BCGBCG(仏: Bacille de Calmette et Guérin の略、カルメット・ゲラン桿菌)とは、ウシ型結核菌(英語: Mycobacterium bovis)の実験室培養を繰り返して作製された細菌、およびそれを利用した結核に対する生ワクチン(BCGワクチン)のこと[1]。本来は前者にあたる細菌そのものを指す語であったが、一般社会や医学分野では後者を単に「BCG」と呼ぶことが多い。以下、本項では前者を「BCG」、後者を「BCGワクチン」と表記する。 BCGは、実験室で長期間培養を繰り返すうちにヒトに対する毒性が失われて抗原性だけが残った結核菌であり、BCGワクチンはBCGを人為的にヒトに接種して感染させることで、結核に罹患することなく結核菌に対する免疫を獲得させる(メモリーT細胞に記憶[2])ことを目的としたものである。 BCGワクチンは、2015年現在実用化されている唯一の、結核の予防に有効なワクチンである。乳幼児結核の予防や重症化の予防の効果が広く認められている(80%程度の有効性[3]、70%程度の有効性[4])が、成人結核に対する効果は調査地域などによるばらつきが大きいため(0 - 80%[3]、総合すると50%程度[5])、BCGワクチン接種を実施するかどうかについては、国ごとに判断が分かれている。 また、ハンセン病など他の抗酸菌感染症に対する予防効果も認められている。極めて稀ではあるが、偶然結核菌が皮膚に感染し、BCGワクチンと同様の効果を発揮することがある。これを皮膚初感染病巣と呼び、皮膚結核の一つに挙げられる。 適応
結核予防弱毒生菌ワクチン(生ワクチン)には、他のタイプのワクチン(死菌ワクチンや成分ワクチン)とは異なり、
という特徴がある。このため、
ワクチンによる感染防止効果は接種から約10年から15年程度で減弱する[8]が、このメモリーT細胞による免疫記憶が薄れてしまった状態から、追加免疫を記憶させるためにブーストワクチンを開発する研究が行われている[8]。
ガン免疫療法BCGや化学製剤 OK432など一部の物質は、人体の投与により、なんらかの作用で免疫細胞の腫瘍に対する免疫作用を高める効果があると考えられており、すでに膀胱ガンの標準治療としてBCG投与が行われている[11]。 作用の機構は、おそらくは樹状細胞のToll様細胞(TLR)をBCGが活性化させるのだろうと思われている[12]。 アレルギー抑制効果BCGはナチュラルキラーT細胞を活性化、IL-21産生を促進することでIgE抗体を減少させ、花粉症を始めとするアレルギーを抑制する効果があることがわかった。[13] このため子どもが花粉症になるのを予防するためBCGの生後早期の接種を推奨する学会もある。[14] ただし動物実験ではIgE抗体が減少しない個体もあり、遺伝的要因にも左右されるとみられる。[13] 使用法
当初は経口投与されていたが、1923年には効果の増大を目的として皮下注射法が行われるようになって以降、この皮下注射での副反応が問題視されてきた。これを軽減するために皮内注射法が採用され、さらに国によっては経皮接種法(皮膚に針などで小さな傷をつけ、そこから吸収させる方法)へと、投与方法は移行している。日本で使用されているBCGワクチンでは、皮下注射は認められていない[15]。 日本では、1951年の結核予防法大改正によって凍結乾燥BCGワクチンの接種が法制化された[16]。 事件ドイツのリューベック市で、1929-1930年においてBCGワクチンを経口接種された乳児のうち251人が結核を発症し、72人が死亡する事件があった(リューベック予防接種事故)[17]。調査の結果、リューベック市総合病院のBCG培養設備で、BCGワクチンが強毒性ヒト型結核菌Kiehl株と同じインキュベーターに置かれており、誤って強毒性ヒト型結核菌Kiehl株を乳児に投与してしまったことが判明した[17]。BCGの毒力復帰による事故が疑われ、一時BCGワクチン接種が差し控えられる事態になったが、原因究明により再びBCGワクチンは広く接種されるようになった[17]。責任者のDeyke教授は裁判で有罪判決を下され、後に自殺した[要検証 ]。 副反応BCG弱毒生ワクチンによる予防接種には、まれに副反応が表れることもあり、この副反応は播種性BCG感染症とも呼ばれる[18]。
各国の状況BCGワクチンの接種体制は、国ごとに異なる。
BCGワクチンの有効性については開発当初から多くの試験が行われてきたが、調査ごとに結果のばらつきが大きく、その予防効果を疑問視する声も聞かれる。少なくとも、乳幼児結核と、結核性髄膜炎など血行性に広まる結核病変については阻止する効果があることは認められているが、成人に経気道感染した肺結核に対する予防効果について意見が分かれている。代表的な大規模野外調査の結果としては、イギリスでの調査報告で20年間で77%の予防効果が見られるというもの(1977年)、インドのチングルプットでの15年間の追跡調査報告で成人結核には全く予防効果が見られなかったというもの(1980年)が挙げられる。このほか比較的小規模な調査結果まで合わせると、カナダ、イギリス、ハイチなどでは有効性を支持する結果が、インド、アメリカでは有効性が低い結果がそれぞれ得られている。日本では初期に行われた小規模な調査結果からその有用性が支持されている[17]。アメリカで1935-1938年にかけて約2800名の結核未感染者を対象とした大規模な前向き研究では、ワクチンの効力は52%と推定された[17]。この臨床研究ではワクチンの効果は経年的な低減が認められず、統計的に1回のワクチン接種で50-60年間の有効性が持続することが示唆された(ワクチンの効果は女性より男性の方が維持される傾向にあった)[17]。ワクチン接種の時期や種族、接種回数、既往歴、抗結核薬のINH投与履歴などはワクチンの効果には影響を及ぼさなかった[17]。 ばらつきが大きい理由については、いくつかの理由が指摘されている[3]。まず第一に、ワクチンに使用しているBCG株の違いが挙げられる。BCG株が各国で培養を繰り返されているうちに変異して、有効性を失った株が使用されていた可能性が指摘されており、近年では、より元のパスツール株に近く、予防効果があるという結果を示しているBCG株を、WHOが選択収集して各国に配布している。第二に、調査を行った地域で結核がどの程度流行しているかも、調査結果に大きく影響している。例えば、チングルプットは結核の頻度が極めて高い地域であったため、ほとんどの乳幼児がワクチン接種前に結核菌と接触してしまっていたことが、BCGワクチンの効果が見られなかった理由の一つとして考えられている。このほか、環境中に生育している抗酸菌の量や、流行している結核菌の菌株の違い、ヒトの遺伝的素因など、さまざまな理由がその候補として挙げられている。 日本におけるBCGワクチン接種1951年、結核予防法が施行となり、法律による経皮接種が開始された。ツベルクリン反応検査の皮内注射を行い、陽性以外の(陰性や疑陽性の)反応の場合、経皮接種が行われた。接種時期は、幼児期、小学生、中学生の3回であった。 ただし、BCGの定期接種を受けた者は1年後に再度ツベルクリン反応検査を実施し、免疫がついていなければ再接種という措置を採る場合が多かったので、最大で6回のBCG接種を受けたケースがある。 2005年(平成17年)の結核予防法改正により、接種時期は生後6ヶ月未満(生後3ヶ月以降を推奨)の1回となり、ツベルクリン反応検査なしで接種することとなった。 2014年(平成26年)の法改正により、接種時期が生後1年未満(生後5ヶ月以降8ヶ月未満を推奨)に変更された。予防接種法に基づいて接種される「定期予防接種(公費助成)」である。 方法としては1960年代から管針法(直径2センチくらいの円の中に針が9本あるスタンプ状の管針と呼ばれる接種器を上腕部に2回押し付けて行う方法)が採用されている。接種後は接種部位が赤く腫れた状態になり、徐々に痂疲化し、やがて瘢痕化する(経過や変化する刺入部の数や程度には個人差がある)。 この瘢痕は、時間の経過とともに退縮するが、完全に消えることはなく、瘢痕が一生残ることになる。類似のデバイスを使用したBCGワクチンの皮内接種は、日本やイギリス、アメリカなどでも普及しており、局所の炎症や潰瘍を軽減する効果があるとされる。接種器の形・接種の仕方から、俗に「はんこ注射」や「スタンプ注射」などと呼ばれている。 尚、上腕上部の肩に近い部位に接種するとケロイドの発生率が非常に高くなる為、基本的に左上腕中央部に接種する事が奨励されている。 「結核発症の予防」という本来の目的とは異なるが、乳幼児が罹患する川崎病では、このBCG接種跡が発赤することが多く、確定診断の一助になっている。 歴史1796年にエドワード・ジェンナーは、世界初のワクチンとなる牛痘接種を行い、ワクチンによる感染症予防の有用性が知られるようになった。この成功は、自然界に存在する牛痘ウイルスが痘瘡ウイルスに似ているが毒性の低い、一種の弱毒株であることによるものであった。効果はあったが「接種するとウシになる」など根拠のない噂が流れ、普及に時間がかかった。 1881年にはルイ・パスツールが実験室での培養によって弱毒化炭疽菌株を作り出すことに成功し、これを用いた世界初の弱毒生ワクチンが作成された。弱毒菌株を人工的に作り出すことで、弱毒菌株が自然界に存在しない感染症でもワクチンの開発が可能であることを示したものであった。 20世紀初頭、フランスのパスツール研究所の研究者であったアルベール・カルメット(Albert Calmette)とカミーユ・ゲラン(Camille Guérin)が、ヒトに対し病原性を有しないウシ型結核菌(Mycobacterium bovis)の強毒株の一つであるNocard株を13年間(231代)継代培養[8]してBCGの元になる菌株を作製した[7]。病原細菌では実験室で人工的に培養を繰り返す(継代培養)うちに毒性が弱くなる現象がよく観察されるが、ウシ胆汁加バレイショ培地による継代培養が行われた[17]。その結果、作り出された菌株は元のウシ型菌より遥かに弱毒性で、ヒトに対してほとんど病原性を示さないほぼ無害なものに変化した。
1921年にパリにおいて、母乳に混ぜて乳児に経口的に投与され、乳児結核症に対して著明な予防効果を示した[17]ことから世界的に注目され、各国に配布されて結核予防のための弱毒生菌ワクチンとして利用されるようになった。以後、国ごとに継代培養されていった結果、現存するBCGには国ごとに遺伝的な違いが生じている。 1926年にノルウェーのヨハネス・ハイムバックが皮下接種法を考案したが、皮膚に膿瘍や難治性潰瘍を形成するなど問題が多かった[17]。1928年にスウェーデンの小児科医アルビッド・ヴァルグレンが皮内接種法を開発して成功し、接種普及に努めた。さらに安全な方法として、1930年代から経皮接種法が研究された。接種器具については各国で様々なものが使用されているが、日本の9本管針を用いる乱刺器具は、1961年朽木五郎作の考案による。 第二次世界大戦の後、その被害を大きく受けた東欧諸国を中心に、結核の世界的蔓延が危惧された。そこでデンマーク赤十字社は1947年、ポーランドやドイツなどに医療チームを派遣してBCGワクチン接種を積極的に行った。その翌年にはスウェーデン赤十字社とノルウェーのヨーロッパ救済機構が同調し、国際連合児童基金(UNICEF)がこれに基金の提供を行った。この活動に世界保健機関(WHO)と被支援国側の衛生当局が加わり、国際結核キャンペーン(ITC, International Tuberculosis Campaign)が行われ、BCGワクチン接種が世界中に広まるきっかけになった。ITCの活動は1951年にWHOに移管され、1974年には、WHOが推進する予防接種拡大計画(EPI, Expanded Programme on Immunization)のプログラムの中に、ポリオ、麻疹、破傷風、百日咳、ジフテリアに対するそれぞれのワクチンとともに、結核用予防ワクチンとしてBCGが加えられ、特に小児疾患の予防という観点から世界中に普及することになった。
研究事例→詳細は「COVID-19に対する薬剤転用研究」を参照
2020年3月27日、オーストラリアの研究機関であるマードック・チルドレンズ研究所が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化抑制に有効かどうかを確認するため、結核予防に使われるBCGワクチンの臨床試験を行う事が報道された[22][23]。 北山忍米ミシガン大学教授らの研究グループは、BCGワクチンの接種を義務付けていた国々は、義務付けていない国々と比べて、感染者数、死者数ともに増加率が有意に低いことを報告した[24]。 一方で日本ワクチン学会は2020年4月3日に発表された声明において「『新型コロナウイルスによる感染症に対してBCGワクチンが有効ではないか』という仮説はいまだその真偽が科学的に確認されたものではなく、現時点では否定も肯定も推奨もされない」との見解を示している[25]。 2020年4月初めにBCGワクチン取り扱い経験のない医療機関において全量皮下注射という極めて不適切な使用があり、その後副作用に至ったと4月10日に厚生労働省が公表している[15]。 出典
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