黒の試走車
『黒の試走車』(くろのテストカー[注釈 1])は、1962年に発表された梶山季之の経済小説。乗用車メーカーを舞台に、ライバル会社間で新製品情報を抜き合ったりネガティブ・キャンペーンを仕掛ける産業スパイの姿を描いている。 あらすじ1960年秋、タイガー自動車大阪支社の課長をしていた朝比奈豊は、同期の親友で本社企画一課長だった柴山が事故死したことで、急遽後任となるとともに、新部署「企画PR課」の課長を極秘に兼務する。企画PR課は産業スパイを実行する部隊だった。その少し前、発売されたばかりのタイガーの高級車「パイオニア・デラックス」が、静岡県掛川市の踏切で停止して特急「さくら」と衝突する事故が起き、無事故歴7年という運転者は欠陥車という告発を記者クラブに持ち込んでいた。「パイオニア・デラックス」のデザインが他社に流れたこともあり、柴山はこの事故が何者かの工作ではないかと疑って調べていた矢先に不慮の死を遂げたのだった。後を受けた朝比奈と課員の調査で、売った車と事故車のエンジン番号が異なることが判明する。すると今度は事故車の車体を積んだトラックが、タイガーを告発する横断幕を付けて銀座を走った。マスコミ沙汰にはならずにすんだが、その背後関係を探るとライバルの不二自動車の影が浮かんだ。柴山に最後に会ったという販売会社の女社長が不二のスパイという情報も入り、その関係を洗うも決定的な証拠はつかめなかった。事故車の本来の買い主である銀座のバーのマダムが、柴山と関係があったという話も流れてきた。朝比奈は、上京した大阪時代の愛人・昌子をこのバーに勤めさせる。その一方で、朝比奈は企画一課長として「パイオニア・デラックス」の下回りを活かしたスポーツカーを提案、トップシークレットとして進めることが幹部によって決定し、ライバル社がスポーツカーの開発生産に乗り出すかどうかの調査を極秘に命じられる。 翌年2月、タイガーが新たに売り出した「スタンダード」の販売価格が同日発売の不二の「エンペラー」よりも高いことが判明する。価格情報の漏洩を調べた朝比奈は、最終決定をした病院(社長が入院中)で会話が盗聴されていたことを暴き、容疑者と見られた専務秘書は大阪に異動となる。ライバル社の調査と牽制のため、朝比奈は地方拠点や労組の専従者から情報を吸い上げたり、「大衆車を作る」という偽の社内報告書を作ったり、最大手のナゴヤの技術者を名乗る情報売り込みの手紙が来たことをヒントに偽の情報売り込みをナゴヤに仕掛けたりする。だが、ナゴヤの企画室長・馬渡はしたたかで、偽情報売り込みは成果が出なかった。ナゴヤはスポーツカーの開発に乗り出していた。朝比奈はナゴヤの情報を売り込もうとした相手と接触し、ナゴヤのスポーツカーの設計図入手を図る。さらに、馬渡が昌子の勤めるバーの常連と知って、馬渡と寝ることも昌子に認めて会議情報を盗ませた。ナゴヤの会議を向かいのビルから覗き見して、スポーツカーを出すことは確実とわかり、朝比奈たちは価格情報の入手に全力を注ぐ。今度は会議を向かいのビルから8ミリで撮影し、読唇術のできる聾学校の教員に見せて価格を探り出した。10月、ナゴヤを下回る価格を付けたタイガーのスポーツカーは自動車ショーで注目の的となる。社内にいたスパイも突き止め、朝比奈は昌子と結婚の約束を果たそうとしたが、馬渡からスポーツカーを贈られたという昌子は自らの正体を明かしたと話してそれを断った。昌子が去った後、朝比奈はみじめな思いにとらわれていた。 登場人物タイガー自動車の人物
ライバル会社の人物
その他
登場する自動車会社
発表1962年に書き下ろしでに発表された。単行本は光文社・松籟社、文庫は角川書店・光文社・岩波書店から出版。梶山の経済小説としては最初期のものである。 内容について作中には、当時の世相や物価が詳細に言及されており、梶山は意図的に「リアリティー」を盛り込むことで、当時人気の源氏鶏太による「サラリーマン小説」との差別化を狙ったという[1]。編集者を務めた種村季弘によると、中薗英助の政治スパイ小説に続けて経済スパイ小説を出すことを考え、後藤明生の紹介で梶山に執筆を依頼したという[2]。題材とする業界については薬品、電化製品、カメラと案が出ては没になり、最後は梶山の提案で自動車になったと種村は記している[2]。 タイガー自動車のモデルはプリンス自動車工業、作中で主な題材となる新開発のスポーツカーはスカイライン(初代)に設定された「スカイライン・スポーツ」がモデルとされる[3][4]。 事実上の続編として、同じくタイガー自動車のラリーチームを主な舞台とした『傷だらけの競走車』(1967年、光文社)がある。 書誌情報
映画
大映により映画化され、1962年7月1日に公開された。黒シリーズの第1作。上映時間94分、モノクロ。同時上映は『斬る』。 設定やストーリーは原作から大きく改変が加えられている。小野田の役職は「企画第一課長」で取締役ではなくなり[注釈 4]、朝比奈は管理職ではない。ライバル社は(原作にはない)「ヤマト」1社のみで、馬渡はこの会社の人物となっている。また、映画版のタイガー自動車は事務部門も含めてすべて郊外の工場の中にある設定である。宇佐美昌子に関西出身という設定はない。 ストーリーは原作の複数車種の話を「パイオニア」一つの内容に置き換え、公道でテスト中の「パイオニア」の事故が業界紙に流れるという、原作にないエピソードから始まる[注釈 5]。ライバル社の設計図を入手する経緯は、ライバル社技術者が複写機業者から不正にリベートを取っていたことをネタにゆする形になっている。ライバル社の会議を撮影して読唇術のできる人間に解読させるエピソードは同じだが、価格競争でタイガーが勝つ原作に対して、映画版ではそこでタイガーの価格情報が漏れてより安い価格で売ることが分かり、朝比奈たちが驚愕する(そしてさらなる工作を仕掛ける)正反対の内容である。原作では冒頭に置かれる踏切事故のエピソードは、映画では後半となる「パイオニア」発売後に起こる。結末も、スパイ行為に疑問を感じた朝比奈がタイガーを辞め、昌子と結ばれる逆の形で終わっている。 スタッフキャスト
脚注注釈出典外部リンク |
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