鹿野武左衛門鹿野 武左衛門(しかの ぶざえもん )は、落語家。
鹿野 武左衛門(しかの ぶざえもん、1649年 - 1699年9月6日)は、江戸時代前期の落語家。江戸落語の祖、大坂難波の出身とも京の出身とも。本名は安次郎と言われている。 江戸に出て堺町や長谷川町で塗師をしていたが、芝居小屋や風呂屋で身振り手振りでおもしろおかしく聴かせる「座敷仕方咄」を始めた。 当時1693年(元禄6年)コレラが流行し1万数千人以上が死亡した、南天と梅干の実が良く効くという風評が広がり、めぐりめぐって鹿野はこの事件に連座して召し捕られ大島に流罪(島流し)になる。 現在の「武助馬」を演じていたとされる。 出典関連項目 |