OS/2
OS/2(オーエス・ツー)は、1987年にIBMとマイクロソフトが発売したパーソナルコンピュータ(パソコン)用の16ビットおよび32ビットのオペレーティングシステム (OS) である。OS/2はMS-DOSおよびPC DOSの後継として両社によって共同開発された。 名称正式な製品名は提供元により「IBM Operating System/2」(IBM オペレーティングシステム/2)または「Microsoft Operating System/2」(マイクロソフト オペレーティングシステム/2)である。製品名の最後の「2」は、従来のDOS (PC DOS, MS-DOS)に対して「次世代OS」の意味を持つ。なおIBM同時発表の新しいパーソナルコンピュータの名称は「IBM PS/2」である。 略称は「IBM OS/2」または「Microsoft OS/2」(「MS-DOS」のように「MS-OS/2」と略される場合もあるが正式ではない)。 IBMとマイクロソフトのOS共同開発契約により、PC DOSとMS-DOSと同様に、IBMからは「IBM OS/2」が、マイクロソフトからIBM以外のメーカーへのOEM供給版は「Microsoft OS/2」となった。ただしIBM版のみに拡張版 (EE) が存在した。 バージョン3.0以降はIBM版のみで、「OS/2 Warp」はバージョン3.0から付けられた名称である。 概要OS/2はIBM PS/2と同時に発表され、IBMとマイクロソフトにより供給され、当時はMS-DOSおよびPC DOSの後継とされた、16ビットおよび32ビットのパソコン向けOSである。 以下の特徴がある。
日本では日本電気、東芝、富士通、AX各社などにより採用され、DOS/Vに続きOADGの標準化にも採用された。 バージョンOS/2の主なバージョンは以下の通り。リリース年月はIBM OS/2英語版[2] [3]。
日本語版の主なバージョンは以下の通り。
歴史元来は、IBM PS/2のOSとして、IBMとマイクロソフトとの共同で開発されたものである。 OS/2 1.x最初のVer.1.0ではGUIは搭載されておらず、16ビットのOS/2コマンドプロンプトとDOS互換環境をキーボードでスイッチできた。OS/2コマンドプロンプト間は最初からプリエンプティブ・マルチタスクであった。 次のVer.1.1でGUIとして、OS/2プレゼンテーションマネージャー (PM) が搭載された。外見はWindows 3.0とほぼ同一である(OS/2 PMもWindows 3.0も、IBM Systems Application ArchitectureのCUA'87準拠のため)。 Ver.1.2のリリース後、マイクロソフトはWindowsの開発に注力することになり、以降はIBMのみの開発となった。拡張版において、REXXを装備した。両社が袂を分かつことになった経緯について、一点目は両社の開発スタイルなどの企業文化に大きな違いがあったこと、二点目は当時マイクロソフトにとってIBMが最大顧客であったもののWindows 3.0の爆発的ヒットに伴いしだいに関係に変化が生じたことを指摘する声もある[6]。 1990年、IBM単独開発で更に軽量化したOS/2 1.3を発売。このバージョンにおいて、基本版にもREXXを装備する。これ以降の開発は、OS/2 2.0を主にIBMが、OS/2 3.0を主にMicrosoftがそれぞれ分担することとなる。Windows 3.0発売時、当時開発中のOS/2 3.0(後にWindows NTと改名)の主要な拡張Windows APIや拡張OS/2 APIを置き換えると決め、IBMとの緊張を生むことになる。マイクロソフトはその後、IBMとの一切の共同開発から手を引きWindows NTの開発に専念するようになった。 OS/2 2.x1992年3月31日、IBMは世界初のパソコン用32ビットOSである、OS/2 2.00を発売。Windows 3.0互換環境 (WIN-OS/2)、複数のDOS互換環境 (MVDM) を持ち、統合プラットフォームとして一つの完成形を見る。また、ユーザインタフェースをがらりと変更し、オブジェクト指向のGUIであるワークプレース・シェル (Workplace Shell, WPS) を標準環境とした。 ワークプレース・シェルは、CORBA準拠のオブジェクト間通信技術、SOM (System Object Model) / DSOM (Distributed SOM) の上で構築されていた。SOMはオブジェクト指向ではないOSで、言語にほぼ依存せずにオブジェクト指向の機能を実現するオブジェクト管理用の開発環境である。また、ワークプレース・シェルは、操作のオブジェクト指向という点では、デスクトップに余計なもの(メニューなど)を表示させず、ユーザ側がアクションを起こしたときにしか表示されない(Warp 4以降は軌道修正でメニューバーが表示されるようになった)。 これらの技術背景により、オブジェクトの動的追跡などが可能というメリットがあるが、長期間使用していくとデスクトップが壊れたりファイル操作に時間がかかるといった問題も抱えることになった。 Ver.2.1ではWindows 3.1用のアプリケーションが動くようになった(WIN-OS/2がWindows 3.1相当になった)。386エンハンスドモードを要求するWindows 3.1用のアプリケーションも動作するようになった。(Ver.2.0ではスタンダードモードのみ対応) Ver.2.11からは、導入済みWindows 3.1環境に上書き導入することで、パッケージにWindows 3.1モジュール (WIN-OS/2) 及びそのライセンスを含まない低価格パッケージのJ2.11 for Windowsが追加され、以下の2パッケージとなった。
1993年9月、IBMとマイクロソフトのソースコードの相互公開契約が満了し、これ以降のOS/2とWindows NTは完全に分化し、それぞれ別の発展をすることとなる。 OS/2 2.11は、対抗商品となったWindows NT 3.1の完成度の低さと、Windows 3.x系との互換性の高さから、当時のパソコン用32ビットOSとしては比較的リソースを消費せず、Windows 3.1のソフトウェアがほぼ完全に動作することから「OSごと落ちない完全なマルチタスク可能なWindows 3.xマシン」として利用された。また、当時のパソコン雑誌『PC WAVE』1993年9月号と『DOS/Vマガジン』1993年10月号にOS/2 2.11のベータ版 (CD-ROM) が収録された(当時はCD-ROMは雑誌の付録として認可されておらず、引換券を出版元に送付することにより入手できた)。 1994年10月、IBMはモトローラとともにPowerPCを使ったプラットフォーム、PowerPC Reference Platform(PReP)を提唱。PReP向けにマイクロカーネル上で複数のOSを動作させる、Workplace OSの開発をIBMは表明したが、最終的には、OS/2 for PowerPCを作り上げるにとどまった。 またこのころから Apple Computerやノベルとともに、OpenDoc(マイクロソフトのOLEとほぼ同様の機能を、高機能・マルチプラットホーム化したもの)の開発にとりかかりWarp 4に搭載されたが、後年Javaの台頭により、普及には至らなかった。 OS/2 Warp 3.x "Warp"1995年3月に発売されたVer.3.0(マイクロソフトが開発中で放棄したOS/2 3.0とは無関係)では32ビットCPU専用となり、開発コードWarp(ワープ)を製品名としてグループウェアのLotus Notesや日本語IMのWritingHeads/2等のアプリケーションを多数バンドルして発売された。ちなみに、開発コードのWarpは米国SF TVシリーズのスター・トレックに由来するもので、当時『新スタートレック』が放映中であったこともあり、バージョン4.0の開発コードがMerlinになるまで、スター・トレック関係の固有名詞が開発コードに使用されていた。 日本では、「DOSも走る、Windowsも走る。OS/2なら一緒に走る」(J2.11のテレビコマーシャル)「ワープを使え」という、山口智子のテレビコマーシャルが流された。IBMが家庭向けに販売していたパソコンであるAptivaシリーズにバンドルされるなど、個人ユーザー向けに最も積極的に普及のための活動が行われたのがこのころである。しかし、同年11月に発売を予定していたWindows 95の評価が固まるまで、双方の導入を見送ったユーザも多かった。[要出典] OS/2 Warp 4.x1996年9月、OS/2 Warp 4を発表[7]。日本語版発売は同年12月であった[8]。 OS/2 Warp 3に対して様々な改良・強化をしているが、対応デバイスが少ないという不満に対しては、「Device Driver Pak」が導入され、OS側ではOMNIプリンタードライバやGRADDなどの、ドライバを作りやすい工夫が盛り込まれた(これらの一部はWarp 3にもフィードバックされた)。また、ユーザのレベル別に内容を変えるオンラインヘルプのWarpGuideが導入されている。また、ワークプレース・シェルのUIを大幅に変更し、メニューバーの装備、WarpCenterなど、他のOSで採用されたメタファーを積極的に取り込んでいる。また、Java VMをカーネルレベルで取り込み、VoiceTypeをサポートしている。 1999年Warp Server for e-business (WSeB) を発表。 2001年OS/2 Warp 4.51を出荷(ベースはWSeB) 2002年OS/2 Warp 4.52を出荷
サポート終了と後継IBMは2002年リリースのWarp 4.52を最後にOS/2のバージョンアップを終了した。IBMは保守サポートにてAGP、USB、DVD±Rなどの技術や、新しいプリンターやCD-RW、DVDなどの周辺機器について対応した。2005年7月、IBMはOS/2 Warp4 および OS/2 Warp Server for e-business のサポート終了予定を発表[9]、2006年12月31日にサポート終了した[10]。以後はライセンスを受けたサードパーティーがサポートを続けている[11]。 IBMからライセンス供給を受けた実質的なOS/2後継OSには以下がある。
サポート対象機器OS/2は、IBMとマイクロソフトによるDOS(PC DOSおよびMS-DOS)後継の次世代OSとして共同開発され、DOSと同様に2社間でOS供給の役割分担が行われた。
Microsoft OS/2 は 2.1 で終了したが、IBM OS/2 2.1 よりIBM製品以外のPC/AT互換機もサポート対象に追加された。 日本では東芝はIBM OS/2 (Warp V3まで)、日本電気はIBM OS/2 (Warp 4まで)をサポート・販売した。この他、金融機関のATM、POS端末、森精機製作所(現・DMG森精機)のCNC旋盤、日立国際電気製の縦型拡散炉/減圧CVD装置VERTEXシリーズ、QuixAceシリーズ、ALDINNAシリーズで使用されている装置制御システムCX-3000シリーズなどの各種の産業機器や組み込み機器もOS/2を使用した。 アプリケーション主な商用のOS/2ネイティブ・アプリケーションには以下があった。 表計算ソフト
ワープロソフト
オフィススイート
ウェブブラウザ
かな漢字変換ソフト
ミドルウェア
プログラミングツール
CASEツール
ゲーム
その他以下のDOS版・Windows版アプリケーションは、OS/2上のDOSやWindowsの互換環境で一時はサポートされていた。
脚注
関連項目外部リンク
クローンプロジェクト |
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