阿部市郎兵衛阿部市郎兵衛(あべ いちろべえ)家は近江国能登川の近江商人[1]、屋号は『紅屋』。江戸時代後期、麻布問屋として『能登川の阿部』家は、『五個荘の山中』家と『高宮の堤』家と共に、『近江三福』の一つと言われた。また、阿部家は本家と分家が乗合店として出店(共同経営)しており、明治維新期も阿部一族として乗合事業を展開した。本家・分家が乗合で事業を展開することは近江商人としては珍しく、これが故に他の近江商人家と異なり、一族それぞれが経済界に重きを置くことができた。 阿部市郎兵衛家
一族
脚注
参考文献
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