刷見習い工(printer's devil )となり、編集部での様々な雑用を行った[ 3] 。
父親はノックスビルの小さなユダヤ人コミュニティの宗教指導者であり、その収入を補うためにオックスの兄弟たちも同じ新聞社で働いていた。『ノックスビル・クロニクル』紙はノックスビルで唯一の共和党 支持・リコンストラクション 支持の新聞だったが、オックスは、南軍の積極的な支持者であった詩人のエイブラム・ジョセフ・ライアン (英語版 ) 神父を同社の顧客にしていた[ 5] 。
オックスは19歳の時、家族から借りた250ドルで『チャタヌーガ・タイムズ (英語版 ) 』の支配権を買収し、その発行人になった。翌年、オックスは『トレーズマン』(The Tradesman)というビジネス紙を創刊した。また、南部アソシエイテッド・プレスの共同創設者の一人となり、その社長を務めた。
ニューヨーク・タイムズ
1896年、38歳の時、『ニューヨーク・タイムズ 』の記者ヘンリー・アロウェイ (英語版 ) から、財務上の損失とニューヨーク市 内の競合他社の多さから、同紙を格安で買収することができると助言を受けた[ 6] [ 7] 。オックスは7万5千ドルで『ニューヨーク・タイムズ』紙を買収した[ 8] 。ニューヨーク・タイムズ・カンパニー を設立して、その過半数の株式を保有し、強固な財務基盤を築いた[ 1] 。
1904年、オックスはカー・ヴァン・アンダ (英語版 ) を編集主幹(managing editor)として雇った。当時の新聞が公然と党派性の高い記事を掲載していた中で、『ニューヨーク・タイムズ』は客観的なジャーナリズム (英語版 ) を重視する姿勢を示し、また、価格を3セントから1セントに下げたことで、ほぼ忘れ去られていた新聞から脱却した。『ニューヨーク・タイムズ』の読者数は、買収時の9,000人から1920年代には78万人にまで増加した。『ニューヨーク・タイムズ』が1面に掲げているモットーである"All the News That's Fit to Print"(印刷に値するニュースは全て掲載する)を考案したのもオックスである[ 2] 。
1904年、オックスはニューヨーク・タイムズの本社をマンハッタン のロングエーカー・スクエアに新しく建設されたビル(現在のワン・タイムズスクエア )に移転した。同年、この広場の名称はタイムズスクエア に変更された。同年の年越しのときに、オックスはビルをライトアップするために花火 を打ち上げさせ、毎年の恒例となった[ 7] [ 9] [ 10] 。
1921年8月18日、組織改編から25年を迎えた『ニューヨーク・タイムズ』のスタッフは1,885名だった。独立した民主党 系の出版物として分類されていたが、ウィリアム・ジェニングス・ブライアン の大統領選挙運動には一貫して反対していた。ニュースの公平性、編集の節度、充実した海外報道などにより、アメリカのジャーナリズムの中で高い地位を確保し、全米で広く読まれ、影響力を持つようになった[ 1] 。
1901年、オックスはフィラデルフィアの『タイムズ』紙の経営者兼編集者となり、後に同州の『パブリック・レジャー』(Public Ledger)紙と合併した。1912年にサイラス・H・K・カーティス (英語版 ) に売却した[ 1] 。
ヴォルフガング・ディッシュ[ 注釈 1] によると、「広告に費やされたお金の50%以上が浪費されており、印刷のインクの無駄遣いであると私は断言する」[ 注釈 2] というオックスの最も有名な言葉は、1916年になされたものである。これは、ジョン・ワナメイカー のものとされる、マーケティングに関する言葉である「広告費の半分が金の無駄遣いに終わっている事はわかっているが、どっちの半分が無駄なのかが分からない」[ 注釈 3] に由来するものと見られている[ 12] 。
宗教的活動
1928年、オックスは両親を偲んでチャタヌーガにシナゴーグ ・ミズパ・コングレゲーション (英語版 ) を建立した[ 13] 。ジョージアン様式 の建物で、1979年にテネシー歴史保存地区に指定された[ 14] 。
オックスは反ユダヤ主義 に反対する活動に従事していた。オックスは、初期の名誉毀損防止同盟 で活動し、その執行委員を務めた。また、『ニューヨーク・タイムズ』の発行人としての影響力を利用して、ユダヤ人を不当に風刺しないよう、全米の新聞社を説得した。
死去
オックスは、1935年4月8日、チャタヌーガを訪問中に死去した[ 15] 。遺体は、ニューヨーク州 ウェストチェスター郡 ヘイスティングス=オン=ハドソン (英語版 ) のテンプル・イスラエル墓地に埋葬されている[ 3] [ 16] [ 17] 。
家族
オックスと娘のイフィゲネ (英語版 ) 。1902年頃。
1884年、オックスは、シンシナティのラビ であるアイザック・メイアー・ワイズ の娘のエフィー・ワイズ(Effie Wise)と結婚した。アイザック・メイアー・ワイズは、アメリカのユダヤ教改革派 の第一人者であり、ヘブライ・ユニオン・カレッジ の創設者でもある[ 18] [ 19] 。オックスの子供は娘のイフィゲネ (英語版 ) 1人だけだった。
イフィゲネはアーサー・ヘイズ・サルツバーガー と結婚し、アドルフの死後はアーサーが『ニューヨーク・タイムズ』の発行人となった。アーサーは長子のマリアン (英語版 ) と結婚したオービル・ドライフース に1961年に発行人の職を譲ったが、1963年にオービルが死去したため、長男のアーサー・オックス・"パンチ"・サルツバーガー をその後継とした。次女のルース (英語版 ) は、『チャタヌーガ・タイムズ』紙の発行人になった。ルースの息子のアーサー・ゴールデン は、小説『さゆり 』の著者である。
パンチ・サルツバーガーは、1992年に息子(オックスの曾孫)のアーサー・オックス・サルツバーガー・ジュニア に『ニューヨーク・タイムズ』発行人の職を譲った[ 20] 。アーサー・ジュニアは、2017年に息子のA・G・サルツバーガー にその職を譲った。
オックスの甥の1人のジュリアス・オックス・アドラー (英語版 ) は40年以上『ニューヨーク・タイムズ』で勤務し、オックスの死後の1935年に同社のゼネラル・マネージャーになった。別の甥のジョン・バートラム・オークス (英語版 ) は、弟ジョージ・ワシントン・オックス・オークス (英語版 ) の息子で、1961年から1976年まで『ニューヨーク・タイムズ』紙の社説面を担当した。
脚注
注釈
^ ヴォルフガング・K・A・ディッシュ(Wolfgang K. A. Disch)は、マーケティングを主題とした本(ほとんどはドイツ語による)を何冊か執筆している[ 11] 。
^ 原文 "I affirm that more than 50% of money spent on advertising is squandered and is a sheer waste of printers' ink."
^ 原文 "I know half the money I spend on advertising is wasted, but I can never find out which half."
出典
^ a b c d e Chisholm, Hugh, ed. (1922). "Ochs, Adolph S." . Encyclopædia Britannica (英語) (12th ed.). London & New York: The Encyclopædia Britannica Company.
^ a b Lukesh, Susan S. "Adolph Ochs." In Immigrant Entrepreneurship: German-American Business Biographies, 1720 to the Present , vol. 2, edited by William J. Hausman. German Historical Institute. Last modified June 19, 2012.
^ a b c d Obituary , The New York Times , April 9, 1935.
^ Rines, George Edwin, ed. (1920). "Ochs, Adolph S." . Encyclopedia Americana (英語).
^ Neely, Jack. Knoxville's Secret History . Scruffy City Publishing, 1995.
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^ a b Crump, William D. (2014). Encyclopedia of New Year's Holidays Worldwide . McFarland. p. 242. ISBN 9781476607481 . https://books.google.com/books?id=ujTfCwAAQBAJ&q=One+Times+Square+building&pg=PA242
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^ McKendry, Joe (2011). One Times Square: A Century of Change at the Crossroads of the World . David R. Godine Publisher. pp. 10–14. ISBN 9781567923643 . https://books.google.com/books?id=S1FfFwpp5Z4C&q=One+Times+Square&pg=PT10
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参考文献
外部リンク