ISO 15919 「デーバナーガリー及び関連インド文字のラテン文字への翻字」は、2001年に制定された、インドのブラーフミー系文字をラテン・アルファベットに翻字するためのISO規格である。
デーヴァナーガリーの翻字標準としてはIASTが存在するが、IASTはあくまでサンスクリットを対象としており、ヴェーダ語、プラークリット、および現代語に対応していない。ISO 15919はIASTに類似しているが、サンスクリット以外の表記、およびデーヴァナーガリーと関係ある諸表記体系に対応している。
対象となる表記体系
ISO 15919は、インド、ネパール、バングラデシュ、スリランカで使われる以下の10種類の文字体系を対象とする。Unicodeではこれらの文字は基本多言語面のU+0900からU+0DFFまでに連続的に領域が取られている[1]。
対象外のブラーフミー系文字でもおおむね同じ翻字方式を用いることが可能である[2]。
オプション
ISO 15919では5つのオプションが選べる[3]。
- ダイアクリティカルマークを使うか、ASCIIの7ビットのみで翻字するか。
- 鼻音の翻字方式。アヌスヴァーラを実際の音を表す文字に変換し(例:「संग」を「saṁga」でなく「saṅga」と翻字する。マラヤーラム文字の語末のアヌスヴァーラは「m」に翻字する)、鼻母音は ã のように母音にチルダを加える方式(strict nasalization)と、変換しない方式(simplified nasalization)のどちらを用いるか。
- 長い e o の上にマクロンをつけるかどうか。伝統的に e o は常に長母音なので、IAST ではマクロンを加えない。ISO 15919では同様の方式(non-uniform vowel)と、長母音を ē ō のように翻字する方式(uniform vowel)が選べる。ただし、ドラヴィダ系諸文字とシンハラ文字では e o の長短が区別されるので、長い e o は常に ē ō と書かれる。
- デーヴァナーガリーによるネパール語翻字で、「まつげのr」を「r̆」とするか、「r」とするか。
- マラヤーラム文字で、「ṟṟa, nṟa」をそのまま翻字するか、「ṯṯa, nṯa」に直すか。
IAST との互換性
ISO 15919は IAST に対しておおむね上位互換になっているが、一部の文字については異なる翻字がなされる。オプションで選べる e o の表記方法のほかに、以下のような違いがある。
デーヴァナーガリー |
IAST |
ISO 15919
|
ऋ |
ṛ |
r̥
|
ॠ |
ṝ |
r̥̄
|
ऌ |
ḷ |
l̥
|
ॡ |
ḹ |
l̥̄
|
अं |
aṃ |
aṁ
|
一覧表
基本デーヴァナーガリー
अ |
आ |
इ |
ई |
उ |
ऊ |
ऋ |
ॠ |
ऌ |
ॡ
|
a |
ā |
i |
ī |
u |
ū |
r̥ |
r̥̄ |
l̥ |
l̥̄
|
क |
ख |
ग |
घ |
ङ |
च |
छ |
ज |
झ |
ञ
|
ka |
kha |
ga |
gha |
ṅa |
ca |
cha |
ja |
jha |
ña
|
ट |
ठ |
ड |
ढ |
ण |
त |
थ |
द |
ध |
न
|
ṭa |
ṭha |
ḍa |
ḍha |
ṇa |
ta |
tha |
da |
dha |
na
|
प |
फ |
ब |
भ |
म |
य |
र |
ल |
व
|
pa |
pha |
ba |
bha |
ma |
ya |
ra |
la |
va
|
श |
ष |
स |
ह
|
śa |
ṣa |
sa |
ha
|
拡張デーヴァナーガリー
ऍ |
ऑ |
ᳵ |
ᳶ |
ळ
|
क़ |
ख़ |
ग़ |
ज़ |
ड़ |
ढ़ |
फ़
|
ê[6] |
ô[6]
|
ẖ[7]
|
ḫ[8]
|
ḷa
|
qa |
k͟ha |
ġa |
za |
ṛa |
ṛha |
fa
|
- マラーティー語・ネパール語で使う「まつげのr」は「r̆」と翻字する(例:र्य rya : ऱ्य r̆ya)。ただしネパール語の場合にはオプションで単なる「r」に翻字することができる。
デーヴァナーガリー以外
デーヴァナーガリーとの対応が明らかな文字については省略する。
ベンガル文字の「য়」は「ẏa」と翻字する。
アッサム文字の「ৰ」は「ra」、「ৱ」は「wa」と翻字する。
グルムキー文字の重子音記号は子音字の1字目を重ねる。2種類のアヌスヴァーラのうち、ビンディはṁ、ティッピーはṃと翻字する。
オリヤー文字の「ୟ」は「ẏa」、「ୱ」は「wa」と翻字する。
タミル文字・テルグ文字・カンナダ文字・マラヤーラム文字・シンハラ文字では e o の長短は区別される。短母音を e o、長母音を ē ō で表す。
タミル文字・テルグ文字・カンナダ文字・マラヤーラム文字に固有の子音字は以下のように翻字される。シンハラ文字でタミル語が記されている場合にも同様に翻字する。
翻字
|
ṉa |
ṟa/ṯa[10]
|
ḻa |
ḷa
|
タミル
|
ன |
ற |
ழ |
ள
|
テルグ
|
|
ఱ |
ఴ |
ళ
|
カンナダ
|
|
ಱ |
ೞ |
ಳ
|
マラヤーラム
|
ണ |
റ |
ഴ |
ള
|
タミル文字の「ஃ」は「ḵ」と翻字する。
テルグ文字の「ౘ」は「ĉa」、「ౙ」は「za」と翻字される。「అఁ」は「an̆」と翻字する。
マラヤーラム文字のヴィラーマは「ŭ」と翻字する。
シンハラ文字に固有の文字は以下のように翻字する。
ඇ |
ඈ |
ඟ |
ඦ |
ඬ |
ඳ |
ඹ
|
æ |
ǣ |
n̆ga |
n̆ja |
n̆ḍa |
n̆da |
m̆ba
|
アラビア・ペルシア文字の翻字
アラビア・ペルシア文字の子音字のうち、基本デーヴァナーガリーに対応する音のない15字についてはインド系の文字ではさまざまに表記されるが、それらの文字は以下のように翻字される[11]。実際には「k͟h z ġ f q w」以外は滅多に使われない。
ث |
ح |
خ
|
ذ |
ز |
ژ
|
ص |
ض
|
ط |
ظ |
ع |
غ
|
ف |
ق |
و
|
s̱ |
h̤ |
k͟h |
ẕ |
z |
ž |
s̤ |
ż
|
t̤ |
ẓ |
ʻ |
ġ |
f |
q |
w
|
ASCII 翻字
ASCIIのみを使用する場合、ダイアクリティカルマークは以下のように変換する[12]。
その他
例えば「au」が「औ」の翻字でなく、「a」と「u」に分かれる場合は、間にコロンをはさんで「a:u」のように記す[13]。
原文が分かち書きしていない場合、子音で終わる語の後ろにスペースを入れることが推奨される[3]。
数字は算用数字に翻字する。
脚注
- ^ ISO 15919:2001 p.1
- ^ ISO 15919:2001 p.19
- ^ a b ISO 15919:2001 p.18
- ^ a b 母音オプションによる
- ^ a b 厳密な鼻音オプションでは環境によって異なる翻字がなされる
- ^ a b 英語からの借用語に使用
- ^ [x] (jihvāmūlīya)
- ^ [ɸ] (upadhmānīya)
- ^ ISO 15919:2001 pp.17-18
- ^ マラヤーラム文字で、「ṟṟa, nṟa」を「ṯṯa, nṯa」と翻字するオプションがある
- ^ ISO 15919:2001 Annex C (normative) および Annex D (informative)
- ^ ISO 15919:2001 Annex B (normative) および Annex C (normative) に一覧あり
- ^ ISO 15919:2001 p.17
関連項目
外部リンク